その十七
第六島キィーシス。七島同盟入り当初から術法文明人の教育を目標に発展を続け、今や七島同盟の戦力の半数近くを担う重要な島だ。
現第六島将ザックは自力で精霊を作り出せる上級精霊術師の一人であり、神隠しの庭全体で見ても希少な存在である。精霊は引継ぎが行われなければ存在を維持できずに世界の構築式へと還元されるため、上級精霊術師の存在はその他の精霊術師にとって無くてはならない存在だ。悲しいかな、自力で精霊を作れぬ以上、大多数を締める通常の精霊術師はおこぼれに預かるほかない。
精霊術師と魔法使いは、神隠しの庭に転移した直後は元いた世界の術式が行使できないため。必然的に一般人と同等の状態にまで戦闘能力が落ちることになる。全域にならず者が住む赤の層は言うに及ばず、層の大半が海な上に島の幾つかは機海賊配下である青の層も相当危険な場所である。緑の層も遭難や野生動物に殺される危険があり、転移直後に死んでしまうのは何も後進文明人だけではない。
元々数の少ない上級精霊術師の中で、神隠しの庭へと転移し、さらに転移直後の死の危険を回避できた者はとにかく少ないのだ。
そんな希少な存在であるザックの呼び出しに応じ、彼の旧友にして老齢の魔術師リーマットはキィーシスを訪れていた。
島の中心にそびえる三つの塔はそれぞれ魔術、魔法、精霊術を扱い巨大な研究機関。下層の方には派生した建物や小さな塔などがつながっており、この島はどの方角から見ても建物がやまなりになっている。
建物のデザインは術法文明のもの(術法文明は元々は一つの文明が三つに分岐したものであるため建築物のセンスは魔術・魔法・精霊術文明問わず同一)を採用しており、転移してきた術法文明人たちにはかつて自分たちが暮らしていた世界のことを思い出させ、神隠しの庭で生まれ育った者には術法文明の文化を伝える役割を持つ。
正直なところ、リーマットはこの島が大嫌いだった。あるいは大の苦手と言うべきかもしれない。解放されたはずの術法文明を思い出させるこの場所は、懐かしさよりも煩わしさを感じさせるため居心地が悪い。島の開発に関わっておきながら、ザックに頼まれさえすれば喜んで破壊し尽くしてやりたいとさえ思う。
それができないのは、この島を愛し、誇りに思う友の存在があるからだ。意見は違えど、神隠しの庭に転移して以来の友人を捨てることなどリーマットにはできない。頼みとあらば、こうして臨時講師を努めてやるほどに、ザックは大切な親友だった。
それに、これはザックのためだけではない。島に住む不屈の変態少年とのイタチごっこによって、リーマットの複合術式の腕は七島同盟内でもかなり上位のものとなった。発想の勝負である複合術式は他人と共有することで発展の速度を増すため、講義という形式で知識の共有と意見の出し合いを行うことはリーマット自身のためにもなる。
リーマットには、より完全な複合術式の力を手に入れなくてはならない理由がある。
先日、以前から不安に思っていたパステパスの防衛術式が破られ、愛弟子セナリアラが誘拐されたという報が届いた。孫同然に愛していた大事な少女を、自身の作った防衛術式の不具合のせいで失いかけたのだ。幸い、セナは既に救出されたとのことだったが、島の防衛を任された者として、結果オーライでは済ませて良い話ではない。
パステパスの島民全員は勿論だが、セナリアラ・イアラこそがリーマットの守りたい存在であり、複合術式の力を欲する理由である。せっかく島の皆に愛されるに至ったセナに寂しい思いをさせるわけにはいかない。
今回の成果を元に、島の防衛術式の改善を行う。そのためにはまず島に帰らねばならないため、リーマットは港を目指して移動していた。魔術師である彼は、魔法使いのようなワープ術式など持ち合わせていない。
それにもう一つ、島に早く帰りたい理由がある。会わねばならない少年がいるのだ───。
そのおり、少女の声がリーマットの耳に届いた。
「お師匠様!」
聞きなれた少女の声。今、もっともリーマットの聞きたかった声。
「お久しぶりです、お師匠様。お迎えに上がりました」
振り向くと、そこにはいつものように嬉しげな笑顔を称える少女の姿があった。
それともう一人、見慣れない少年の姿も。
「あ、見つけました。あの方がお師匠様です」
"たくさんのヒゲと優しい瞳を持つ老人"というセナの言葉を頼りに、仁太はセナと共に彼女の師であるリーマットを探してキィーシスの街中を歩いていた。
そしてセナが指をさして示したのは、先程仁太がスルーした老人だった。もっとも、条件が曖昧すぎて仁太は真面目に探す気など微塵もなかったのだが。
人通りの多い大通りのため、セナがリーマットを見つけた時には既に彼は仁太たちの横を過ぎようとしていた。方角的に港のほうへ向かっていることから、リーマットは放っておいてもドウヴィーのもとへたどり着くはずだが、せっかく見つけたのだから声をかけない手はない。
セナも師匠に会うのは数日ぶりということもあってか、普段よりも声を弾ませてリーマットの元へ駆け寄っていった。遅れまいと仁太もあとに続く。
「お師匠様!」
セナが声をかけ、リーマットの後ろに立つ。目的の人物を見つけたためだろう、セナは嬉々とした様子でリーマットに話しかけている。
「お久しぶりです、お師匠様。お迎えに上がりました」
セナの声は島将邸を訪れた時のものよりも数段楽しげだ。それほどリーマットという人物はセナにとって大事な存在なのだろう。
歩みを止め、ゆっくりと振り返ったリーマットは、確かに長いあごひげを持っているが、その瞳は優しいというよりも厳しい印象を仁太に与えた。
のんびりとした動作でセナと仁太を交互に見たリーマットは、驚いた様な表情で、
「セナ・・・」
と呟いた。
師匠の反応にセナは驚いた様で、きょとんとしながらリーマットの顔を眺めていた。
「どうしたんです、お師匠様?」
「・・・すまなかったな、セナ」
苦しそうな表情で頭を下げるリーマット。
「私の術式に不備があったばかりに、お前を怖い目にあわせてしまった。なんと詫びればよいか・・・」
「そんな・・・、顔を上げてくださいお師匠様。私はこの通り無事で、術式も七将様の手配で既に修復されています。何も問題はありませんから、どうかその様な顔をしないでください」
「しかし、私は・・・」
なおもリーマットは食い下がる。謝られているセナのほうが困惑しているほどだ。
本来なら黙って事の成り行きを眺めていようと思う仁太だが、場所が場所だ。通行人の邪魔になるし、視線も痛い。仕方なく、仁太は口を挟むことにした。
「あの、ここで三人で立ち止まっていると他の人の邪魔になります。まずは港に移動しませんか?」
それを聞いたセナも「そ、そうです!まずは移動です」と相槌を打ちつつ、リーマットと仁太の手を引いて歩き出した。
この場で仁太の手を引く必要があるとは思えないのだが、無理に振り払う必要もないため素直に引かれるままにする。頭を下げていたリーマットのほうも、セナの強引な連行で前のめりになってしまい、なんとか転倒することを回避した後は仕方なくセナに従った。
初めてセナと会った時も、仁太は手を引く彼女に抗えなかった。彼女の手には、嫌がる相手でも問答無用で釣れだしてしまうような不思議な強制力があるように思えて、仁太は思わず苦笑してしまった。
通りを抜け、人のまばらな昼過ぎの港へ着くと、やっとセナは手を離して二人を解放した。
「落ち着いてくれましたか、お師匠様」
少しばかりムスッとした様子のセナが言った。まるで頑固な祖父にご立腹の孫娘のようだ。
対するリーマットのほうも孫に怒られ気を落とす祖父を連想させる顔で、
「う、うむ・・・」
と判然としない返事をしている。
「お師匠様が気に病むのも無理からぬことかもしれません。ですが、あまり私に謝らないでください。私はお師匠様が悲しい表情をされるのがとても辛いのです」
一転、セナの表情は悲しげなものになった。
「この通り、私は無事に帰ってきました。私のわがままを聞いてくださるのなら、お師匠様には喜んで頂きたいのです。私の無事な姿を見て、安堵して頂きたいのです」
「そう言われても、私にも立場というものがある・・・」
「だとしても、私は良いと言っているのです。謝るならば、そちらの・・・」
嫌な汗が仁太の頬を伝った。いずれ来るだろうとは思っていたが、よもやこのような気まずいタイミングで話を振られることになるなんて。
「勇者様にしてください。私を救ってくださった、この方に」
「勇者・・・?君が、噂に聞く、セナの恩人だったか」
「はい。勇者様は転移して早々、囚われの私を救い出し、海賊船からの脱出を手引してくれるなど、自ら進んで多くの厄介ごとを受けおってくれました。一番迷惑を被ったのは間違いなく勇者様で、謝罪を受けるべきなのも間違いなく勇者様なのです」
「なんと・・・」
更に一転、今度は楽しげに、あるいは誇らしげに仁太を紹介するセナと、その説明に驚き納得した様子のリーマット。額に大粒の汗を浮かべる仁太のことなどまるでお構いなしだ。
セナの話がいったん区切られると、リーマットは仁太の手を握り、先ほどの申し訳なさそうな表情を向けてきた。
「すまなかった・・・。そしてありがとう。君には感謝してもしたりない」
「いえ、あの、そのですね・・・」
言いよどむ仁太に、リーマットは少し顔を近づけ、セナに聞こえないくらいの小さな声で、
「わかっている。先ほどの話は少し誇張されているのだろう?」
そして普通の声量に戻し、
「だが、それを差し引いても感謝したりないのだ。私は連絡を聞いてからずっと、恩人である君に会って、謝罪と礼をしたいとずっと思って過ごしてきた」
言って、リーマットは微笑んだ。先ほどまでの後ろ向きな雰囲気は感じられない。セナの言葉を聞いて、謝るだけだった当初とは考え方を変えたのだろう。
ここまでのやりとりで、仁太はこの老いた魔術師に好感を抱いていた。弟子であるセナに対しても素直に頭を下げ、少々頑固なところはあるが弟子の言葉にも耳を貸す。島で白い目で見られていたセナと師弟関係を切らずにいたことからも、彼が面倒見の良い人物であることが伺える。
ベルザルクからセナの過去の話を聞いた時、仁太の中にはリーマットという人物の予想が二つ生まれた。一つは実際のリーマットがそうだったように、面倒見の良い老人。もう一つは、失礼な話だが、下衆な少女好きだ。言動が多少おかしかろうと、エルヴィンであるセナの容姿は可愛らしい。パステパスには性に対して開放的な人が少なくないし、異文明には少女好きが当たり前になっているところもあるかもしれない。この場で素直に自分の非を認め、頭を下げられるかどうかでリーマットという人物を分析しようとしていた仁太にとって、結果は好ましいものだった。
信頼に値する優しい大人。ある意味で、元いた世界で仁太が最も欲していたものの一つ。そういう人間が直ぐ側にいるセナのことが、素直に羨ましく思える。
「本当に大したことはしてないので、この話はそこまでにしましょう。俺のことより、セナと話してあげてくださいよ。リーマットさんに会うのを楽しみにしていたみたいですし」
「うむ。君がそう言ってくれるなら、そうしよう。だが、君の話も是非効かせて欲しい。例えば、なぜ君が今こうしてセナと一緒にいるかとか、寝泊まりはどこでしているかなどを、みっちりとな」
「は、はは・・・」
「なぜ困ったように笑うんですか? 勇者様なら、私の・・・もがっ」
「ストップ、セナ!俺は・・・そう、そこのドウヴィーさんところで働いてて、空いた船室を借りて寝泊まりしてるんですよ」
「ふむ? 君、その手をどけてやってくれないか。セナが苦しそうだ」
思わずセナの口を塞いで阻止してしまった。訝しむリーマットの視線が痛い。というか、あの目は確実に気づいている目だ。こちらの焦る姿を楽しんでいるのだろう。少しばかり意地の悪い人のようだ。
セナを開放し、「いきなり何をするんですか!」とセナが抗議の声を上げたころ、すぐ近くの倉庫の影からジマが出てくるのが見えた。
誰かを探すように当たりを見回したジマは、少し遅れてこちらに気づき、走り寄って来た。
少しばかり息を切らしていたようで、仁太たちの前に着いたジマは呼吸を整えるため一拍おいた後、リーマットの方を向いた。
「用事が出来た。至急、我々の船へ来てください」
相変わらず音量の小さな声でジマが言う。
言われたリーマットの方は落ち着いた様子だ。こういった事態には慣れたいるのかもしれない。
「すまないが、先に要件を聞かせてもらおう」
「パステパスに襲撃があったとのこと。戦局は厳しい様子。緊急用の術式でベルザルク様からキィーシスに要請が来たようで、先程我々の船にその報が届きました」
「なるほど。キィーシスからの援軍は?」
「既に我々の船に」
「わかった。私も向かわせてもらおう」
話を終えたジマは、今度は仁太達のほうへ向き、何枚かの紙幣を握らせてきた。
「帰りの駄賃。船員が二人増えたことをまだキィーシス側が知らないようようで、多く兵士を寄越された」
仁太たちは今回から仕事に加わった身だ。キィーシス側はそれを知らないため、仁太たちが乗れなくなる人数を派遣してくれたということらしい。要請した手前断ることはできない、といったところか。
「じゃあ、ごゆっくり」
「また後でな、ふたりとも」
ジマが走り去り、リーマットは手に持っていたトランクを地面に置いたかと思うと、次の瞬間には空高く飛び上がっていた。セナも使っていた、物体に慣性を与える術式か何かで飛び上がったのだろう。
いきなりのことで、仁太もセナもぽかんと空を眺め、リーマットが方向転換しながらどこかへ消えていくのを眺めていた。
ふと我に帰ったセナが、ジマの渡してきた紙幣を見て口を開いた。
「あ。これ、ちょっと余分にあります」
「そうなのか?どれくらい余裕あるんだろ」
「一食分くらいならあると思います」
「ちょうど腹減ってたところだ。どこかで食べてこうか」
「はい。お師匠様やキィーシスの優秀な術士様たちが向かったので、その内収まるでしょうけど、それまでの間はパステパス行きの船は出ません。ゆっくり食堂でも探しましょう」
島が襲撃を受けているというのにセナがこうして余裕でいられるのは、それだけここの兵士とリーマットが優秀だからだろう。島の事情を詳しく知らない仁太は、セナの言葉を信じるほかない。
頑張っている人達がいるのに自分たちだけのんびりとキィーシス観光を楽しむというのは少し気が引けたが、力のない仁太にはこの問題はどうしようもないことだ。港周辺にいる人達の間にも先ほどまでと変わらぬゆったりとした時間が流れている。
申し訳程度の気まずさを捨て、仁太はセナと共に食堂を探すために再び通りへと足を向けた。
某ギャグマンガで「読んでもらうことがまず第一歩。評価は二の次」とありまして。
今見返してみるとこの作品、ヒロインが一章の間不在という素敵仕様。
作者の技量が未熟な以上、使える武器は何でも使って、まずは読んでくれる人を見つけなくてはいけないというのに!
オスケモ好きを狙い打った隙間産業のつもりがあった・・・なわけねえだろ。
でも世に言う「ブヒれるシーン」ってやつを自分で書こうとすると小っ恥ずかしくなって書けなくなっちゃうから困りました。
普段は「ゴスロリ少女の目の前で揚げパン踏みにじって、それで激昂した少女に口汚く罵られたい」だの「日本被れのパツキン美少女と土下座系和製美少女の掛け合いかわいすぎ」だのと気持ち悪いこと呟いてるのに、人間の恥ずかしいという感情は不思議ですね。
何が言いたいかと言いますと、お気に入り者数がラッキー7に到達しましたので、感謝の意を伝えたく思いまして。
新着小説欄を見ればお気に入り数が数十、数百という作品がたくさん並んでいる現実の前では7という数字は確かに少なく見えますが、私としましては7人も見てくださる方がいるというのは大変喜ばしい話しでして。
3と4の間で減った増えたで一喜一憂していたころを思えば7人というのは非常に嬉しい数字です。
今後とも宜しくお願いします。