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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第二章 予見者と勇者様
39/77

その十五

前回書いたとおり、その十四のほうもページを書き換えるかたちで更新しておきました。


「導師、お怪我の具合は」

「問題ない。調査のほうはどうなっている」

「はっ!術式の仕様は島の防衛用のものを更に改良したもので、対抗術式への対策は勿論、外部からの破壊が困難になるよう"核"を分散させて設定している模様」

「ほう。つまり?」

「解除には周囲を爆破するほかありません」

「アホか!」

 薄暗い路地裏。自身の経営する洋服店の裏口に腰を下ろした徳郎は、弟子であるタルラから温泉周辺の覗き撃退術式に関する調査報告を受けていた。

 先日、通算30回目の覗きに挑戦した徳郎は、島の防衛を任されている老齢の魔術師リーマット特製の覗き撃退術式に阻まれ、相当の痛手を負わされた。命に別状はないが、何やら見覚えのない川が瞼の裏に浮かぶ程度には追い詰められた。人生の総復習が始まる一歩手前だったというのに命に別状はないというのだから、リーマットの技量は恐ろしい。

 これまでも幾度と無く彼のトラップに除きを阻まれ、その都度痛い目を見てきたわけだが、20回目を過ぎてからはトラップの火力が格段に上がってきている。威力を数値化してグラフにすれば、19回目と20回目の間には絶壁でもできそうである。あの頃は確かミアと知り合った時期だから、これを指示したのはミアということになる。師に対して酷い扱いだ。ボーイズ・ラブという新世界に目覚めさせた恩に対する仕打ちがこれとは。

 ともあれ、徳郎の、否、男たちの夢の実現はまた一歩遠のいてしまったということになる。

 リーマットの仕掛ける罠の数々を、何度地に伏しても諦めぬ鋼の心と、志を共にすると誓い合った戦友たちの力で打ち破ってきた(が、予備の術式により覗きは結局毎回失敗に終わっている)徳郎の前に、再び新たな術式が立ちふさがる。よもや島の防衛網よりも発展した術式まで持ちだされるとは思いもしなかった。

「今回ばかりは諦めるほかないかもしれません。破壊は困難、回避は不可能、威力も過去最大級。いくら絶妙の加減とはいえ、ダメージの抜け切らない身体で何度もあの迎撃術式を受けていては本当に死にかねません」

「むぅ・・・」

 タルラの意見は正しい。昨日体験した迎撃術式の威力は凄まじく、二度、三度と受ければ無事では済まないだろう。

 かといって、徳郎側にはリーマットの術式を解析して打ち消すだけの技術を持った変態、もとい同志はいない。あの老魔術師の弟子であるセナならば可能性はなきにしもあらずだが、女の子を騙して覗きに加担させたとあればミアが黙ってはいないだろう。キャトルの爪で動脈を掻っ切られれば間違いなく死ぬ。

「発見済みの核はいくつだ?」

「核のうち、一つは発見済みです。ですが、今回は複合術式。核の正確な数もわかりかねる以上、下手に手を出すことはできません」

「確かにな・・・。」

 魔術は魔力と呼ばれる体内エネルギーを練り込むことで非科学的な現象を起こす術法だ。精霊という制御端末が存在しないため、基本的に術者がすぐ近くにいなければ術式は発動できない。

 それを可能にするのが"魔留鋼"と呼ばれる特殊な金属だ。魔力を内部に貯めこむことができる魔留鋼に、術式として練りこんだ魔力を注ぎ、何かしらの手段でそれを制御することで、魔術師がいなくても魔術を発動できるようになるのだ。

 核というのはこの魔留鋼のことである。魔留鋼には一種類の魔術しか仕込めないが、複数の魔留鋼を組み合わせることで今回のようなトラップを作ることができる。

 このような複合術式はプログラミングのようなものだ。色々な術式が互いを誘発させたり、止めたりして一つの大きな効果を生み出す。綿密に組まれた術式の内、どこかに不具合が生じれば一気にエラーが続出し、正常に機能しなくなる。そして、そのエラーこそが、うかつに手出しができない原因なのだ。

「下手に暴走させると湯屋ごと吹き飛ばしかねませんからね」

「間違って制御術式の核を潰してしまった場合、我々を苦しめたあの雷撃が魔力の続く限り放出される。威力制御が正常に機能しなくなれば、湯屋ごと吹き飛ばしかねない」

「そうなれば・・・」

「ああ・・・。覗きどころではなくなる」

「そ、そっちの心配ですか? 島を追放されるとかではなく!? 流石です導師」

 タルラを弟子として数年経ったが、未だに教えが行き届いていないと痛感することがある。島を追放されるなど些細な問題にすぎないというのに。

「今回も導師の頭脳をお借りするしかないようですね・・・」

「うむ。例によって、術式の構造は前回よりも更に複雑になっている。解析には、身を削ることになるだろう」

「くっ・・・、力になれず申し訳ありません導師!不出来な自分が憎い・・・ッ」

「自分を責めることはないぞ、我が弟子タルラよ。お前はよく頑張ってくれている」

「ど、導師・・・!ありがたきお言葉!」

 昂ぶる感情のあまり目尻に浮かんだ涙を腕で拭うタルラ。芝居ではなく本気でやっているからこそ、この弟子は可愛い。勿論、性的な意味ではない。

 タルラの言うとおり、今回もまた徳郎自らの手でリーマットの術式を解読しなくてはならない。

 神隠しの庭についてはや数年。徳郎はある一つのことを確信していた。想像力という一点において、徳郎のいた文明は他よりも優れているということを。

 例えば創作話一つ取っても、徳郎の知るそれと、この世界の住民たちのそれでは完成度が大きく異なっている。

 術法文明の創作話には、その文明の術法が多く登場する一方で、それらは全て既存の術式の流用にすぎず、オリジナリティというものが大きく欠如していた。術法文明の一つ、魔術文明の創作物を例に挙げれば、火を生み出す、鉄を変形させる、あるいは身体を強化する・・・と、メジャーな術式ばかりだ。まれに話の目玉として複合術式が出るが、これも所詮は既存の術式を組み合わせたものに過ぎない。

 現実に存在しないものは出てこないのだ。例えその話がフィクションとことわりを入れていても、だ。実在しない術式を登場させてはいけないという暗黙のルールがあるというわけではない。ただ単に、作者が思いつかないだけなのだ。

 徳郎なりに分析した結果、術法文明の人々は術法という便利すぎる技術を手に入れてしまったがゆえに、それ以上のものを望むことをしなくなり想像力が退化してしまったのではないか、という答えに行き着いた。

 あるいは、存在しない技術への憧れと、それが満たされない不満が合わさり、徳郎たち後進文明の人間の想像力が異常発達しただけなのかも知れない。女性との性的接触がない男性漫画家の描く成人向け漫画は、経験者のそれよりもずっといやらしいという話を聞いたこともあるが、これと同じようなことだろう。これぞ、夢と欲求の力。

 事実はどうあれ、徳郎の文明には想像力という武器があり、これは他の文明・・・恐らくは機械文明にも優っている。この考えを徳郎は他の誰にも話してはいない。後進文明出身者にこれを明かすことは、すなわち自分だけが自覚しているという利点を失うことに直結するからだ。

 この想像力という武器を使うことで、徳郎はリーマットの考えた複合術式の設計図を幾度となく暴いてきた。いかに熟達した魔術師といえども所詮は術法文明の出身。その頭をフルに働かせたところで大したものは作れない。漫画やアニメ、はてはスケベゲームで慣らした徳郎の前では、まさしく児戯同然。

 解析と対策、実行。もっとも、徳郎本人はこういった駆け引きに向いておらず、一つ突破して慢心したところへ予備のトラップが襲いかかり、その怪我が治る頃には別のものが・・・という風に、イタチごっこが続いていく。

 しかし、このやりとりが長く続くにつれ、リーマットの複合術式は次第に完成度を上げ、ついには徳郎を唸らせるほどにまで達してしまった。初めは特定のラインを踏み越えた者へ無差別に攻撃を加えるだけの危険なトラップが、今では人を識別してから発動し、更には火力さえも調整可能となったのだから人間の成長とは恐ろしい。

 今にして思えば、このような覗き活動を繰り返してなお島を追放されなかったのは、このやり取りを通じてリーマットが成長し、島の防衛術式がより強固なものへと進化していったという副産物があったからこそかもしれない。ちなみに覗き騒動に関しては一度も成功してないせいか、ミアを除く女性島民は覗きに対してあまり反発していない。むしろたまにオバちゃんキャトルに応援されたりもする。

「ある意味ではリーマットさんすらも我が弟子だ。そして今こそ師を超えんと勝負に出たお転婆な弟子に、はっきりと教えてやる必要がある。いつか師を超える日は来る・・・が、今はまだその時ではないということをな」

「凄い・・・!覗きに一度も成功していない時点で連敗のはずなのに、導師はそんなことなどなかったかのようだ・・・!」

 タルラの賛辞が心地良い。

「今に見ていろ魔術師ぃ!この俺、森部徳郎という壁の圧倒的な高さ、その身に刻み込んでやる! 以下に強力な術式といえど耐えに耐え、見事解き明かしてくれよう!!」

「導師・・・!」

「朝っぱらから大声出すな、徳郎!」

「う、うヒィっ!?」

 バン、と勢い良く扉を開けて入ってきたのはキャトルの少女、ミアだ。突然の来訪に驚き、情けない声を上げてしまう。隣のタルラも怯え気味だ。

 裏口を開けてきた以上、ミアは建物の内部、休業と看板を出してある店の入り口から勝手に入ってきたことになる。鍵を渡してあるとは言え、休業の日ぐらいは裏口に回ってきて欲しい。鍵を開けっ放しで帰るこの少女の後始末をする身にもなってほしい。

「あ、姐さん・・・、その、入る時はノックをして欲しいんすけど・・・」

 裏口から出るのにノックというのもまたおかしな話であるが、震える声から察するにタルラは気が動転しているようだ。

「したわよ。あんたたちの楽しそ~な声に、全部かき消されちゃったけどね」

「は、はは・・・それはどうも・・・」

 先程までの昂ぶりなどどこへやら、タルラの姿はまるで風雨に怯える子猫のようである。

 もっとも、それは徳郎も同じことだが。

「それでミアちゃんは・・・その、どういったご用件で?」

「用っていうか、ちょっとした世間話なんだけど。さっきさ、港でセナたちと会ったのよ」

「港かー」

 パステパスに来た頃、仕事が見つからなかったため徳郎も港で働いたことがあった。グワンとかいうツンデレインセムに仕返しをしてやろうと、一部の人に「あいつはバイでツンデレだ」と冗談を吹き込んでやったのだが、流石に強引すぎる嘘だったためにすぐに皆忘れてしまった。あれを信じてしまうのは純真すぎる奴だけだろう。疑うことを覚えたほうが良い。

「グワンさんにしごかれた仁太が涙目になりながらお慈悲を、なんて頼み込んでたとかいう話なら興味はないぞ」

「あら、さすが徳郎ね。それちょっといいかも・・・、じゃなくて。港の仕事はもうやめたみたい」

「ということは仁太兄さんも仕事が見つかったんすね」

「それもセナちゃんと一緒にか・・・!ぐぬぬ、そんな気はしてたけど悔しいな・・・」

「それでね、セナたちの新しい仕事っていうのがー」

 本気で悔しがる徳郎を無視してミアが話を進める。徳郎の方も、スルーされるのを前提でこういうことをしている節があるので、あまり気にしない。

「ドウヴィーさんとこみたいなの」

「あー」

「ハズレくじだな」

 タルラと徳郎が同じ反応を返す。ミアもその反応を予想していたようで、くすくすと笑っている。

「でしょ? よりによってドウヴィーさんところだもん。面白そうだから、あとで見に行こうよ」

「そうだな。仁太のやつがどんな顔してるか気になるし」

「セナさんの方はケロッとしてそうですがね」

「ニャハハ。楽しみよねー、どんな顔してるんだろ。泣きそうな顔かな、それとも顔面蒼白?どっちも捨てがたいなあ」

 などと口々に言う三人は、ドウヴィーの船を経験済みである。

 さて、と徳郎は腰を上げる。

「そろそろ新作の服をつくろうと思うんだ。ミアちゃん、タルラ、悪いが今日はこの辺で・・・」

「そ、そうですね導師」

 続いてタルラも帰路につこうと立ち上がる。

 が、ミアが二人の腕をがっしりとつかんでそれを阻む。

「なに、かな・・・ミアちゃん?」

「は、はは、これじゃ帰れないっすよ姐さん。あとちょっと、その、爪食い込んで痛いんですけど・・・」

「まだ話は終わってないんだけど?」

「で、でも、おいらちょっと用事が・・・!導師もこれから仕事があ」

「大丈夫だから」

 タルラの言葉を遮ってミアが言う。声に込められた怒気を肌で感じる。これはまずい。

「ちょっとばかり痛い目にあってもらうだけだから」

 にこりと笑って物騒な言葉をつぶやく少女。

 迎撃術式は万全の状態でも危険な威力を持っているため、身体が疲弊した状態では耐えられなくなる。定期的に徳郎とタルラの身体を痛めつけておけば、二人はうかつに迎撃術式に手を出せなくなるというわけだ。ミアも頭を使ったのだろう。

「なるほど、良い案だミアちゃん」

「でしょ?徳郎に褒めてもらえて、あたし嬉しい」

 路地裏に凄惨な悲鳴が響き渡る。パステパスではよくある光景だ。



お気に入り件数が5件に達してちょっと喜んでます。

こうして長い文章を書くのも、人前に公開するのも初めてだったので、とりあえずお気に入り(=読者)5人を目指してみようと思っていたので嬉しいです。

ここだけの話、三章終了時点でお気に入りが5人を超えなかったら打ち切りコースに入ろうと思っていましたが、なんとか打ち切らずに頑張ってみようと思います。


今時の作品にあるまじき女性キャラの少ないむさい話ですが、最後まで読んでいただければ光栄です。

その内増えるはずです女性キャラ。犬顔とか、ドラゴン顔ですけど・・・

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