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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第二章 予見者と勇者様
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その十三

 セナの言ったとおり、徳郎から送られたアニメ柄の浴衣は高額で買い取られた。青の層の物価について詳しくない仁太だが、その店で売られている新品の服の三倍もの額で売れたことから、それが高値で売れたということがわかった。

 元々徳郎が仁太に着るものをということでくれた浴衣だったので、手に入った金は手元に残さずその場で服に換えた。

 柄のない適当な服を買った仁太たちは現在、パステパスのリーダー・第七島将ベルザルクの屋敷の客間にて、館の主の到着を待っていた。

 魔法使いといえど武人は武人。戦闘力の高さをもって島の頂点に立つような立場にある島将ということから、謁見の間とでも言うような細長い部屋で大勢の兵に囲まれながら、玉座に座る島将の前で跪くようなシチュエーションを想像していた仁太にとって、この対応は意外だった。

 綺麗な部屋に通され、美人のメイドがお茶を持ってきてくれるなどとは思いもしなかった。お茶出しメイドが去った今、部屋にはメイドも兵士もいない。仁太とセナの二人きりだ。

 待つこと数分、扉を開けて部屋に入ってきたのは黒い長髪を持つ男性だった。整った顔立ちに単眼鏡を付けた中肉中背の出で立ちは、およそ戦闘には似つかわしくない優男のようだった。一目見て、仁太はこの男はベルザルクの秘書か何かだと考えた。

「お待たせしてしまい申し訳ありません、セナ」

 柔らかい笑顔を浮かべ、男はセナに頭を下げた。次に仁太のほうへ向き、

「初めまして、仁太。私がこの島の島将を任されているベルザルク・オルサンです。島の代表として、あなたを歓迎します」

 すっと差し出された手は仁太に握手を求めているようだった。目の前の男がベルザルクであるという事実に驚いてしまい、「は、はぁ」と気のない声を発しながら、仁太は流されるようにそれに応じた。

 仁太が握手に応じたのを見てベルザルクは満足気に微笑むと、仁太とセナの向かいのソファーへ腰をおろした。

「さて、要件は昨日の誘拐事件の報告ですね」

 ベルザルクが切り出した。

「セナには怖い思いをさせてしまい、申し訳なく思っています。よもや我々の防衛網に穴があったとは」

「いえ、いいのです。私はわかっていました。勇者様が来てくださると」

「そうでしたね。あなたがいつも言っていたことは本当だったようです。セナを救っていただいた仁太には感謝しています」

 勝手に二人で話が進んでいくのを、仁太はぽかんとしながら見ていた。

 相変わらず意味のわからないセナの発言のあとにいきなり感謝の言葉をもらい、反応に困った仁太は再び「は、はあ」と間の抜けた返事を返すことしか出来なかった。

 話についていけない仁太などお構いなしに、セナとベルザルクの会話は進んでいく。予想される防衛網の不備や、敵の船のわかる限りの情報、仁太とサンダバの働きなどを、セナが詳しく話していく。一日ぶりだというのに、サンダバの名がひどく懐かしく感じられた。

(島についてすぐにどこかに消えていったけど、サンダバのやつ元気にしてるのかな)

 などと仁太が、まるで数年間会っていない知人を想うようなことを考えていると、話を終えたのかセナが急に立ち上がった。

「これからちょっとした検査を受けてきます」

 機海賊に捕らえられたセナに怪しい機械が埋め込まれていないかなどを確認するため、別室で身体検査をしてもらうとのことだった。

 見た目が十代前半の少女とはいえど中身は18歳のセナである。男性であるベルザルク直々にというわけにもいかず、当然この部屋で行うわけにも行かない。メイドにでも見てもらうのだろう。

 デリカシーのない島の男性を昨日一日で何人も見た仁太の目には、こんなあたり前の対応ですら気の利いた優れた対応に見えた。さすがに島のリーダーを自負しているだけあって、目の前の優男は他の男と一味違うようだ。

「検査には少し時間がかかります。セナを待つ間、私と話でもしましょう」

「では勇者様、また後ほど」

 セナが部屋を去っていくのを確認して、ベルザルクは仁太のほうへ向き直った。仁太の方もベルザルクの方を見る。

 用意しておいた話題を切りだそうかと仁太が思案していると、ベルザルクのほうが先に口を開いた。

「さきほどの君は、セナの言葉に少し驚いていたようでしたね。もしかして、彼女のことをまだよく知らなかったりするのですか?」

 思いがけない話題だった。確かに、仁太はセナのことをよく知らず、さきほども彼女の言動に驚いたし、それがすこしばかり顔に出てしまったようにも思う。この優男は人の行動をよく見ているようだ。

「色々と突然のようでしたからね。よければお話ししますよ、彼女のこと。彼女とて別に隠そうというつもりはないでしょうし、遅かれ早かれ誰かから聞くことになる話でしょうから」

「・・・じゃあ、お願いします」 

「わかりました」

 そうして、ベルザルクはセナの話を始めた。


 セナリアラ・イアラという少女がこの島に来たのは五年ほど前のことで、当時から島将をしていたベルザルクが彼女の第一発見者だったという。

 魔術師にしてセナの師匠であるリーマットと共に夜の浜辺で防衛術式の調整作業を行っていたところ、セナが転移してきたのだという。直後に気絶したセナをリーマットと共に屋敷に連れて帰ったベルザルクは、彼女の面倒をリーマットに一任した。

 回復力を強化する魔術の力で目を覚ましたセナは、何故か既に言語魔術を施された後だった。が、彼女がどこの層から転移してきたのか、誰に言語魔術を施されたのか、尋ねても返ってくるのは奇っ怪な返答ばかりだったという。

 白い世界を歩き、女性に出会ったと彼女は言う。何故かパステパス島の構造をいくらか知っていたのも、白い世界と同じ形だったからだと。

 ベルザルクはもちろん、リーマットや一部側近たちにもこの言葉の意味はわかりかねた。第一にどこの層においても白い世界などという場所はなく、噂にすら聞いたことがなかった。

 おそらくセナにまずいものを見られた魔術師がそのことを誤魔化すために言語魔術の他に幻覚魔術か何かを掛けたのではという説で話はついた。。島の構造も幻術で見せられたものだとすれば説明はつく。

 しかしながら、数日後、彼女は唐突におかしなことを言い出した。

「私はいつか、悪意に満ちた者たちに拐われてしまいます」

 浜辺で何かに祈るような姿で膝をつき目を瞑るセナに「どうかしたのか」と問うた島民に、彼女が返した言葉である。

「でも、私を救いに来る人がいる。異世界より来る・・・勇者様」

 予想外の返答に驚いた島民が更に問うと、彼女はさも当然という風に答えたのだという。

「予見の書に、全て書いてあったのです」

 この後、彼女の話は島中に広がった。面白半分で彼女に同じ質問をする者が何人か現れ、どれにも似たような返答があった。

 誰もがこのことを信じはしなかった。簡単な話だ。予見などという技術は、どの並行世界にも存在していない。するはずがないのだ。可能性によって無限に分岐する世界において、予見などしても「成功」と「失敗」の2つに枝分かれしてしまうのだから。

 ゆえに彼女はすぐさま奇異な少女、あるいはかわいそうな少女という認識が出来上がった。ホラ吹きと呼ばれなかったのは島民たちの優しさだ。あくまで彼女は変人というカテゴリに収まり、リーマットなど一部を除く島民から距離を置かれることになった。

 その後、徳郎の広げた萌え概念の一つ"電波属性"というもので彼女の評価は覆りはじめ、エルヴィンゆえの愛らしさもあって一部の島民からは"姫"などと呼ばれて慕われた。

 持ち前の優しい性格と魔術の腕前を活かした仕事熱心なところ、そして人のことをあだ名でしか呼ばない変わった趣味などもあり、徐々に島民に可愛がられるようになり、今では島の名物電波少女として人気者となった。


「以上が彼女の話です。よもや彼女の予見が現実になるとは誰も思っていなかったのですが、これからは島民の評価も変わるでしょう。しかし、彼女にはエルヴィンの女性という以上の価値が生まれてしまったのも事実です」

 世界初の予見者。まだ一つしか言い当ててないとは言え、「自分が拐われて勇者が助けに来る」などという夢物語が現実となった以上、ただの偶然と言うにはあまりにも惜しい。

 この事実が示すのは、神隠しの庭に並行世界が存在せず予見が可能であるということか、あるいは神隠しの庭にも平行世界はあるが予見により未来を確定できるかのどちらかだ。いずれにせよ、セナには大きな価値がある。

「話を聞く限り、あなたには戦闘能力と呼べるものは一切なさそうですね。あるとすれば強運。ピンポイントでセナを縛る対抗魔術の施された鎖を転移ゲートで破壊する芸当は、もはや運でしか説明ができません」

 仁太も同意見だった。やはり運以外にないのだろう。人為的に転移をコントロールできるという技術があるなら、ベルザルクが知らないとも思えない。

「となれば、あなたがセナを脅威から守るのは難しいように思えます。運という不確定な要素に賭けるのはあまりにも危険です。今後この予見の事実が広く知れ渡り、もし再びセナが誘拐された場合、あなたが彼女を救うことは困難なのです」

「でしょうね。・・・俺が言いたかったこと、言わせてもらってもいいですか」

「はい、構いません。なんでしょう?」

 昨日からずっと腹に抱え込んでいた想いを、仁太は容赦なくぶちまける機会を、ついに得た。

「あんた、島の責任者なんだろ?島の女の子が凄い信頼してたくらいだし、いわゆるヒーローってやつだ。あの子以外にも、皆があんたを信頼してるとも聞いた。あんたを信頼してるからこそ、この島にいられるんだって」

 ベルザルクは何も言わず、仁太の話を聞いていた。割りこむような形で話を始めた仁太に対しても、少なくとも表面上は怒っていないように見える。ただ静かに、話を聞いている。

「それなのに、なんだよ、これは。セナが誘拐されて、俺みたいな通りがかりみたいなガキに先越されて。あんた、どうせこう言おうとしてたんだろ?次はあなたに頼らず、私たちが何とかして見せます、って。遅いんだよそれじゃ。何かあってからじゃ、もう遅いんだ。一度起きたことは、取り消せない。結果オーライで済むような話じゃないんだよこれは」

 言葉に怒気がこもっていた。隠すつもりもないので、容赦なく語気を荒げてやる。実際に口に出してみて、思っていたよりも早くに冷静さを欠いたことに、仁太は内心驚いていた。

 何が気に食わなかったのか。きっと無意識に、責任者という立場のベルザルクに教師を、無法者の機海賊団に不良を重ねてしまっていたのだろう。あの時も、今回も、助っ人役は仁太。あの時は失敗して親友は不登校、今回は・・・かろうじて助けることができたが。

 だから許せなかったのだ。「今度こそ」などと言って、二度目のチャンスを平然と主張する恥知らずが。

「・・・あなたの怒りはもっともです。どんな言葉を掛けられても仕方ないと、わかっています」

 静かにベルザルクが口を開く。苦悶に満ちた表情からは、彼がこの件について責任を感じてることが見て取れた。これが演技だとしたら大した役者だ。

 だからといって、仁太の怒りが収まるわけではなかったが、少なくとも責任を感じている時点で、ベルザルクが教師たちとは違うことはわかる。仁太は精一杯の努力で、口調を少し穏やかなものに戻すことにした。

「新参者の俺には、これ以上あなたを責める権利はありません。言いたかったことは、もう言い終わりました。これから俺もこの島でお世話になる以上、セナがひどい目にあうところは見たくないし、ミアの、島民の怯える顔も見たくない。・・・お願いしますよ」

「はい。安請け合いをするつもりはありません。このベルザルク・オルサン、島将の名に恥じぬよう努力します」

 ベルザルクの真剣な表情に、仁太はほっと胸をなでおろした。感情に任せて随分失礼なことを言ってしまったが、目の前の島将は責任感のある立派な男のようで助かったからだ。

 偶然で少女を助けただけの新参者が偉そうに説教するなど、失礼極まりないことだ。最悪の場合、相手が逆ギレして殺されることも想定していた。そうなるリスクも踏まえた上でも、仁太にはこの感情を抑えられなかったのだ。

 と、仁太の内心を読んだのか、ベルザルクが苦笑しながら、

「逆切れなんて、しませんよ。あなたは貴重な意見を、本音を伝えてくれました。私にはそれに答える義務がある。それが島将という立場なのですから」

「ベルザルクさん・・・」

「これからはあなたも守るべき島民の一人です。武力に関しては、私にお任せ下さい。そのかわり、あなたはセナと良い友だちでいてください。彼女の心はまだ閉ざされている、と私の側近が分析していました。憧れの勇者様のあなたが傍にいることで、彼女が元気になることは、きっと島民全員の願いだと私は思ってます」

 まっすぐと仁太を見て、ベルザルクは言う。真摯な表情は、この島将が信じるに足る人物であることを仁太に認識させるには十分であった。

 ほどなくして、セナが戻ってきたので、仁太は屋敷を後にした。


「なかなか熱い想いを持った少年でしたね」

 応接間に一人残されたベルザルクが呟く。

 否、一人ではない。この部屋には今、二人いる。

「クク・・・私の気まぐれで随分と苦労させてしまったようだな」

 ベルザルクの腰掛けるソファの後ろには一人の男が立っていた。いつからそこにいたのかベルザルクにもわからないが、大方仁太とセナがこの部屋に来てすぐの頃からいたのだろう。この男・・・副将コーサの趣味は人間観察で、今はもっぱら勇者様と予見者がその対象だ。

「そう思うなら少しは気遣ってください。ああして人の怒りを受け止めるのは辛いんですよ」

「お前の"辛い"、か。参考にさせてもらう」

「私の感情はとっくに学習済みでしょう。まったく・・・、活かさない知識に何の価値があるのです」

「コレクションというのは集めることに意味がある、と聞いたが違うのかね?」

 言って、コーサは笑う。反省がまったく見られないが、それに関してはベルザルクは半ば諦めている。いくら言葉を重ねたところで、コーサの態度が変わるとは思っていない。

「ところで、勇者君にあんな約束して大丈夫なのか?私の見立てでは、この島の防衛網では連中が本気で仕掛けてきた場合に防ぎ切れないが。私の助力にはあまり期待するなよ」

「わかっています。あなたの力には頼りません。・・・全力で対処するまでです」

 副将という立場にあるコーサだが、ベルザルクはコーサの力を借りるつもりはない。いや、このジョーカーがこの程度の状況で動くとは思っていない。多少の危険程度なら、彼は大喜びして観察を始めることだろう。島が焦土と化すとなれば話は別だろうが、ベルザルクがいる限りそのような事態は絶対に起こさせはしない。

「だったら精精力を尽くす事だ。昨日の部隊は恐らく第五部隊。風のうわさで、洗脳装置の制作に成功したと聞いている」

「材料の調達に成功したというわけですか。確か、機械文明の洗脳装置は・・・」

「そういうことだ。次に拐われた場合、」

 背後のコーサの口元が意地悪く歪んでいるのが、ベルザルクには見なくてもわかった。全身にゾッとした悪寒が走る。

「セナリアラ・イアラに次はない」


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