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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第二章 予見者と勇者様
34/77

その十


 老人の名前すら聞いていないことに仁太が気づいたのはそれからまもなくのことだった。

 愚痴を聞いてくれたことについては感謝するが、謎掛け紛いのことをしたまま去った老人には、後々答え合わせをしてもらう必要がある。

 あのような意味深な言葉を掛けられたまま、その解答をもらえないのでは後味が悪いにもほどがあるというものだ。

 気持ちの整理を付けるのに数分費やした後、湯船を出て、かけ湯で身体を流し、更衣室へと戻る。

 辺りに老人の姿を探すが見つからない。老人と別れてからそこそこの時間も経っているため、既に着替え終えて更衣室を去ったのだろう。

 まずは着替えを済ませることにして着替えを置いた場所へと戻る仁太の耳に、会話が飛び込んできた。

 近所の未婚女性の腰つきのいやらしさであるとか、いやいや向かいの新妻の色香にはかなうまいだとか。不毛な好みの押し付け合いとも言うべき、しょうもないエロトークを続けるのは仁太の入浴前からここで会話をしていた例の人間男性二人組だ。

 少し離れた位置で脱衣しているキャトルの若者が、おそらくこの会話が耳に届いてしまったのだろう、苦笑している。

 しかし、更衣室を見渡すかぎり、仁太が入浴している間も更衣室にいたのは彼ら二人のようである。位置的に出口が視界に入るこの二人ならば、老人を見ている可能性もあるはずだ。

 そう判断した仁太は、着替えを終えるとエロトークに一息付いている二人に老人のことを尋ねてみた。

 すると彼らは互いに顔を見合わせ、

「いや、俺は見てないな」

「俺もだ。話をしつつも、更衣室の中は一応見ているつもりでいたんだがなぁ」

「白髪のじーさんねぇ。あいつか、ほれ、あの古着屋の」

「あのじーさんは白猫のキャトルだろ。人間とは見間違わねえよ」

「それもそうだな。ってわけだ、すまねえな坊主」

「いえ、わざわざすみませんでした」

 仁太が礼を言って立ち去ると、背後から古着屋の孫娘についての議論が聞こえてきた。この様子では、二人は当分更衣室に居座るだろう。

 聞くに値する情報ではないと判断し、仁太は更衣室をあとにした。


 硬く冷たい地面の上に転がる傷だらけの三人組は徳郎以下覗き実行部隊の面々である。

 湯屋の外へ出た仁太が目にしたのは覗きに失敗し、見事迎撃された彼ら先兵たちだった。

 徳郎の忠実な舎弟であるキャトルの少年タルラが見つけてきた覗きスポットには、覗く直前までわからない巧妙な魔術製トラップが仕掛けられているいわゆるダミーだったことが彼らにより発覚したのだとか。その結果がこれだ。

「こいつら、ほんと懲りないのよ。ここに来るたびに覗こうとして、その度にリーマットさんが仕掛けた迎撃術式を受けてこの様」

 呆れ顔の灰毛キャトルの少女がため息をつく。

 三人の愚か者に罰を与えたリーマットなる人物が、自分の魔術の師匠であることをセナが教えてくれた。島内で唯一の、上位の魔術師だそうだ。

 撃沈している三人の服装はところどころ破け、傷も多く、どこか焦げたような臭いもする。あの屈強そうなドウヴィーさえもが力ない声で呪いの言葉をつぶやき倒れ伏しているところから、相当厳しい目にあったことが見て取れた。

「申し訳・・・ありません・・・導師・・・」

「あのクソジジイめ・・・今回のは死ぬかと思ったぞ・・・」

「そもそも日本の銭湯を模したというのであれば江戸時代の銭湯に習い最初から混浴で開業するのがアイディア元である日本へのリスペクトというものでありこのような改悪は我が祖国の歴史に対する敬意が足りていないことを示しており大変遺憾で───」

 三者三様に言葉を漏らす彼らの姿は正しく敗北者だ。程なくしてドウヴィーとタルラが気絶した。なおもぶつぶつ喋り続ける徳郎の耐久力には驚かされる。

 そしてそんな彼らを申し訳なさそうに眺めるセナと、それとは対照的に呆れ果てた様子で睨みつけるキャトル少女。青の層の男性は変態の割合が高いのだろうかと疑いたくなるのも無理からぬことだろう。

 ところで、と仁太は初対面であるキャトル少女を観察する。

 猫獣人らしく、伸びた猫のようなスラッとした体型を持つ猫人間だ。セナ同様、着ている服がどことなく他の住民たちと異なっている。センスが仁太の世界に近いのだ。徳郎がデザインしたもののような気がする。

 キャトル少女の観察を終え、再び男衆へと視線を戻す。悪態をつく元気があるのは確かだが、焦げくさい臭いに不安を覚える。この三人の耐久力に差がないとも思えないし、獣人を追い詰める火力を受けた徳郎の体が心配だ。

「これ、大丈夫なの?」

「大丈夫です」

 セナに尋ねると、彼女はにこりと笑いながら答え、勇者様は優しいのですね、と付け加えた。この状況を見て心配しないのが青の層のデフォだとでも言うのだろうか。

「簡単に説明しますと、お師匠様の迎撃術式は複数の術式の複合です。その中に威力を調整する術式があり、相手によって威力を変えています」

「種族とか体型で区別するの?」

「いえ、判定するのは特定の個人のみです。萌豚さんも風読みさんも子分さんも常連様ですから」

「それって常習犯の間違いじゃ」

「そうとも言います」

 つまり経営者側から特別マークされている、ということのようだった。

「よく出入り禁止にならないな・・・」

「この迎撃術式がある限り覗けないからよ。こいつら、腐っても客だし」

 答えたのはキャルとの少女だ。彼女は仁太のほうへ向き直ると値踏みをするようにしげしげと観察してきた。あまり良い気分ではないが、先ほど自分もこの少女を観察していたのだから文句は言えない。

「・・・徳郎と同じ文明の出身ね」

 足の先から頭のてっぺんまで一通り見終わった少女がぼそりと言った。

「わかるもんなんだ?」

「服装がね。あと、すごく弱そう」

「酷い事を言うなぁ」

「ま、いいわ。あたしはミア」

 そう言ってミアは手をさしだしてきた。

「俺、仁太。よろしく」

 こちらも簡単に名乗り、ミアの手を握る。

 が、握手が成立したと思ったその瞬間、ミアが仁太の手を強く握ってきた。人の力ではなかなか出せないような強い握力で握りつぶされ、仁太は軽く悲鳴を上げると全力でその手を振り払った。

 何をするんだ!?と慌てふためく仁太を、ミアは意地悪く笑った。ニャハハハ、という笑い方は猫そのものだ。

「やっぱ良い反応だわー。徳郎も同じように驚いて、痛がって、何するんだ!って叫んだっけ」

 いきなりのことに、涙がにじむ。はっきり言って、かなり痛い。猫の獣人とはいえ、ただの人間よりも明らかに握力が高い。ヒリヒリする手を無事な左手でさすりつつ、抗議の眼差しをミアに向ける。

 そんな仁太の様子を見たミアは笑いを止め、不思議そうな顔になった。

「あれ?おかしいな」

「何がだよ・・・」

「いやいや、もっとやってくれって言わないの?徳郎は痛がりながらそう言ってきたから、てっきりアンタもそういうのが好きなのかなって。・・・ごめん」

 またあの変態巨漢である。

 こういう輩を日本の恥さらしというのだろう。もしかしなくても、覗きの文化をこの島に広めたのはあの男に違いないと仁太は確信した。

 急に申し訳なさそうな表情になるミアの様子から察するに、おそらく悪気はなかったようだ。しゅんとなったミアの姿を見ていると、なんだか悪いことをしたという錯覚に陥ってしまうが、被害者は間違いなくこちらだ。

 しかし反省している様子が伺える以上は、これ以上の追求は不要だろう。思えばそこに転がる"歩く恥の塊"のせいであって、ミアはある意味被害者だ。ここは痛みを堪えて、許してやるのが大人の対応というやつである。

「別にいいよ。ちょっと痛かったけど」

 ちょっと、と付けてみたのは男子としてのちょっとした強がりだ。本当はものすごい痛い。

 が、その一言を聞いたミアの顔から一瞬のうちに反省の色が消え去った。

「そう?良かったー。あたしさ、男の子の痛がってるところにキュンッてくるんだよね。そう言ってもらえるとすごく助かる」

「え?」

「よかったー。さっきのリアクション、結構"キタ"よ。これが萌えって感情だったよね、徳郎」

 そう言ってミアは徳郎に顔を向ける。

「その通りだミアちゃん・・・わかってきたじゃないか・・・」

 謎の呪詛を唱える元気も失ってぐったりしていた徳郎が、微かな動作でミアの言葉に応えた。

 弱々しく親指を立てているので、思わずへし折ってやりたくなったが我慢する。死人に鞭打つのは気が引けたからだ。仮に徳郎が無傷であったなら容赦する理由はない。

 きゃっきゃっとはしゃぐミアの姿は新しいおもちゃを手に入れた子供のそれだ。ついこの前にもどこかで同じような少女を見たような既視感がある。

 仁太とミアのやりとりを横で眺めていたセナは、

「勇者様ったら、もう皆と打ち解けて・・・。さすがです」

 などと嬉しそうにつぶやいている。何がさすがなのかはさっぱりわからない。

 と、セナの言葉を聞いたミアの猫のような耳がピクリと動いた。

「いま、勇者様って?」

 ミアが近寄ってきた。その目に輝くのは好奇心の三文字だ。

 食事のあたりからすっかり忘れていたが、セナの言う"勇者様"というワードはこの島で妙に有名なようで、この単語を聞くと例外なく皆が仁太に興味を持ってくる。

 はっきりいってうんざりだ、というのが仁太の感想だが、それをわざわざ口に出して険悪なムードを創りだすのは得策ではない。島になじむためにも、このこそばゆいワードを逆に利用してやるくらいでなくてはいけないのだ。そういうわけでミアのこの行動も邪険に扱うわけにはいかない。

 当のミアは仁太の体を舐め回すように眺めている。さっき散々見たではないかと指摘するかどうか悩んだ末、やめておいた。

「これが、勇者様?」

「はい」

 ミアが再び聞き返し、セナが肯定する。セナには"これ"という表現を否定するくらいのことはして欲しかったが、どこか抜けている印象のある彼女には無理な相談なのだと仁太は諦め、少しへこんだ。

「何度見ても弱っちそうだけど」

「そんなことはありません。勇者様は機海賊の魔の手から私を救い出し、こうして島へ帰還するのに手を貸してくれました。私の力では壊せない対魔術金属を破壊し、生身かつ丸腰でありながら凶悪な機海賊を海へ投げ捨てて活路を開くなど、初めて出会った私のために命がけの行動をしてくれたのです」

 確かに間違ってはいないが、誤解を招くような表現が散見される。なにより、サンダバのことが話に出てきていない。物は言いよう、とはよく言ったものだ。

「星々の加護のもと、次元の向こう側から現れた勇気ある者。勇者様こそ、私の待ち望んでいた方なのです」

 目を閉じ、手を合わせ、まるで天に感謝でもするかのような仕草でセナはきっぱりと言い切った。

 偶然ではなく必然。仁太がセナのもとへ現れたのは運命であると、本気で信じているような顔だ。怪しい宗教を盲信する信者のような、どことなく危ない雰囲気を感じ、仁太はこの美しい少女が少し遠い存在に思えた。

 一方でその反応を見たミアは仁太のように引くこともなく、ぽかんと口を開けていた。信じられないものを見たという表情であったが、ミアの視線の先にはセナの足に未だ残っている壊れた足枷の部品がある。これが決定的な証拠となったようだ。

「本当だったんだ・・・セナの言ってたこと」

 猫少女の口から驚きの声が漏れ出した。

「"いつか私は邪悪な集団に攫われるでしょう。魔術を奪われ、万策尽きたかに見える私には、しかし運命が授けた力があります。それは光と共に現れて、私を縛る鎖を砕き、私を囲う邪悪を祓う力を有した一人の少年。それが、私の勇者様"、セナがよく言ってた言葉。今だから言えるけど・・・冗談だと思ってた」

「まあ無理もないさ。この島に住む人間には、特に」

 徳郎がミアをフォローに入った。

「どういうこと?」

「七島同盟に所属するこの島には当然ながら島将がいるし、島を囲う様に設置されたリーマットさんの迎撃術式もある。おいそれと手の出せる島ではないわ。安全が保証されたこの島にいる限り、セナが攫われることなんて有り得ないと誰もが信じてたの」

 まただ。また、島将。先程も耳にした、この島のリーダーを指す言葉。徳郎に続き、今度はミアの口からもこの言葉が出てきた。

 ミアもまた、島将なる存在に絶対の信頼を寄せているようだった。迎撃術式による防衛システムと同列に語られる島将。たった一人の存在が、熟達した魔術師の大掛かりな仕組みに匹敵するというのだろうか。

 魔術の凄さはここにきて何度も体験しているし、徳郎たちを迎撃したリーマットの術式がきちんとしたものだということも目の当たりにしている。

 仁太の想像を越えた存在に思えて、素直に説明を求めることにした。

「その島将てのをよく知らないんだけど、そんなに凄いの?」

「もちろんよ。リーマットさんの防衛網が破られればすぐにでも駆けつけてことを収めてくれるはず。・・・はずだったのだけど。私も一度だけ、遠巻きに七の島将、ベルザルク様の"仕事"を見たことがあるの。以前、浴場の掃除をしているときに機海賊が攻めてきたことがあって、その時一隻がリーマットさんの包囲網を力づくで突破してきたわ。でも、すぐに沈んだ。燃えて、凍って、最後に爆散。圧倒的だった・・・あたしには、何が起きてるのかさっぱりなほど。後で、あれが魔法使いベルザルク・オルサン様の力だと知って、それはもう驚いたわ」

 特撮ヒーローの話でも聞かされているのかと思うほどに、突飛な話だったが、仁太自身も魔法の凄さは体験済みだ。この話が誇張のない真実であることは理解できた。

「四の島将テラキル様は知将として知られているし、三の島将ゾルケット様と五の島将ラーダント様はどちらも格闘戦のプロ。どこの島将もそれぞれが何かに特化した力を持っているわ。確かに人格的に難しいところのある人もいるけど、そこは副将が補佐してくれるし、なによりベルザルク様は人格者。島民のことを第一に考えてくれるし、実力も折り紙付きよ」

 内容とは裏腹にどこか自信がないように聞こえる。言い終わり、暗い表情で俯くミア。微かに震えているのは失望というよりは、恐怖に近い感情に見えた。

 絶対安全だと信じていた足場がグラつくのを感じたような、そんな恐怖だろう。

「迎撃術式を掻い潜り、かつベルザルク様に感づかれることなくセナを攫う敵が出たと考えるべきか・・・」

「あるいは、そのベルザルク様とやらが」

 そこまで言って、仁太は言葉を止める。首を左右に振るセナと目があったのだ。しまった、という風に口に手を当てる徳郎の姿を見て、仁太もようやくその意図を理解した。

 これ以上言ってミアを不安がらせるな、ということだ。

 青の層に来たばかりの仁太にとっては実感のないことだが、聞いた限りでは青の層という場所の治安は本来ならば赤の層と同等のようだ。

 イムケッタたちに襲われた時の事を思い出す。アレの規模を大きくしたような状況を想像すれば、それがきっと正解だろう。仁太は島民、ランジャが島将。ランジャがいなければ、仁太など今頃はあのタイラーンたちの排泄物の一部になって、土に栄養を吸い取られている頃だろう。

「いずれにせよ、このことは明日、七将様に報告にい行きます。そうすれば、すぐにでもお師匠様たちが島の防衛網の穴を補完してくれるはずなので、萌猫さんも安心てください」

 一瞬にして暗いムードが支配することとなったこの場は、セナの言葉で解散となった。

大変遅くなりまして・・・。


言い訳をしますと、大まかな目標地点以外はキャラを自由に動かす方針・・・というかかなり無計画に進行する作品のため油断するとすぐに話しが脱線するので、修正に時間がかかりました。

とりあえず長時間文字を眺めすぎて目が痛いので確認してません。誤字がないといいなぁ・・・

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