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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第二章 予見者と勇者様
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その六


 外国の料理が口に合わないことはよくあることだ。まして異世界ともなれば毒を食らわされてもなんら不思議はないと言える。

 などと緑の層の時にも考えていた仁太だが、青の層への転移によって環境が変わったことで、またもこの問題に直面することとなった。

(エルフってどんなもの食べるんだろ・・・。美しさの秘訣として栄養いっぱいの虫とか喰ってたりしないよな・・・)

 などと種族そのものに喧嘩を売るような事を考えたり、

(ちょっとおかしなところのある女の子の作る料理はまずいというのがお約束ってやつじゃなかったか?)

 と、現実と漫画をごっちゃした偏見で勝手に震え上がったりもした。

 漫画好きの徳郎も同じことを考えたのだろう、息を呑んで料理の到着を待つ仁太の背中をぽんと叩き、

「主人公の条件って知ってるか?美少女の料理は残さないことだ」

「お、おう」

 男どもの失礼極まりない想像になどまるで気づかない様子のセナが、料理を食卓に並べていく。

 料理よりもまず仁太が気になったのは洒落たデザインをした金属の食器だった。

 緑の層の食器はどれも木製で、簡素な作りのものだった。

 おしゃれなデザインや金属製は、商売で生計を立てる青の層では同業者に負けないための工夫が必要なのだということを感じさせた。

 それはさておき。

 問題の料理である。そこかしこが海ということもあって料理は海鮮物が多く並んでいる。

 見た目は綺麗に盛りつけられている。が、見た目の良さはあくまで料理の総合評価を上げる要素に過ぎない。味との関連性はない。

 いや、むしろ見た目が悪かったほうがまだ安心できた。美少女の作る見た目の良い料理は味が殺人的と相場が決まっているからだ。情報源は漫画であるが仁太は全く疑っていなかった。瓢箪から駒というではないか。

 しかし匂いも悪くはない。悪いどころか、魚の塩焼きから漂う匂いは食欲を誘う。だが、匂いが良いからといって制汗剤を口に吹きかける人間がいるだろうか?

 結局のところ味が重要なのだ。御託を並べたところで意味はない。

(ええい、何をためらう楠木仁太・・・!どう転んだって死ぬことはないはずだ!)

 既に料理がまずいこと前提で思考を展開する仁太。隣の徳郎も似たような状態である。女性と面識の少ない彼らにとって、ここからは未知の領域なのだ。

「?」

 そんな二人の様子に、セナは小首をかしげた。

「どうしたんです?」

 思いつめたような表情の二人を不思議そうに眺めるセナは、彼らが料理を警戒しているなど想像もしていないだろう。

 そもそも、獣人である彼女は術法文明の出身であり、漫画やアニメを知っているはずがない。これまでの経験から言って、アニメや漫画などというのは仁太たちの文明特有の文化だからだ。

 これ以上の延長は不可能だろうと、仁太は判断した。このまま現状を維持すれば、いずれセナもこちらの意図に気づくだろう。

 そして、「美少女の料理は云々」などという先入観の存在をセナが知らない以上、彼女はこう思うわけだ。私の料理は嫌がられている、と。そうなればセナは悲しむだろう。

 こんなふざけた理由で少女を悲しませることが許されるはずがない。

「あ・・・、ああ。青の層で食べる初めての料理だからさ、記憶に残るようにこう・・・凝視してた、ってところかな」

「お、俺もセナちゃんの料理を食べられる日が来るなんて思ってなくて感動しちゃったっていうか。いやー、ついてるよ俺、タマの奴に話したらきっと相当羨ましがるぞー」

 徳郎も腹をくくったようで、震える右手でスプーンを持ち上げた。

「「いただきます」」

 二人の男は異口同音に特攻の合図を口にすると、一挙手一投足まで同じ動作で手近にあったスープに手を付け、口を付け、そして・・・。

「・・・あれ、美味いぞ」

「まさか、そんな」

 口々に感想を漏らす。その言葉が、どれほど無礼なものかなどまったく気にもせず。

「・・・どういう意味ですか?」

 セナの声のトーンが一段下がった。その顔は笑顔ではあるが、ひくひくと動く口元から、彼女が怒っていることが見てとれる。

「説明してください。二人とも、私の料理をどんな目で見ていたんです?」

 静かながらもその声には怒りが滲み、普段の声量となんら変わらないはずの彼女の言葉は少年と青年を震え上がらせるには十分な迫力を秘めていた。

 謝らなければ、と本能が告げている。椅子に座っていなければ、即座に土下座の姿勢に移行しただろう。そして幸いにも椅子に座っていたからこそ、文化の違う彼女に対する土下座が何の意味もないことに気づくことが出来、思いとどまって頭を下げる程度に収まった。

 徳郎も同様に頭を下げ、二人は怒る予見者様に謝罪の言葉を述べた。

「「ごめんなさい」」

 ここに至って彼らは初めて、「美少女の云々」が空想上の設定であることに気づいたのだから、なんとも間抜けな男達である。

 視界から消えたセナがその後どういう表情をしていたのかを仁太が知るすべはなかったが、程なくして彼女は、

「もう、冗談ですよ。顔を上げてください」

 と笑った。

 冗談だというその言葉がどこまで本当かはわからないが、その表情に怒りの色はない。

 気をとりなおして他の料理にも手をつけてみると、こちらも同様に美味い。不味い不味いと思い込んでいた反動もあって、思わず感動を覚えるほどである。

 感動のあまりつい口を滑らせたのだろう、

「事実はしょうせ・・・」

 徳郎の口からまたも危ない発言が飛び出しそうになり、仁太は彼を小突いてその言葉を中断させた。

 事実は小説より奇なりという言葉は嘘っぱち、美少女も美味い料理が作れる、とかなんとか言いたかったのだろう。仁太も同じような気持ちだったりする。

 褒め言葉として取ることもできるが、「期待してませんでした」と白状しているとも取れる。滅多なことは言わないほうが良いだろう。

 だが、仁太が意外だと感じたのはそこだけではない。セナが怒ったことが、仁太には意外に感じられた。

 この半日ほどセナと接してきて、すこしずつながら仁太の中にもセナという人間のイメージというものが出来てきていた。もちろん勝手な思い込みではあるが、先程のようなシチュエーションでは、彼女は泣くものだと思っていた。

 相手の性格を勘違いしているという点で、ランジャのことが脳裏に浮かんだ。彼もまた、仁太という人間を勘違いしていた。

(・・・ランジャのことはもう忘れるんだ)

 かつての友人。たった数週間かぎりの親友。彼との関係は、仁太から切ったはずだ。ランジャのためを思っての判断だというのに、いつまでも未練がましく引きずるのはみっともない。

「あの、勇者様・・・。もしかして口に合いませんでしたか?」

 気づけば、不安そうな表情でセナがこちらを覗き込んでいた。

 苦い回想をしているのが顔に出てしまっていたようだ。

「そんなことはないよ。さっきも言ったとおり、美味しいよ、セナの料理。今はちょっと考え事してただけだから。余計な心配掛けたみたいで、ごめん」

「いえ。それならいいんです」

 安心したように胸をなで下ろすセナ。

 その姿を見て、仁太は考える。

 変わり者だけど優しい少女。隣で幸せそうに料理を食べている、少し鬱陶しいけど親しみやすい青年。悪くないスタートといえる。この新環境に、不満はない。

 ここで失敗すれば、もう後はない。緑の層に戻るわけにもいかず、かといって赤の層でまともな生活が送れるはずもない。

 この青の層こそが、ラストチャンスなのだ。

(ここでやり直す。理想の異世界生活を、手にい入れる)

 心のなかで、仁太は決意の言葉を呟いた。


「風呂に行こう!」

 食事を終えて一息ついた頃、唐突に徳郎が提案した。

 冗談を言っているふうにも見えない。この男は夕食をご馳走になった上に風呂場まで借りようと言うのか。

 さらに信じられないことにその顔は仁太のみならずセナにまで向けられている。

 セナが混浴の文化で育ったことを利用して、合意の上と主張して堂々と覗きをやるつもりか、あるいは徳郎の世界は江戸時代から混浴が続いている素敵な日本なのか。

「良い提案です、萌豚さま。私もご一緒します」

 笑顔の少女。なんてことを言うのだ、と止めるべきだと思う仁太は、しかし思いとどまった。

 混浴がいけないことだと、いやらしいことだと思う心にこそ問題があるのではないか。

 グローバルな視点、いや、平行世界的な視点で見れば混浴は一般的であり、いちいち男女で分けようとする我々の世界こそが間違っているのかも知れない。

 男子の前で着替えることに抵抗のないセナは何よりの証拠だ。裸を見たくらいで欲情したり恥ずかしがったりする心を自制できないようでは獣も同然ではないか・・・!

(今ここにいるのはただの一人の少年じゃない。俺の世界の人間が裸の少女に欲情などしないことを示す、代表だ。気を引き締めろ楠木仁太。我々が健全であることここに示してやろうではないか。この頑張りが誰の目に、耳に届かないものだからといって、それがなんだというのだ。誇りを守る戦いとは陰で行われるからこそ尊く美しい。つまり、孤軍奮闘の現状はむしろ誇らし)

「勇者様ー、おいてっちゃいますよ」

 と、セナの言葉で現実に引き戻された仁太は、彼女と徳郎が既に出かける支度を終えて家を出ようとしていることに気づいた。

「勇者様も早く参りましょう」

「置いてくぞ仁太ー」

 彼らが立つのはどう見ても玄関だ。風呂場に行くものだと思っていた仁太は意表を突かれてきょとんとしてしまった。

「あれ、風呂場に行くんじゃないのか?」

「そんなもんあるわけないだろ。水道も通ってない世界だぞ」

「湯屋ですよ、勇者様」

 湯屋、つまり銭湯だ。

「なんだ仁太、お前三人で風呂に入るとでも思ってたのか?なかなかスケベなこと考えるじゃん、見直したぞ」

「なんでそこで見直すんだよ!」

「え、勇者様、そんなこと考えて・・・変態勇者様だったんですか・・・?」

「やーい変態!セナちゃんあいつに近寄るな!変態は伝染病だ!」

「そこぉ!セナ、違う!あと黙れ徳郎!」

 天然露出狂もどきのセナに引き気味の顔をされたのもショックだがそれ以上にこの無礼極まりない萌豚を黙らせねばならない。

 意地悪く笑いながら走り去る二人を追って、仁太は転がるように家を飛び出した。

混浴は自然。ヌーディストビーチは芸術

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