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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第二章 予見者と勇者様
28/77

その四


 家の中へと案内された仁太は、その家の丁寧な造りに感嘆した。緑の層と違って金を受け取った人間が作っているからだろうか、見た目以上に内部は丁寧に作られている。緑の層の家々よりも気合の入り方が違うのだ。

 勢い余って緑の層を飛び出した仁太だ、今更どの面を下げて緑の層へ帰ればよいのやら。となれば、これからは青の層で暮らすことになるだろう。働いて収入を得て、住む家を手に入れる必要がある。少女の家に居候するのはヒモのようで気が引けるし、なによりセナに悪い。

 青の層の物価がどのようなものかはわからないが、セナのような少女がこれほどのものを数年で建てたというのだ。ただびとに過ぎない仁太でも、十数年もかければいつかはこのくらいの家を手に入れられる日が来ると信じたい。

 心のなかで密かに決意を固めた仁太は、まだわからないことだらけの青の層のことを尋ねようと、セナのほうへ顔を向けた。

 が、視線の先の少女は何を考えてか、いや、おそらく何も考えていないのだろう、何気ない仕草で服を脱ぎ始めた。

「なっ・・・!?」

 例え相手が年下であろうと。如何にそっちの趣味がなかろうと。初心な少年には耐え難い光景に、仁太は振り向いた顔をそのまま振り抜いた。

「・・・何してんだ」

「何って、見たとおり着替えですよ?」

「何でしてんだ!」

「なぜって、さきほど魔力を消費した際に汗をかきましたし、海水もいくらか被りましたから。そうだ、せっかくです、勇者様も脱いでください。私、洗濯には自信がありますよ」

 青の層へ着いたばかりでまだ着替えもないのに、脱いだ後どうしろというのだ。

 仁太は、小学生低学年のころは男女が同じ教室で着替えたことや、あるいは男性浴場に父親に付いて入る女児のことを思い浮かべた。

 つまり、セナにはその手の恥らいがないのだろう。

 仮に仁太に幾許かの勇気があれば、もとい一握りの良識が無ければ、ここで容赦なく身体の角度を180度ほど戻していたはずだ。が、なにぶん初心で小心者を自覚する仁太である。セナに背を向ける身体はそのままに、足を動かすと扉を開け放って外へ飛び出した。

「あ、勇者様、どこへ?」

 セナの言葉が仁太の背中を追う。

「ちょっとそこまで!」

 バンッと勢い良く扉を閉め、一切の追撃を拒否すると、仁太はとりあえず家の裏手に回って休むことにした。

 隣の家との感覚はそこそこあった。よく見れば各建物はきっちりと土地が均等に割り振られており、建っているのがほったて小屋だろうが三階建ての石造りだろうが、庭も含めて使用できる面積は平等なようだった。

 今しがたの出来事を頭から振り払うように、仁太は別のことを考えるように努めた。しっかりと区画に分けられた街並みを眺めていると、ふと元居た世界のことが思い起こされ、幸運にも気を紛らわせることに成功した。

「なんか京都みたいだな・・・」

 路地裏に腰を降ろしつつ独りごちる。日が当たらず少し暗がりになっている路地は静かで、念願の一人で静かに過ごせる空間だった。一息吐くと、またも緑の層での出来事が脳裏によぎり、陰鬱な気持ちが蘇ってくる。

 冷たく、暗いこの場所は、悪癖と知りつつもなかなか別れられない自己嫌悪癖と戯れるにはもってこいの場所。

 そのはずだった。

「懐かしいなあ、京都。小学校の頃の修学旅行先だ」

 先程の独り言に対してだろう、それはいきなり発せられた。

 肩をビクリと震わせ、仁太が声の主を探すと、それは向かいの建物の陰から現れた。

 恰幅の良い、という表現では少々控えめすぎるだろう。現れたのは肥満体の男性だった。相対的に小さく見える頭の上にバンダナを巻いており、嬉しくもない男の胸によってはち切れんばかりになっているTシャツには、眼が大きくきわどい服装の少女の絵が描かれている。

 まごうことなきオタク様である。

 いきなりの登場に怯え気味の仁太を見て、男は申し訳なさそうな表情を浮かべて頭の後ろを掻いた。

「悪い、いきなり過ぎた」

 隣良いか?という問に仁太が首を縦に振ると、仁太から少し距離を置いたところへ男はどっしりと座り込んだ。彼なりの配慮だろう。

「森部徳郎。たぶん、そっちと似たような世界の出身。趣味は・・・見ての通りさ」

 言って、キシシと笑う徳郎。

「俺は楠木仁太。少し前に、ここに来たばかりなんだ」

「知ってるさ。噂の勇者様だろ?一目見ようと思って、ここまで足を運んだってわけよ」

「げっ、噂って・・・」

「そりゃあもう、島中の噂だな。狭い島だ、端から端まで届くのに大した時間はかからない。ま、居住区はここに集中してるから、端まで届ける必要ないんだけどな」

「マジで!?」

「マジマジ、大マジだって」

 驚く仁太の反応を、徳郎は楽しそうに眺めている。嘘を言っているようにも見えない。彼がよほど慣れた嘘つきで、極自然体でホラを吹けるような人種でもない限り、これは事実とみて良さそうだ。

「我らが予見姫は島の人気者だからなあ。そのセナちゃんがずーっと言ってきた勇者様が現れたんだ、そりゃあすぐにも広まるってもんだ」

「そんな無茶苦茶な・・・。俺、たまたまあの子のところに転移しただけの、何も無い普通の人間なのに」

「俺と同じ出身ってことは、そうだろうな。魔法も魔術も精霊術も駄目。おまけに機械人間でもなければ獣人でもない。それと、あの子ってのはないだろ。仁太、お前何歳だよ」

 機械人間。興味深い単語であったが、話の腰を折るのは気が引けて、仁太は相手の話題を優先することにした。

「16だけど」

「シックスティーン!若いねえ、実に若い。エッチなゲーム一つ買えやしない。もっとも、俺の世界はそれだけじゃ買えないわけだけど。ま、何にしても若いな、16歳少年」

 急にテンションが上がる徳郎。この反応は、期待通りの返答を得られたからだろう。仁太はそれがなんとなく悔しかった。

 その芝居がかった暑苦しいノリを、嫌そうな顔で眺める仁太は、何が言いたい、と徳郎の顔を睨みつけるが彼はそれを楽しそうな顔で受け流した。

「買えるんだよ、セナちゃんなら。エッチなゲームが」

 言葉の意味がわからなかった。そもそも例えが下品すぎる。

「どういうことだ?」

「言葉通りの意味。聞いて驚け少年、姫は御年18歳だ」

「んなっ・・・!?」

 予想外の数字だった。あのどう見ても小中学生にしか見えない少女が、どこをどう間違えたら18歳になるというのだ。

「おー、なかなか良い反応だ。ちなみに俺は19歳ね」

「わ、年上っすか」

「とってつけたような丁寧語は良いって。タメ口で構わないぞ」

「あ、ああそう。で、あんたが19歳でセナが18歳って、ますます嘘くせえ!一年早く生まれただけでこんなに差がつくもんか」

「いやいや、18歳ってのは本当。正真正銘18歳、花も恥じらわない、着替えさえ恥じらわない、そんな素敵な18歳だ」

 着替えという単語に、仁太は肩をビクリと震わせた。それを見て、徳郎の口元がいじわるく歪む。

「あ、あんた、もしかして・・・」

「さっきのやり取り、実は聞かせてもらっててな。あの美味しいシチュエーションでよく逃げ出したもんだ。なかなかの紳士っぷりに、思わず感動しちまったよ。俺なら間違い無くガン見したね!」

 褒めてくれたのだろうけど、最後にさらりと最低な言葉が付いていたのが気になった。この男も恥という感情が少々欠落しているようである。

「そんなわけで俺はお前が気に入った。だからこうして話に来たってわけだ」

 徳郎は心底楽しそうな顔をしている。緑の層でも似たような、いわゆるいじられキャラという立場に何度か立たされて嫌気がさしてきた仁太は、これに投げやりに返した。

「・・・で、その勇者様を見た感想はどうなんだ」

「及第点、ってところだな。本当に来るとは思ってなかったけど、来るとしたら凄いやつが良いなとは思ってたから、まず肩透かし。でも、セナちゃんの気持ちを利用するようなろくでなしでなかったから、一安心。だから、中間ど真ん中なお前はぎりぎり合格ラインってところだ。そして何より、」

「なにより?」

「いじりがいがある」

「おい!」

 抗議の声をあげる仁太だが、徳郎のほうは一切応えていないようだ。暖簾に腕押し、糠に釘。この巨大な男は、心も重装甲のようである。

 と、そこへセナがやってきた。

 既に着替えを済ませた彼女は、さきほどまでのぼろ布のような服とは打って変わって、可愛らしいワンピースを着ている。ますますもって、18歳とは思えない幼さだ。

「あ、ここにいたのですか、勇者様。それに萌え豚さんまで」

 思わずブッと吹出す仁太、酷い名で呼ばれたにも関わらず嬉しそうな徳郎。

 鼻息を荒くして、徳郎はセナに手を振った。なかなか威圧感のある巨体だが、セナはそれに動じること無く微笑で応えている。

「セナちゃんやっほー」

「こんにちは、萌え豚さん。勇者様とお話してたんですか?」

「そそ。噂の勇者様を見てみたくて。それにしてもそのワンピース、やっぱ似合ってるよ。さすがセナちゃん、何を着せても似合う」

「ありがとうございます。萌え豚さんがデザインしてくれたこの服、私も気に入ってます。あ、勇者様、よければ感想、聞かせてもらえませんか?」

「え、えーと、その・・・」

 自然に会話する萌え豚と予見者を呆然と眺めていた仁太は、突然話を振られて反応に困った。

 白いワンピースを着たセナは、先程までよりも可愛く見え、18歳と聞いてしまったために、どうにも異性として意識してしまう。たった一言、「可愛いよ」と素直な感想を搾り出すのに苦労するほど、仁太は緊張してしまっていた。

「か・・・、可愛いんじゃ、ないの」

「ありがとうございます」

 なんとも無様な感想に、ニコッと笑うセナの視線に耐え切れず、仁太は目を逸らして照れを隠そうと努力した。

 と、そこで初めて、仁太は"それ"に気づいた。

「気づいたみたいだな」

 ハッとしたのが表情に出ていたのだろう、仁太の顔を見た徳郎が言った。

「セナちゃんはエルフの獣人、エルヴィンだ」

 仁太の目に映る少女の耳は、人よりも長く、鋭く尖っていた。


キリが悪い・・・

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