その三
セナに連れられ、仁太は港を後にした。港を出ると商店街とでも呼ぶべき、店の並ぶ通りがあり、食料や日用雑貨、服や農具など様々な物が売られている。値段と思われる数字が見受けられたが、それが高いのか安いのかはさっぱりだった。
客や店番の者は人間や獣人など様々で、中には仁太の見たことのない獣人も多くいた。鳥や爬虫類、果ては虫と、獣人で一括りするには無理があるのではといった顔ぶれだ。竜人やゴブリン人間といった者まで獣人だったのだから、何を今更といった感じではあるが。
商店街を通り過ぎる間にも何人かがセナに挨拶をしてきた。奇っ怪な言動の彼女だが、その容姿もあってか多くの人に気に入られているようで、何故かほっとしてしまう仁太だったが、その挨拶の返しに勇者様の紹介が必ず入っていることには胃を痛めた。
仁太のことを他人に話すセナは心底嬉しそうな雰囲気だった。つい先程まで、身体を機械化している物騒な連中に捕まっていた少女とは思えないほどの元気だ。
彼女がどういった経緯で捕まったのかは知らないし、何故単独で捕まっていたのかもわからないが、仁太たちが来なければ助かる見込みはなかったように思う。事実、島民たちは彼女が帰ってくるのを確認して初めて、彼女が拐われていたことに気がついたようだった。救助に向かうにしてもまだまだ時間がかかったはずで、誘拐した機械男たちもそれだけの時間があれば確実に逃げ果せたであろう。
それだけの絶望的な状況から奇跡的に助かったというのに、セナには疲労の色がほとんどない。無理をしているという風でもなく、あるとすれば魔力を消費した時の疲労程度だ。
この点からも、彼女が"普通"でないことがわかる。彼女は相当肝が座っているか、おかしな頭をしているのか。あるいは、勇者様の・・・仁太の転移を知っていたのか。
商店街を抜けた先は住居エリアだった。ほったて小屋から石造りの家など、まさにピンからキリというやつだ。
港でセナが言っていたことは本当らしい。貧富の差が顕著だ。
「まさかここまで露骨に差があるとはなあ。緑の層とは大違いだ」
「緑の層は差が少ないと?」
「向こうはそもそもお金が存在しないから、差が生まれようがないんだよ。皆平等。家も、そういう仕事が得意な人が建ててくれる」
「そうなんですか。ちょっとカルチャーショックです」
「ってことは、セナは緑の層にまだ行ったことないんだ?」
「はい。私はこちらに来てからずっと青の層でお世話になってます」
「まだ神隠しの庭に来てあまり長くないってわけか」
それを聞いたセナは「?」と首をかしげた。
「なぜです?」
「え・・・、だって、偶発ゲートに巻き込まれたことないんでしょ?俺はこっち来て一ヶ月経ってないけど、もう二度も巻き込まれてるし」
そう。自分だけが特別なのではなく、皆がそうなのだと仁太は信じていた。誰もが皆、偶発ゲートで転移させられても定期ゲートで好みの土地まで戻ってきているだけなのだと。
しかし、セナの反応は仁太の予想と違っていた。
「そんなことはありません。私はここに住んで何年か経ちますが、一度たりとも偶発ゲートに巻き込まれたことはなく、そもそも偶発ゲートを見たことすらありません」
彼女はきっぱりと言い切った。
「偶発ゲートに巻き込まれる確率は極めて低いのです。それこそ雷の直撃を受けたり、あるいは温泉を掘り当てるような、極めて稀なケースだと聞きました。これが本当に正しいのかはわかりませんが、こういった例えが用いられるほど珍しいことなのです。でなければ、おちおち家を買うこともできませんよ」
「雷に温泉って・・・随分大げさな」
「大げさな話などではないのです。つまり、二度も偶発ゲートに巻き込まれた勇者様が勇者様なのは間違いないということ。私のもとへ現れたのも必然だったと言えるでしょう」
落ち着いた口調だが、興奮しているのがわかる。墓穴を掘った、と仁太は後悔した。もはやセナのそれは確信となり、何を言ったところで彼女の意見を変えることはできないだろう。晴れて勇者様確定となったわけである。
一方で仁太は、自身が特別であるということは未だ信じられずにいる。テレビの特番でもよくあるではないか、恐ろしく低い確率の事象を連続で引き当てた稀有な人間の話が。彼らが特別な人間かといえば、おそらく事象を引いたことを除けば何ら不思議なことはない。むしろ、他に取り立てて騒ぐことのない人間だからこそ、そういった稀有な体験が際立ち話題となる。仁太の場合も、おそらくそのケースに違いないと本人は信じている。
「不思議そうですね?私がこんなに元気なのが」
「え・・・」
「私は予見者です。勇者様が来てくれることはわかってました。だから、捕まっていたときも落ち着いていられました」
今度は予見者ときた。魔法使い、魔術師、精霊術師の三種の術法使いのほかに、そんなものまで存在するというのか。
「あ、着きましたよ」
言って、セナが指さしたのは木造の家だ。小さい頃にキャンプで止まったログハウスのような作りで、緑の層にも似たような家がいくらかあった。周りと比較した様子では、中の中、あるいは中の上に分類できそうだ。この少女がこれほどの家を買ったのだと思うと、魔術師兼予見者というのは随分と優秀な存在のようである。
しかし、なんというか。
「よく燃えそうな家だな・・・」
「?」
「あ、いや、なんでもない」
よく燃えるのはほったて小屋も同じだろう。だったら文句を言うわけにもいかない。いくら少女とはいえ男女仲良く、一つ屋根の下というのはなんとなく抵抗があったが、これほど広ければあまり気にすることではないだろう。
むしろ、気にし過ぎるほうが心配だ。平常心を保てと自分に言い聞かせる。仁太よ、お前にその気はないはずだ、と。
人生で初めて訪れる異性の家が、よもや少女のものになるとは。改めてここが異世界であることを実感する。ここが元居た世界ならば、警察を呼ばれかねないシチュエーションである。
だが、そもそも少女を異性として意識していることが問題なのではないだろうか。しかし、若いといえどレディはレディである。とはいえ仁太とてまだ若いのだ、変に気を使うのも・・・ああ、いや、だが、しかし。
「勇者様、どうかしましたか?何か、ものすごく複雑そうな顔をしていますけど」
「な、なんでもない!大丈夫、なんでもない、ほんと、なんでもないから!」
目の前の少女に、思考が空回りする。早急に自分の家を手に入れて、セナと距離をおくべきだと実感する仁太でった。
どこぞのぱつきん王女殿下の友人にならってセナにノーパン設定を付けようと思ったけど説明するシチュエーションが見つからない