表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第二章 予見者と勇者様
25/77

その一


 少女は"予見者"のあだ名を持っていた。しかしそれは、あくまで彼女の珍妙不可思議な言動にあきれ果てた周囲の人間が付けたものだ。

 多少の侮蔑も込められてはいるものの、根底にあるのは彼女への気遣いであった。無限の平行世界から転移してきた者たちが集まる神隠しの庭において、他人の文化を貶すという行為は暗黙のうちに禁じられていた。

 もちろん、他者に迷惑を掛けるような攻撃的な文化はその限りではないが、彼女の場合は全くの無害であったため、なんとかして理解してあげようと苦心した末に考えられたのがこのあだ名だった。

 中には「怪しげな電波を受信している彼女のような女の子を電波少女といって可愛がる文化があります」と主張する輩もいたが、女性陣の「気持ち悪い」という意見で一蹴された。それがきっかけで、少女のことを電波電波と言って妙に愛でる者も出てくるようになり、なんだかんだで島民の間での彼女の地位は安定したものとなった。

 その彼女は今、個室に囚われていた。誘拐されたのだ。足には術式対策の施された金属の鎖。もっとも、彼女は攻撃用途の術式など使えないのだが。

 ここに囚われたのはほんの数時間前だ。たまたま海岸を歩いていたところ、潜伏していた連中に捕まり、船に連れ込まれた。

 島民たちが彼女のために作ってくれた服は「こいつなら商品になる」とのことで脱がされ、質素な服に着替えさせられた。脱がされている途中、息を荒くした一人に乱暴を働かれそうになったが、リーダー格の男がそれを止めた。「大事な商品を傷物にするつもりか」、と。

 誘拐犯らは少女を捕まえるとそれ以上は何も求めずにすぐさま島を立ち去った。彼女がいないことに島民たちが気づくまでの時間差は、逃げきるには十分なものに違いない。

 絶望的な状況だった。

 手を合わせ、神に祈るような姿勢。しかし彼女が願っているのは、未来が変わることではない。未来が変わらないことだ。

 予見者の異名を持つ少女は知っている。

「囚われの少女のもとに、一人の少年が現れる。光と共に、異世界より召喚された少年は、その光を持って少女を闇から救い出す・・・」

 呟くは未来。予言の書が告げる、起こるべくして起こる、はるか前に確定された事象。

 その時だ。まるで少女の言葉に応えるように、目の前の空間に亀裂が入る。

 円形に繰り抜かれた空間は、光と共に少年を吐き出した。

「勇者様・・・?」

 未来は現在となり、今、予言の時が来た。


 ダンッ、と無様に着地した楠木仁太は、そこで意識を取り戻した。まるでベッドから転げ落ちたような気分で、仁太は自分が転移扉に巻き込まれたことを思い出す。

 前回、赤の層から緑の層へ移るときは長い間気を失っていたが、今回はどうやら転移してすぐに目が覚めた様だ。転移の際に体力を消耗するというホルドラントの言葉を思い出す。通常時の仁太なら、どうやら転移の消耗にも耐えられるようだ。

 光の先に見えたのは青。つまり、ここは青の層という場所だろう。部屋が揺れていることから、今いるのは船の中だと予想された。青の層の大半は海だからだ。

 と、そんな仁太の耳に少女の声が舞い込んできた。

「勇者様・・・?」

 顔をあげると、そこには可愛らしい少女がいた。12,3歳といった見た目の幼い少女は、ぼろ布のような服を着せられていた。美しい金の髪、整った顔は仁太が今までに見たことがないほど魅力的なものだった。

 ぽかんと見惚れている仁太を尻目に、少女は言う。

「ああ、本当に来てくださった・・・。私を救ってくれる、勇者様が」

 その言葉に、仁太は唖然とした。目の前の少女の口から発せられたその言葉の意味が、まったくわからなかったからだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!今なんて・・・」

「急ぎましょう、勇者様。奴らに気づかれる前に」

「勇者って・・・。何を言ってるんだ君は」

「言葉通りです。あなたは私を助けることのできる唯一の人なの」

 滅茶苦茶な少女の言動に仁太は面食らった。

「そんなこと言ったって、俺には何もできないぞ。術法は使えないし、力も強くない」

「いいえ、あなたはもうしてくれました」

 そういって少女は足に付いた鎖を持ち上げる。ジャラリと音を立てるそれは、しかし途中で切れていた。おそらく、出現した転移扉が空間ごと鎖を切ったのだろう。

 大人しそうな少女だったが、その顔には確信の二文字があった。もはや何を言っても無駄だと、仁太は悟らざるを得なかった。

「鎖が切れたことは既に感知されているはずです。そして、その修復をすべく、既に一人以上の者がここへ向かってきている頃合いです」

「無茶苦茶だ・・・。わかったよ、俺にどうしろっていうんだ」

「一緒に逃げましょう。大丈夫、私は走れます。とりあえず、船の上に出ましょう」

 どことなく楽しげな少女は立ち上がり、鎖の端を片手で持つとさっさと扉の方へ歩き出した。

 しかし、彼女が扉に到達するよりも早く、男が一人、扉を開け放って入ってきた。

「へへへ、いけないいけないエルヴィンちゃん。まさか鎖を切れるなんて、こいつはお仕置きが必要じゃねーのかい」

 荒い鼻息の男だった。薄着にぼさぼさの髪。ただのチンピラのような姿だったが、ただ一つ、右腕が黒光りする義手であることが、仁太のイメージするチンピラとの相違だった。

 気味の悪い男だったが、少女は動じていないようだ。

 男の方も仁太に気づいたようで、

「な・・・!てめえ、こそ泥ねずみが!どこからはいって」

 義手の手のひらを仁太に向け、不穏な金属音を鳴らしながら仁太に向かって怒声を上げる男だったが、その言葉は不意の転移扉によって中断された。

 狙いすましたかのように男の頭上に開いた転移扉はサンダバを放り出し、その勢いで質量兵器と化したサンダバは義手の男の頭に直撃した。鉄板を叩いて無理やり変形させたかのような無骨な鎧を常備しているサンダバを頭に受けて無事でいられるわけもなく、男は気絶してその場に倒れ伏した。

「・・・ん?なんだ?」

 着地の衝撃で目を覚ましたサンダバがあたりを見回す。

「勇者様の相棒となるべき方ですね。さあ、一緒に逃げましょう」

 状況が飲み込めないでいるサンダバの手を取り、またもぽかんと見ているだけの仁太の手を取る少女は、まるで遠足気分の小学生のようだった。普段大人しい子がはしゃいでいるような、そんな感じの。

「・・・なぜだろう、デジャブを感じる」

「でじゃぶ、というのはわかりませんが、あなたが感じているのは星の導きにちがいありま」

「わかったわかった。さっさと逃げるぞ」

 気分が優れない仁太だが、止まっていても後続の連中が来て殺されるだけだ。だったら、とにかく逃げてみるしかない。もしかしたら、また転移扉かなにかが出てきて上手くことが進むかも知れない。

 扉の外の通路を確認。あまり広くない船のようで、すぐそばに階段があった。

 仁太を先頭に、三人は階段まで移動し、登る。次の階には男が一人いたが、その奥にゴムボートが見えた。木造の船に対して黒のゴムボートは違和感があったが、この際どうでもいいことだった。

「私を拐ったのは、あの船です」

 少女が言った。

「あれを奪うことが出来れば、私の術式で何とかできるかもしれません」

「逃げ切れるのか?」

「はい、勇者様。私にお任せください」

「勇者様ってのはどうも気に入らないけど・・・いいよ、やってやる。こうなりゃヤケだ」

 だんだんと状況を理解できてきたサンダバも嫌そうな顔で頷いた。協力してくれるようだ。

 物陰を駆使して可能なかぎり男に近づく。波の音が足音などの細かい音を掻き消してくれたこと、男のほうがあくびをするほどの無警戒であることが幸いし、かなりの距離まで詰めることに成功した。

 しかし、相手はまたも怪しげな義手を付けた男。今度は両腕が銀色の金属でできており、巨大なカッターが付いているのが見て取れた。まともにやりあえば、武器のない仁太たちではかなわない相手だろう。

 さて、どう攻めるべきか、と仁太が考えていると、突如男の遥か後方から木片が飛んできた。コツン、と男の頭に当たって落ちた木片はダメージこそなさそうだったが、男を振り返らせるには十分な要因であった。

「何しやがる!」

 無人の通路に向けて男が叫ぶ。これ以上ないほどに十分な隙だった。

「行くぞ!」

 サンダバの合図で、二人は物陰からさっととび出すと、男に接近し、男が振り向こうとしたその時には、二人は男の足をがっしりと握っており、男が気づいた時には、既に海に放り出していた。

 一仕事終えた二人が少女の方へ振り返ると、彼女は船の壁に当てていた両腕を離し、こちらに走ってきた。

「お役に立てたでしょうか」

 にこりと笑う少女を見て、仁太は理解した。さきほどの木片は彼女の術式によるものだ。船体を伝って魔力を走らせ、遠くの船体を破壊して飛ばしたというところだろうか。

 ボートを吊り下げているひもをはずし、三人が乗り込んだのを確認すると、少女は再び両の手を船体に当てる。

「いきます」

 少女の手が光る。つづいて、グンッと空中に投げ出されるボート。海面に向かって斜めに打ち出されたボートは、海面すれすれのところで再び少女が発動させた魔法により海面に浮くことなく、空気をバリアの用に纏うとそのまま海中に突っ込んだ。少女の手が明滅する。速度をそのままに、進行方向を海面に並行になるように調整したようで、ボートはそこそこの速さを維持したまま海中を進み続けた。

 ふう、と一息付いた少女は、一連の動作に驚いて固まってしまっていた仁太のほうへ向き直り、言った。

「助けていただき、ありがとうございました。私の名はセナリアラ・イアラ。セナと呼んでいただけると嬉しです」

「えっ・・・あー、自己紹介ですか。く、楠木仁太です」

 思わず少女相手に敬語が出てしまった自分が恥ずかしい。

 俺必要だったの、とツッコミたい気持ちを抑え、仁太は目の前の不思議ちゃんに苦笑で応じた。



第二章です。

今回も20回でまとめられるよう、頑張っていきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ