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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第一章 異界
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怒る者、サンダバ


 術法文明と呼ばれるのは魔法・魔術・精霊術の三種の文明だ。

 ともに異なる方法で術法をあみ出した三兄弟が争った末、生き残った一人の術法がその世界を方向付けたのだが、あらゆる可能性の存在するはずの平行世界であっても、この三人の共存だけは生まれ得なかった。数えきれない平行世界で、この三兄弟は幾度も争い、そして一人の勝者あるいは全滅という結果を以て、その世界は次のステップへと歩を進めた。

 こうして勝利者が生まれるに至った世界が術法文明世界となり、魔法文明あるいは魔術文明もしくは精霊術文明となった。


 人造獣人である異種融合種の中でも異彩を放つのがドラグラをはじめとした伝説上の生物をベースとした獣人である。

 ドラゴンやエルフといった神話的な生物は術法文明においてはもはや伝説でも何でもなく、次元という薄壁一枚隔てた"向こう側"に存在する存在であるというのが一般的な見解となっている。

 しかしながら、現時点で異世界からの"輸入"を実現しているのは、意外にも魔術文明のみであった。

 魔法文明でも"向こう側"へのアクセスに成功した非常に優秀な魔法使いも存在するのだが、日に一度しか使えず威力も強大な魔法は師弟間であっても伝授はタブーとされているため、一般的に広がることはなかった。

 また、精霊術においても次元を超える能力を持った精霊は、最も多く生まれた平行世界であっても片手の指で数えられる程度しかいない。

 ゆえに、良き魔術は大衆の為に広く知れ渡らせるべきであるという思想を持った魔術世界でのみ、一般化し、実用に至ったというわけだ。

 そして生まれたのが神話的生物の獣人たちである。


 高い知能を持ち長寿でもある生物ドラゴン、美しい外見を持つエルフ、器用さを活かして道具作りに長けるドワーフといったように、多くの神話的生物はその種族特有の長所を持つ。

 "こちら側"の生物では手に入らない、それらの長所を手に入れるのが神話的生物ベースの獣人を作る理由であった。

 こうして始まった新型獣人の開発は、"向こう側"から取り寄せられるありとあらゆる神話的生物を題材に行われた。

 母親の胎内で急激な成長を行い、結果母体を死に至らしめる巨人の獣人や、そもそも複合生物のため奇形となって生まれてしまうマンティコア獣人など、失敗作も多く生まれた。

 誕生こそすれ、長所よりも短所が目立ったり、あるいは長所が存在しない、もしくは長所があっても他種の下位互換にしかならないなどの失敗作もあった。キキーモラ獣人などは内気な性格だが本能的に怠け者を食い殺す恐ろしい性質を秘めてしまい、吸血鬼獣人は母親を襲おうとするなど危険性が指摘され処分された。

 こうした非人道的とも思われる実験の末、安定した存在として認められた獣人には正式に種族としての名前が付けられた。ドラグラ、エルヴィン、ドワフルなど。

 名前を与えられつつも、その存在意義が問われる存在もあった。ゴブリンの獣人、ゴブリムもその一つだ。

 独特の感性と御世辞にも高いとは言えない知能と身体能力、美しくない外見。手先が器用な個体も存在するが、それが目的ならばドワフルで事足りる。

 世間一般の評価は、ドワフルもしくは人間の下位互換という、非常に厳しいものだった。


 そんな世界で、ゴブリムとして生を受けた一人がサンダバだ。

 彼の母親はゴブリムだが、父親は普通の人間だった。幼少児のサンダバはこの事実を疑うことなく育ったのだが、成長するにつれ、心無い児童の一人がそのことでサンダバをからかったことで、彼は初めてその異常性に気がついた。

 どんなに贔屓目で判断してもサンダバの母は美しいとはいえず、むしろ醜いとさえ言えるほどであった。ゴブリンの美的感性でいえばなかなか可愛いほうではあり、それが原因でサンダバはこの事実に長らく気づかずにいたのだが、そんな感性などは他種族には関係の無い話だ。

 人様の父親を物好きだなんだとはやし立てる失礼極まりない少年どもに、彼は憤慨した。自らの親を馬鹿にされて無関心でいられるほど、彼は薄情でなければ、我慢強いほうでもなかった。

 堅く握った拳を振りかざすサンダバだったが、彼が勝てた喧嘩は一度とてなかった。それもそうだ、ゴブリムの身体能力は決して高くない。ただの人間と同じようなもので、まして身体能力の高いタイプの獣人になど勝てるはずもない。

 彼は日々ズタボロになりながら、しかし喧嘩の原因を母や父に告げることはなかった。両親は彼を心配したが、口を閉ざす息子から無理に聞き出そうとはしなかった。

 サンダバの喧嘩は、いつしか一方的な迫害へと変わった。彼がゴブリムだというだけで劣等種とみなし、そんな彼を打ちのめすことで優越感に浸りたがる、ろくでなしが現れたのだ。

 集団による暴力行為。涙と血に濡れる日々を過ごすサンダバに、ある日救いの手を差し伸べる存在が現れた。

 男はただの人間だった。ただ一人で、犬獣人ワーバウや鳥獣人バディアといった喧嘩慣れした種族を叩きのめし、撃退した。

 救い主たる男の使っていた武器は相手の意表を付くような珍妙な仕掛けの施された杖で、仕込み杖というには少々冗談の過ぎる一品だった。

 悪ガキ共を退散させた後、いきなりの助太刀に目を白黒させているサンダバに向かって男は色々と話してくれた。

 曰く、その男にはかつてゴブリムの友人がいて、このへんてこな武器もそいつが作ってくれたものだという。旅を続ける傍らで、サンダバのように虐められているゴブリムたちを見つけては、こうして勝手に助けに入って自己満足している、と。

 中でもこの言葉だけは今でもはっきりと憶えている。

「ゴブリムは決して劣等種などではない。この武器を見ろ、あの糞ガキ共は何一つ見切れやしなかった。こいつはゴブリムたちの才能を保証するものだ。良いか、小僧、お前自身はたしかに非力だが、ゴブリムの能力が眠っている。だから心に決めた友人を作れ。そしてそいつに力を貸してやれ。その時初めて証明できるはずだ、ゴブリムという種が、何故今もこうして存在しているかを」

 サンダバが勇気づけられたのは言うまでもない。自己満足だと男は言うが、サンダバはそうは思わなかった。これは立派な救済活動だ。

 男を慕ったサンダバは、彼が虐められている原因である両親のことを話した。この男なら、きっと優れた助言をくれるだろうと。

 すると男は笑って言ったのだ。

「な、馬鹿だろ、あのガキどもは。お前の親父さんの素晴らしさがわからないなんて」

 考えてみろ、もうわかるはずだ、と付け加え、男はサンダバの元を去っていった。答えは自分で見つけろ、と。


 サンダバは何日も悩んだ。彼は決して頭が良くなかったから、すぐにはその答えを見つけられなかった。

 その代わり、彼は父親が素晴らしいということだけはわかった。理由こそ考えている最中だが、誰かに父を褒められたのは始めてで、それがたまらなく嬉しかった。

 男の影に怯えたのだろう、サンダバを馬鹿にする者も減った。時々いじめに来る者もいたが、得体のしれない自身に満ちたサンダバは、もはやちんけな暴力になど屈しない程度にたくましく成長していた。

 殴られても簡単には倒れず、非力ながらも仕返しも忘れない。種族の力に頼るだけの者とは、根性が違う。

 ある時、不屈のサンダバに、心無いワーバウはとっておきの嫌味を込めて言い放った。彼がいじめられる根幹、父親のことを悪く言って、彼を追い詰めようという魂胆だったのだろう。

「あんな醜いババアと結婚をする、趣味の悪いどグサレ男の息子め!」

 なんと心無い言葉だろうか。これを聞いて傷つかない者は多くあるまい。そう確信したワーバウの青年は、その直後に大笑いのサンダバに殴り倒された。会心の一撃だった。脳を揺さぶられ、足をがくがくと揺らしながら崩れ落ちるワーバウに、サンダバは大声で礼の言葉を口にした。

 「ありがとう!」、と。

 ワーバウのセリフで、全てわかったのだ。

 サンダバの母は、人間から見たらおぞましいほどの醜悪さを持っているというのに、彼の父はそれを妻として迎え入れた。その意味は実に簡単だ。

 愛していたのだ、母を。父が醜いものが好きだというわけではない。醜悪とまで言われる外見に惚れるなど、いくら悪趣味といえどもありえないだろう。母の内面に美しさを見出したからこそ、父は母を愛したのだ。

 巷ではエルヴィンなどという美しい外見の生物がもてはやされるなか、父はそんな見てくればかりを気にする者達とは違う立場を貫いた。それは難しいことだろう。だが、素晴らしいことでもあると、サンダバは思った。

 なんて単純なことだったのだろう。こんなことに気付けない自分は馬鹿者だが、未だに気付けない連中のなんと愚かなことか。

 舞い上がるような喜びにサンダバは打ち震えた。もはやワーバウとの喧嘩に勝利したことなどどうでもいいことだ。

 この気持ちを誰かに伝えることはしない。理解出来ない愚か者どもに話しても無意味だろうし、まして両親たちに話すようなことでもない。ただ、今日は父と母に思い切り甘えて、次に親孝行をしよう。その後は友人を、パートナーを作れるよう、努力もしていこう。

 世界の色が変わった。かっこいい父、恵まれた母、その息子サンダバ。いわれのない迫害も、全ては父の偉大さを、素晴らしさを証明する賛辞に他ならないとすら思えてくるほどに、世界は反転したのだ。

 清々しい気分で、たまらずサンダバは走りだす。家に向かって、全力で。この路地を抜けて、表の市場を横切って、そうだ、この角を曲がればもうそこが・・・。


「母ちゃん!」

 ジャリッという聞きなれない音は足元から。視界に広がる一面の青。サンダバの声に応える者はなく、ただザザア、ザザアという初めて聞く音だけが耳に入る。想定外の事態に、思わずサンダバは前のめりに倒れこんだ。

 口の中に入りこんだ細かい物体の名が"砂"であることを後に知る。


 その日、サンダバは神隠しにあった。彼の両親が流した涙をサンダバは知らず、また彼の流した涙も両親には届かない。

 青の層に降りた一人のゴブリムの上げる咆哮は世界の不条理に対する怒りと悲しみに満ちていて、両親の名を叫ぶたびに彼の心は荒れ狂っていった。



この作品の世界観を考えるにあたって、とあるファンタジー(?)作品というか、商品というか、とにかくそういうものから影響を受けてまして。

影響元の二次創作でもなければパロディというわけでもない以上は明言するとややこしいかなと思うので、明言してません。

が、かといって隠すつもりもないため、ならばということで、このサブタイトルはあえてその影響元を意識してます。

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