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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第一章 異界
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その二十



 暗い自室。布団を頭から被った仁太は、憑かれたようにひたすら自己批判を繰り返していた。

 実のところ、この神隠しの庭に来て以来、彼の中には希望が芽生えつつあった。

 こんな自分でも何かやれる、まだ何かできる。この世界は一種のリセットボタン。新たなスタート地点を得た今、自分の中には可能性が生まれたのだと。

 ここから始まる、ここから始める。人生の再建を。そう、思いつつあった。

 たしかに赤の層での役立たずっぷりは酷いものだった。ランジャには迷惑しかかけなかった。イムケッタ一派に襲われた時も、仁太さえいなければランジャは悠々と逃げおおせていただろう。ランジャに戦いを強いたのは仁太以外の誰でもない。

 だが、この緑の層は違う。戦いもなく、平和な片田舎のようなこの世界で、これから仁太は努力を重ねていけるはずだ。

 望まれぬ転移でここへ来た人たちには申し訳ないと思う気持ちもあるが、仁太が望んだのはこういう世界だ。仁太でも誰かの役に立てる、誰かの迷惑にならない、そんな世界。

 だから、かつての世界を忘れられる。そう、思っていたのに。

 朝海昌司によって告げられた別の可能性の仁太。その存在が、捨てたはずのかつての世界を仁太のもとへ運んできてしまった。

 昌司は言った。「仁太は俺の恩人だ」と。感謝の言葉のつもりだろうが、その言葉が仁太に与えたのは痛烈な打撃だ。

 心を抉るような鋭い一撃。「恩人」という時点で大体の察しがつく。昌司の知る仁太は、自分の選べなかった選択をした、"仁太にとって理想の仁太"なのだ。

 選び得た選択肢を取った未来がある。それはつまり、自分にも取れたはずの未来。

 何故選ばなかったのか。何故、何故。批判は止まらない。

 愚かな自分、惨めな自分、哀れな自分。いや、哀れという表現は不適か。全て自己責任だ。何かの偶然がそうさせたわけではない、全て自分が悪いのだ。

 何度目かもわからない罵倒を自分にぶつけた時だった。誰かが部屋に入ってくる音が聞こえた。おそらくはランジャだろう。

「ん?どうしたんだい仁太?」

 ランジャの声が聞こえる。

「別に。たいしたことはないよ」

 精一杯の強がりだった。

 それを聞いて安堵したのだろう、「そっか、ならいいんだ」と言うと、いかにも楽しげな声でランジャが話し始めた。

「さっき食堂で昌司って人に会ってさ、仁太の話を聞いたんだ」

 嫌な予感がした。

「僕が思ったとおりの人物だよ、君は。勇敢で、機転が利き、根性もある」

「・・・」

「学校に巣食った悪漢どもに立ち向かったんだろ。それは簡単にできることじゃないって、昌司が言ってた」

「・・・やめてくれ」

「・・・? なんで?僕は君を褒めて・・・」

「そいつは、俺じゃない」

「でも同じ仁太じゃないか。同じ名前の別人だけど、それでも同じ仁太だ。違うのは世界だけだよ」

「違うんだ。違うんだよ、ランジャ。俺は誰も助けちゃいない」

 このチャカストはわかっていない。平行世界の意味を。

 世界が違うということは、何か一つ以上、事実が違うということなのだと。

「君も強情な奴だなあ。つまり、君には人を救えた可能性があったんだ。でもその場面に直面しなかった、それだけだろう」

 無邪気なランジャ。良い奴ランジャ。こいつを黙らせるには、言うほかない。

 言うのが怖くて、昌司には言わなかった。そう、仁太は逃げた。これを言ったら、きっと昌司は失望して、仁太を軽蔑する。だから、決して言わなかった、言えなかった。それを、ランジャには突きつけざるをえない。

「ランジャ、俺はな、その場面に直面したんだ」

「・・・え?」

「昌司が言っていた不良達は、俺の世界にもいたんだ。その被害に苦しむ生徒もいた。逃げたのが俺で、逃げなかったのが昌司の世界の仁太。臆病者で卑怯者で弱虫で、それが俺。ほらな、別人なんだよ、その仁太って奴とは」

「・・・仁太?」

 布団越しではランジャの顔が見えないけど、それが救いだった。

 ぶちまけてしまえばどうということはない。前と同じ、友達のいない自分に戻るだけ。そう、戻るだけ。この際だ、もはや隠すこともあるまい。全て、伝えてやれ。

「もっと言えば、俺はここまで逃げてきた。この世界にまで。ホルドラントはここに来るのは神隠しみたいなものだって言ってたけど、俺は違う。自らの意思でここへ来た」

「そんな・・・」

「こんなところへ無理やり連れてこられたけど頑張っていこうって。皆が頑張ってるのを、俺だけは違う視点で眺めてた。皆大変だな、でも俺はうれしいな、ここまで来れば、もう大丈夫。そう思ってた」

「・・・最低だな、君は」

「最低だよ、俺は」

 ランジャの声から失望の色が見て取れた。仁太という人間を勘違いしていたランジャには、良い薬だろう。ランジャは良い奴だ。だから、いつまでも自分みたいなダメな奴と関わっている必要はない。きっぱりと、ここで関係を断つのが、ランジャのためなのだ。

 仁太は布団を跳ね除けると、そのままランジャに目もくれず、部屋を飛び出した。

 またやってしまった。相手のためだなんだと言い聞かせて、勢いで本音をぶちまけて相手を傷つける。これが仁太の最大の悪癖で、自覚はあるが治すことができない。

 廊下を走る。行くあてもないが、とにかくここに居たくなかった。

 結局、みんな自分のせい。ランジャにも嘘をつけば良かったのに。それをしなかった。できなかった。ランジャは真っ直ぐで良い奴で、だから嘘をつくのが怖くなって。それで招いた自爆に、今また、こうして後悔する。

「お、おい!」

 階段を降りる途中、サンダバとすれ違った。

「おい、待てよ!」

 どういうことだろうか、いつもは自分を避け気味のサンダバが後を追ってきた。普段ならここで止まるところだったが、今はそういう気分ではない。無視して走る。

 そのまま一階の玄関を飛び出すと、湖までの道を走った。別にどこへ行っても良かった。静かに一人で自己嫌悪できる場所なら。にもかかわらず、湖への道を選んだのは、単に灯りが付いていたからだろう。

 暗い森の中へ走るという手もあったのに、それを拒んだのは、暗闇を恐れたからで、ここまで感情が爆発している状態でなおも恐怖を拭えない自分が腹立たしくなってきた。

 自分に対する怒りを糧に、ただ道を走り続けたが、次第に息が切れ、仁太は立ち止まった。

 どうしようもない怒りが、なおもこみ上げる。今の仁太は、自分のあらゆるものに腹を立てていた。

 ランジャに本音を打ち明けた軽率さが憎い。その行動の結果を受け入れられず、ここまで走ってきた自分が憎い。昌司に本当のことを言えない自分が憎い。

 背後から足音がした。おそらくサンダバだ。

 息も絶え絶えといった様子のサンダバの声が聞こえる。

「はぁ・・・はぁ・・・、おい、お前、いきなり・・・どうしたんだ?」

「ここから、いなくなりたい」

「・・・は?」

 ランジャのいる、昌司のいる、ここからいなくなりたい。

 心の底から、そう願った。

「お前、何言って・・・」

 ブワッ!、と。サンダバの言葉を遮るように。

 仁太の目の前に光の渦が現れた。

「て、転移ゲート?なんてタイミングだ・・・、おい、お前、下がれ!吸い込まれるぞ!」

「いい」

「は!?」

「これでいい」

 仁太にとって、転移ゲートの発生は好都合だった。

 ゲートの発する引力に逆らわず、仁太はトンッと地を蹴る。身体が、文字通り吸い込まれていく。

 光の先に見えたのは、青。

「またこうやって、逃げるんだ・・・」

 呟く仁太は、光の中へと吸い込まれていき、視界が真っ白に染まったと思った途端、唐突に意識は闇に消えた。



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