その十九
ジルベ村から来たという集団と共にクーゼ村へ向かう途中、昌司と名乗った少年は仁太につきまとってきた。
アルミラの話によると、この昌司という少年は仁太のもといた世界と極めて近い平行世界から来たのだという。仁太のよく知るSF世界にあるような、"ほんの少しだけ違う世界"というやつだ。
それを聞いた昌司は納得したようで、こうして人違いだけど人違いじゃない仁太にひっついてきたというわけだ。
「俺はもともと転校生だから、仁太の世界ではきっと別の学校に入ったんだろうな」
「あるいはもっと前に分岐した世界かもしれない。昌司の世界って、冷戦続いてたりしない?」
「してないよ。そっちこそ、元号が平成以外のものになってないか」
最初こそ戸惑った仁太だが、タネがわかってしまえばどうということはない。旅先で出会った同じ街出身の人間みたいなものだと思えば、急に親近感も湧いてきた。
近しい世界同士でしか通じない馬鹿な冗談が言えるのも、昌司が初めての相手だ。
無限に別れた平行世界のなかで、別の自分を知る昌司のような人間と出会えるケースは稀なのだと、二人の話を横で聞いていたアルミラが教えてくれた。
異世界で出会った同郷の同い年という状況も状況だったが、それ以上に昌司は親しみの持てる相手のように感じられた。昌司が好意的に接してくるのも大きいだろうが、もっと単純に、馬の合う性格というやつだ。
と、仁太がくだらないジョークに飽きてきた頃、昌司が話題を変えた。このタイミングの測り方にも、仁太は親近感を持った。
次に昌司が提示した話題は、
「なあ、俺の世界の仁太の話、聞きたくないか?」
仁太が最も聞きたくて、最も聞きたくなかった、それだった。
この昌司という少年は、恐らく向こうの仁太の友人なのだろう。だが、だからこそ、この話題は興味深く、同時に触れてはいけないもののように感じられた。
難しい話ではない。これほど親しい友人がいる。これだけで、向こうとこちら、二人の仁太の差は歴然なのだから。
仁太には学友が、一人を除き、いない。そして、その一人もまた・・・。
単純な可能性は考えた。追加で一人、仁太に友人が出来たのだと。だが、そんなはずがなかった。仁太に追加の友人ができるということは、同時に彼が抱える問題を払拭できた場合か、あるいは問題を抱えなかったケース。そして、問題を抱えなかったケースこそ、最も忌むべき、最低最悪の事態だと彼は考えている。
これらの思考を全て、今までの笑顔を崩さずに行っていた仁太の様子を、肯定と捉えたのだろう。昌司は彼の知る、楠木仁太という可能性を語り始めた。
畑仕事は超長期的な狩りである。獲物を赤子の状態から必死に守り、育て上げ、機が熟すのを待って刈り取る。それはつまり、我が子の命を自ら奪うようなものなのだ。とはエーテリアの言だ。
これほど時間が掛かり、心が痛むものを、ランジャは他に知らない。
朝早くから鍬を手に大地を耕し、すでに植えられた植物の手入れをし、収穫ができるものは早々に収穫を始める。多くの狩りをこなしたランジャに、今までにない疲労を与える、大変な作業の連続だ。
なにより辛いのは、狩りと違って未だ達成感を得られないということだ。先にエーテリアから説明があったとおり、これは長期的な狩り。一日二日で終わるものではない。達成感を得られるのは、あとどれくらい先なのか、エーテリアは何も教えてはくれなかった。
だが、だからこそ楽しむこともできるのだと、ランジャは思う。先が見えないかわりに、この狩りで命を落とすことはないのだ。
ランジャは今まで狩りを楽しんだことは一度もなかった。だが、この畑仕事という狩りは、楽しみながら結末を待てるのだと、エーテリアは言っていた。
種蒔を終え、この後何がどうなるのか、ランジャは楽しみで仕方がない。だから、毎朝毎朝頑張ることができた。
今日は自分専用の畑を作った。先日開梱した畑は、いろいろな問題があったとかどうとかで、現在はエーテリアの管理下に置かれているようだった。ルールに乏しい自分にあれこれと教えてくれるエーテリアには感謝が尽きないとランジャは考えているため、よもや騙し取られたなどとは露程も思わなかった。
そんなわけで、ランジャが全ての作業を終えて食堂に向かったのだが、時間は遅く、利用者はまばらだった。
適当な席に座ったランジャは、斜め前に腰掛けて食事をしているのが件のゴブリム、サンダバであることに気がついた。
「やあ。直接顔を合わせるのは初めてだね」
気さくに話しかけたつもりだったが、対するサンダバはどうにもバツの悪そうな顔でそれに応じた。
「・・・お前、あの人間の連れだろ」
嫌々、といった感じがにじみ出ている声でサンダバが言った。
「随分気安いが・・・いいのか、俺はお前たちを襲った一人だぞ」
「そうだったね」
「そうだったねって・・・。怒ってないのか?憎くないのか?お前を殺そうとしたのは俺たちだぞ」
「別に気にしてないよ。赤の層はそういう所なんでしょ?だったら良いじゃないか」
「しかし・・・」
なおも食い下がろうとするサンダバを見て、ランジャは確信した。仁太の判断は間違っていなかったのだと。
相手の感情を察するのが苦手なランジャだが、その代わりに殺意や悪意といった攻撃性に関してのみは人一倍敏感だった。狩りを通じて学び得たこのセンサーが、目の前のゴブリムがいかに無害な存在であるかを保証してくれている。
部屋で暴れまわっているサンダバは殺意と悪意をいかんなく発揮していた。赤の層のときなんかは、もはや殺意の塊と言っていいほどだったのを覚えている。もっとも、腕がそれについて行ってないのはすぐにわかったが。
正直なところ、ランジャは部屋で強がるこのゴブリムの姿を見たとき、「殺すべきだ」という冷徹な判断を早々に下していた。赤の層の時点ですでに仁太を友人として認識していた彼にとって、サンダバたちイムケッタ一派は憎むべき敵だった。だから、サンダバを殺すというのなら反対する気はまるでなかったのだ。
だが、それに意を唱えたのが、最もサンダバに傷めつけられたはずの仁太だった。
それを見て、ランジャはすぐさま考えを改めた。サンダバを殺す必要などないと。理由は簡単だ。なぜならば、
「仁太が君を信じたから」
「は?」
「仁太は君のことを、嘘をついてまで守った。仁太は君が無害であることを信じたんだ。そして、今の君を見るに、それは正しかったといえる。だから、僕も君のことを信じようと思う」
あの時、仁太がサンダバを信じたおかげで、ランジャには色々と考える時間が出来た。先程も口に出したが、赤の層という場所が暴力を肯定している以上、サンダバやその仲間の行いを頭ごなしに否定するのは間違っている。あそこはそういう場所なのだから、他の世界のモノサシで測ることは価値観の押し付けに他ならない。
大事なのは、別の世界に来てから、そこのルールを守れるかどうかのはずだ。この緑の層は暴力を否定している。そして、サンダバはそれを守ることに成功している。
仁太の判断は正しかったのだ。
「それになにより、僕らは二人とも生きている。君が、あるいは君の仲間がもし、仁太のことを殺していたり、大きな傷を残していたら、僕は君を決して許しはしなかっただろうけどね」
「・・・そんなもんなのか」
「そんなものだよ」
「・・・少し、楽になった」
ムスッとした顔のままだったが、心なしか、サンダバの顔から硬さが抜けたような、そんな気がした。気がしただけかもしれない。なにせランジャはこういうことには疎いのだから。
ランジャも一息つき、そしてそこで初めて、ロックスがすぐ横に立っていることに気がついた。
「さっさと食べてくれない?食器洗うの手伝わせるわよ」
「ご、ごめん!すぐ食べるよ」
まったく男どもは・・・、と愚痴りながらロックスは調理場へと帰っていった。
サンダバも食事を終え、食器を片付けると食堂を出て行った。
残されたサンダバも部屋に戻るべく、食事を手早く済ませようと手をつけ始めたところで、その少年は現れた。
どこで聞いたのだろうか、少年はすでにランジャのことを知っていた様で、迷わずランジャの対面の席へと腰を下ろした。
「お前・・・じゃ失礼か。君がランジャ?俺、朝海昌司っていうんだけど」