その十七
呆れたことに、ランジャは午後の仕事もサービス残業を行ったらしく、夕食の時間になっても戻らないランジャにしびれを切らした仁太が、ことの元凶であるエーテリアを強引に引っ張り出し、ランジャを連れ戻す事態にまで発展した。
エーテリアの責任だからと説得役を任せたところ、あろうことか、またもあらぬ嘘を吹きこみランジャを説得したエーテリアだったが、仁太はもはや何も言う気が起きなかった。
なんにせよ、ランジャが楽しそうならそれで良いじゃないか。
などと考える仁太は、それが現実逃避であるという事実をかたくなに認めようとはしなかった。
連れ戻したランジャと3人で食事をとった仁太は、「他の住人たちとなるべく時間を合わせろ」とロックスに叱られ、オマケの蹴りをいただく羽目になった。なんと理不尽なことだろうかと嘆くも、ロックスへの口答えが二発目の蹴りを誘発するのは眼に見えていたため、口には出さなかった。
夕食が済んだ仁太たちは部屋に戻ることにした。エーテリアは自分の家があるらしく、玄関で別れた。外でシーダダが待っていた様で、「先に帰っててよパパ!いつまで子供扱いする気よ!」という怒鳴り声が背後から聞こえた。やはり、あの親馬鹿っぷりは快く思われていないようだったが、やはりこれをシーダダに指摘する気は起きなかった。
部屋に戻ったランジャは、エーテリアに良いように遊ばれているとも知らずに上機嫌であった。
「いやあ、仁太、面白いね畑仕事は」
心底楽しそうな声で言うランジャの姿は涙を誘う。仁太は友を救ってやれない自分の無力さを呪った。
「今日はエーテリアに色々教えてもらってさ。いっぱい畑を耕したんだ。今ある畑だけじゃ物足りないだろうって、彼女、気を利かせてくれたみたいでね。なんてお礼を言うべきか考えてたら、そんなものはいらないって言うんだ。なんて謙虚な姿勢だろう。僕は感動しちゃったよ」
「そうか。良かったな、ランジャ。明日も頑張ろうぜ」
・・・仁太よ、お前はなんと弱く、汚い男なのだ。
その日、仁太の枕は涙で濡れていた。
「おーい、それ取ってくれ!」
作りかけの屋根の上にいるダムダの声が響く。それを聞いた仁太があたりを見回すと、巨大な板が目に止まった。屋根に使うのだろう。
「この板ですかー!」
「そう、それだ!」
念のために確認をとった仁太は、板を手に取る。なかなか大きな板で、重量もそれなりのはずだが、仁太はそれを軽々と持ち上げると、そのまま跳躍。5メートル近くを一度に飛ぶことはできなかったが、隣の家の小屋を中継することで難なくダムダのいる屋根の上に着地する。
「ごくろうさん。次の板も頼めるか?」
ダムダに板を渡すと、仁太は屋根を飛び降りる。トン、と軽やかに着地すると、周囲に次の板を求めてみるが、見当たらない。
どうやら先程ので板が切れたようだった。
「板取ってきますね!」
「了解ー!」
ダムダの返事を聞くと、仁太は工房のあるほうへ駆け出す。ランジャほどではないが、相当のスピードが出ていた。
あっという間に工房にたどり着いた仁太は、木材担当のチャカストに必要な板の数を告げる。
待っていると、先程のチャカストが大量の板を持ってきた。
「少し多いけど、持てるかい?」
「大丈夫です」
そう言って板を受け取ってみると、確かに重かった。重い上に持ちづらい。
戻りは走るのは難しいと判断し、歩くことにする。
工房を離れて少し経った頃、ランジャに遭遇した。恐らく農具を変えてくるよう、エーテリアに言いくるめられたのだろう。二人分の農具を持って工房の方へ向かっていた。
仁太の姿を見たランジャは露骨に驚いた。
「・・・仁太?」
「そうだけど?」
あえてそっけなく答えて見せる。俺の顔に何か付いてる?とでも言いたげな感じで。
「いや、だって、その、なんというか・・・僕の知る仁太は、もっとこう、貧弱で・・・風が吹けば倒れてしまいそうな・・・」
酷い言われようだが、ランジャの言わんとすることはわかる。
そう、ランジャが驚くのも無理はない。今の仁太は実にパワフルだ。
今回の仕事は、新しく家を作っているという魔術師ダムダの手伝いだ。彼の肉体強化魔術によって、今の仁太は通常時の2倍、いや、3倍に迫る驚異的な身体能力を持っている。もっとも、色々と制約があるらしいのだが、詳しいことは仁太にはわからない。
ということをランジャに今すぐランジャに説明しても良いのだが。エーテリアの悪い癖が移ってしまった。
「ははは、俺を見くびらないでほしいなランジャ君。少し本気を出せばこの程度、造作も無いのだよ」
「ええっ・・・!?まさか、そんな、仁太にそんな力が・・・!?ていうかなんか微妙に口調も変わってない!?」
「そんなことはない。そろそろ仕事に戻るから、ランジャも頑張りたまえ」
「あ、ああ、頑張るよ」
少し無理があったが、まあランジャのことだから、あとは勝手に自分で自分を納得させて信じてしまうことだろう。
どうにもランジャは押しが強い相手の言葉は信じてしまう傾向にあるようだ。エーテリアの気持ちがわからないでもない。
仁太は新しいおもちゃを手に入れた子供のような、そんな上機嫌で仕事場に戻った。
「仁太、天罰って知ってるかい?」
新しいおもちゃこと、からかいやすい友人一号ランジャから冷たい言葉が飛ぶ。
「冷たい事言うなよランジャ。ちょっとからかっただけだろう」
夕食後、部屋に戻った仁太は激痛に見まわれ、耐えかねてベッドに倒れ伏していた。
午後、午前とダムダの仕事を手伝った仁太だったが、その内容の簡単さに驚いた。村の色々な力仕事を一手に引き受けるダムダ、彼の指示に従って材料を運ぶだけの仕事なのだが、肉体強化魔術によって身体能力を強化された状態で行うそれら雑用は、とにかく楽な仕事だった。重い物を運ぶにしても、それなりの距離を行ったり来たりさせられても、強化魔術の前では造作も無いことだ。
にもかかわらず、この仕事はあまり人気がなかった。その理由は簡単だ。
「だいたい、ダムダさんが悪いんだ。あの人、反動のことをあえて説明しなかった」
肉体を無理に活性化した代償として、強烈な反動がその身を襲うことになるのだ。
今、仁太はその治療のため、ダムダによって新たに肉体強化魔術を施されている。これにより仁太の肉体の回復速度を上昇させ、明日までにこの痛みを取るというのだ。
当のダムダ本人は最小限の肉体強化でとどめてあるため、反動はあまり大きくないというから納得がいかない。
「ダムダならもうすっかり元気になってるはずよ。今頃はアルミラとよろしくやってるんじゃないかしら」
とはエーテリアの言だ。見舞いと称して仁太をからかいに来た彼女は、ランジャにこの真相を吹きこむと愉快痛快といった様子で帰っていった。まるで新しいおもちゃをもう一つ手に入れた子供のような、そんなとても上機嫌な足取りで。
仁太にからかわれたことを知ったランジャは当然機嫌を損ね、今に至るというわけだ。
「君のことを見なおしたんだけどね、仁太。まさかこんなに早く、見下げることになるとは。まったく、人をからかうなんて、ひどい事をするから罰が当たったんだ」
そう言ってランジャはさっさと寝てしまった。
ランジャよ、例えお前をからかってなくてもこうなってたんだよ。
耐え難い激痛と何とも言えない喪失感、そして何よりダムダへの怒り。仁太の枕は今日も濡れている。