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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第一章 異界
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その十六


 次に仁太が向かった先は食堂だった。

 クーゼ村にはホルドラントや仁太たちの部屋がある村長の家と、個人の家である小さな小屋がいくつかある。

 神隠しの庭では来る者も出る者も拒まない風潮と、不定期転移ゲートによる転移事故などが原因となって住人の増減が激しい。

 このクーぜ村も例外ではない。そのため、定住すると決めた者のみが家を作り、それ以外の者が滞在するための場所として村長宅は部屋が多く作ってある、とのことらしい。

 個別の家を持っている住人たちも元々は村長宅に住んでいた者たちばかりである。そのため、現在村長宅に住んでいる者に限らず、住人たちの食事は全てこの食堂でまかなわれている。

 仁太が食堂に入ると、奥のほうからドラグラらしき少女が近寄ってきた。

「よ!あんたが仁太ね」

 どう見ても年下の少女にタメ口を聞かれてしまったので、仁太は少し面食らってしまった。

「お、おう。楠木仁太だ、よろしくお嬢ちゃん」

 なめられたら負けだ、と慣れない口調で年上ぶってみるが、あまりの滑稽さに恥ずかしくなってきた。

「お嬢ちゃん、ねぇ。あんた、年いくつよ?」

「16歳だけど」

「私18歳よ」

 どこから見ても小学生くらいのドラグラ少女は自慢気に言う。

「えっ、嘘!?」

「ほんとよ、ほんと。ほら、年上には敬意を払うものよ、まずはタメ口の非礼を侘びてよね」

 ふふん、と胸を張る少女。

 いやいや、実年齢がどうであろうと。この溢れ出る屈辱感は抑えられない。素直に謝るのは癪だし、さてどうしたものか・・・。

 などと仁太が困っていると、チャカストの少女が入ってきた。背の丈は仁太より若干高い。それでも女性だと思ったのは、雰囲気がランジャに似ていたからだろうか。

 チャカスト少女は仁太たちの様子を見てため息を付くと、ドラグラ少女をしかるように言った。

「また新入りいびりやってたのね、ロックス」

「いびりとは失礼な!私はこのお子様に話しかけただけよ」

「話しかけられただけでここまで困るわけないでしょ?」

 チャカスト少女の追求にむーっと膨れるドラグラ少女・ロックスが少々不憫に思え、仁太は思わず口をはさんだ。

「あの、それはその、俺が失礼なこと言っちゃったから・・・。年下だと思って、つい」

「ああ、そんなことね。よくあることよ。この子、こんな幼い外見で生意気だから、皆ついからかっちゃうの」

「お、幼い言うな!若々しいと言え!」

「はいはい。ドラグラは身体の成長遅いもんね」

 もういい!と言ってロックスは食堂の奥に帰っていった。

「あらら、怒らしちゃったか」

 チャカスト少女はくすくす笑ってそう言った。特に悪びれた様子がないところを見るに、おそらくは日常茶飯事のことなのだろう。

「さ、私たちも席に着きましょうか。あなた、仁太くんでしょ?」

「俺の事知ってるの?」

「さっきランジャから聞いたわ。私、彼の仕事場の担当だから」

 ランジャは畑仕事を希望し、仁太とは別の畑の担当になったと聞いていた。ということはこのチャカストも畑の担当か。

 席に着くと、チャカスト少女は食堂に向かって「二人分お願いね!」と叫んだ。奥からロックスの嫌そうな返事が響く。

「私はエーテリア。この村で生まれたの。よろしくね、仁太」

「よろしく、エーテリア。この村で生まれた人もいるんだな」

「ええ。結婚も別に自由だから。あのロックスも、ここで生まれたのよ。お父様はなんとあのホルドラント」

「ホルドラント!?」

「30年、40年くらい前だったかしら。ドラグラの女性が転移してきてね。ホルドラントが必死に口説いたそうよ。シルムーってお喋りなおばさんがいるんだけど、その人が教えてくれたわ」

 シルムーは昨日の夜、食事を共にした精霊術師のおばさんだ。どこの世界のおばさんも口が軽いらしい。

「お喋りな少女は関心しないぞ」

 と、不機嫌顔なロックスが、運んできた食事の乗ったトレーをドンッと音を立ててエーテリアの前に置いた。

 あらやだごめんあさい、とおばさんのように謝るエーテリア。舌打ちするロックス。

 余計機嫌を悪くしたロックスが帰っていくのを苦笑いで見ていた仁太は、ふとランジャが来ないことに気がついた。

「そういえばランジャはどうしたの?」

「ランジャったら、畑仕事がすごく気に入ったらしくて。まだ畑耕してるんじゃないかしら?いつ芽が出るんだい、なんて聞いてくるから、もっと耕せばすぐにでもって教えたのよ」

 そう言ってエーテリアは楽しそうに笑った。


 食事を終え、エーテリアと別れた仁太は次の仕事場へと向かう。

 希望する仕事場がなかった仁太は、これから数日の間は色々な仕事場を回って、自分の好みの場所を探すことになっていた。午前中は畑仕事だったが、午後は湖の管理だ。

 湖までの道はホルドラントから聞いていた。村長宅を出て左手に見える道を進めとのことで、ご丁寧に看板まで設置してあったので迷う事無く集合場所の小屋までたどり着いた。

 村には数カ所、日時計が設置してあった。管理小屋にも設置してあり、まだ集合時間前であることがわかった。

 小屋の中で待つのも良いが、せっかく初めて来たのだからと、仁太は小屋周辺をぶらつくことにした。

 緑の層と呼ばれる所以は溢れかえる緑が原因とのことだったが、その名に恥じないほど一面緑だらけだ。どういうわけか、木の幹まで緑がかって抹茶色になっているのだから驚きだ。

 空もまた例外ではない。畑仕事の時はザッタンの馬鹿話のせいであまり気にならなかったが、よく見れば若干緑色を帯びた水色だ。赤の層ほど露骨ではないとはいえ、確かにこれは緑色である。

 地面もまた草で緑色だったが、これはまあ普通のことだろうと仁太は思った。

 例に漏れず、これらの植物も仁太の世界のものとは違う種類で、中には魔力回復用の薬草もあるのだが仁太が気づくことはない。

 小屋の裏手に回ると湖が見えた。なかなかの広さで、緑がかった空の色を写す湖面は当然緑がかっている。

 実は汚い水なだけかもしれないと、仁太が水を手ですくってみたところ、透明な水だった。冷たくて気持ちが良かったが、緑の層は気温は赤の層と違って心地よいため、この冷たさにありがたみは感じ無い。飲めるかどうかはさておき、この緑が汚れによるものでないことは確からしい。

 一通り見て回って満足した仁太が小屋の前に戻ると、待ち合わせの時間が迫っていた。

 と、村から続く道に人影が見えた。こちらに向かって歩いてきたのは犬獣人だ。ただ、チャカストとは色や形が若干異なっている。ランジャとエーテリアは似ていたが、チャカストにも人間と同じく複数の種類がいるのだろうか。

 などと仁太が思っている間にその獣人は仁太の前にまで到達した。

「待たせたようですまないね。娘の面倒を見るのに時間がかかってしまって」

 若干申し訳なさそうに獣人が言った。

「俺はシーダダ。よろしくな仁太くん」

「よろしくお願いします。娘さんがいらっしゃるんですか?」

「そうなんだよ。よくぞ聞いてくれたね。いやー、まさかこんな世界で嫁さん貰えるなんて、思いもしなかった。俺は幸せもんだ」

「育児しながらお仕事を続けるのは大変でしょうね。今おいくつなんですか?」

「17だよ」

 その数字はシーダダの口からいともたやすく吐き出された。

「・・・え?」

 この男、確か娘の面倒がどうとかと言ったはずだが・・・?7歳の聞き間違えだろうか。いやいや、7歳だとしても、もう面倒を見てやる年ではないだろう。

「17ヶ月・・・ですか」

「いやいや、今年で17歳。目に入れても可愛くないとはこの事さ。嫁さんに似て可愛く育ってくれたが、まだまだ子供だ」

「娘さん・・・その、嫌がったりとか・・・」

「するわけないだろう?ああ、でも最近はちょっと俺から距離を置くようになったかな・・・。親離れってやつかね?」

「・・・さ、さあ?」

 駄目だこの人は。

「今度、仁太くんも見てみるといい。可愛いぞ、とてもな!ああでも嫁にはやらないぞ?」

「・・・承知しました。ところで、娘さんのお名前は・・・」

 仁太は17歳という言葉が引っかかっていた。なんとなく、なんとなくだが、心あたりがある。それくらいの年頃で、この男に似た獣人を、仁太は知っている。

「エーテリアっていうんだ。良い名前だろう?チャカストの言葉で"大切な物"を意味するそうだ」

 ビンゴだ。あの腹黒少女に、この親馬鹿親父ときたわけだ。

 と、いうことは。

「シーダダさんもチャカストなんですか?」

 仁太は先程からの疑問を口にした。

「俺?俺はワーバウだよ。そっか、仁太くんはまだ来たばかりで亜人のことはあまり知らないんだったな。チャカストの見た目は一種類しかないけど、俺たちワーバウは犬の融合種だから、バリエーションが豊富なんだ」

「でもエーテリアは確かチャカストじゃ」

「お、なんだなんだ、もうエーテリアのこと知ってるのか。可愛かったろ?ふふん、だが君にはやらんぞ、私の娘だ」

 面倒臭い大人だ。

 湧きでてきた若干の嫌気を好奇心で抑えこむ仁太。

「わかってますって!だから、ワーバウの父親にチャカストの娘っていうのは」

「ああ、そんなことか。嫁さんがさ、チャカストなんだ。かわいいぞー、あんなべっぴんさん、ワーバウにはいないからな!」

 延々と嫁自慢を始めるシーダダの姿は、どことなくザッタンと被っている。この世界の連中は皆こうなのだろうか、という不安が仁太の胸をよぎる。

 これから当分は各住人の起爆スイッチを見極め、いかにそれを避けて会話をするか、その術を磨く必要がありそうだ。

 仕事場はなるべく静かな人と組めるところにしよう。曖昧だった仕事選びに、明確な基準ができたことを、仁太は素直に喜べなかった。



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