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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第一章 異界
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その十五

 仁太の発言によりサンダバの処刑は中止された。

 赤の層へ送り返すことについてはホルドラントが反対したが、層間の移動は定期転移ゲートの存在により実質的に制限は不可能であるため、同様にサンダバを緑の層に縛っておくこともまた不可能だった。

 結果として、サンダバには他の住民同様、村の仕事をこなす義務のみが課せられ、赤の層への帰還は自由とされた。

 仁太が嘘をついていると知っているランジャは、この交渉の間は一貫して黙秘を貫いた。ただ一言、「それは嘘です」とランジャが言うだけで全てが台無しになっていたので、ランジャの黙秘は仁太にとってこの上ない救いだったといえる。

 部屋に戻った仁太はランジャに黙秘の意図を尋ねたところ、彼はこともなげにこう言った。

「赤の層を生き延びたのは仁太のおかげでもある。その仁太が考えることだ、何か考えがあるんだろう?だったら僕はそれを信じてやるだけだ」

 つい助けてしまっただけだ、などとは口が裂けても言えない状況になった。

 この上、サンダバがまた何かしでかしたら仁太は間違いなく責任を取らされることになる。助けておいて何を今更といった感じだが、正直なところ仁太はあのゴブリムがまたアホなことをやらかすのではないかと心配していた。

 そうして迎えた次の日の朝。赤の層で受けた負傷はもう跡形もなく、元気になった仁太はクーゼ村の住人として仕事を与えられることになった。十村では、仕事をこなすことが住人であるための条件となっている。逆に言えば、仕事さえこなせばあとは自由ということでもある。

 仁太が担当したのは畑仕事だ。

 仕事に使うとのことで、ホルドラントから鍬を渡された。何の変哲もない、仁太の知る普通の鍬だった。神隠しの庭製の鍬だと聞いたときは火が出たり、喋ったりすることに期待したが、特になにもなかったのが残念だった。

 普通すぎる鍬に若干失望気味の仁太が畑に到着すると、すでに指導役の先輩住人が待っていた。

「やあ、よく来たね。君が仁太くんかい?」

 糸目に金髪の男性だった。

「はい、楠木仁太です。よろしくお願いします」

「僕はザッタン。仁太くんは僕の世界と近いところから来たらしいから、会えるのが楽しみだったよ」

「近い世界の人に会うのって珍しいんですか?」

「意外だろ?僕たちの世界の人間ってひ弱だから、転移直後に死んじゃったり、自殺しちゃう人が多いんだ。そのせいか、もう二十年近くここで生活してるけど、そんなに会ったことないんだよねえ」

「俺も殺されかけたのでよくわかります」

「でも君、日本の出身じゃなかったけ?」

「そうですけど」

「おかしいなあ。難攻不落の鎖国島、日本の戦士は屈強だと聞いたけど。それとも君が子供だからかな」

「屈強って・・・そんな、俺たち普通の人間ですよ?」

「えー、日本人は強いって聞いたんだけどなあ。一般人は竹槍一本で空を舞う戦闘機を撃墜し、エリート集団サムライナイツクラスになると自慢の剣の一振りで万の敵を斬り伏せる。極めつけはシノビファイター。奴らは恐るべき暗殺術を駆使して敵部隊を混乱の渦に叩き込み、命を奪うか、あるいは人間として再起不能な状態にまで追い詰める。空を飛び、闇のなかでは視認不可能、水の上を歩くなんてことはもう朝飯前。そんな超人集団によって守られているからこそ、日本は世界から隔離・・・否、世界が隔離せねばならない存在であり続けられる。そうだろ?」

「そうだろ、じゃありませんよ!どこの日本ですかそれ!?」

「おっかしいなぁ。確かにそう教わったんだけど」

「あの・・・ザッタンさんの出身国ってどこですか?」

「僕かい?僕はアメリカだよ」

「それ、アメリカ人の名前なんですか・・・?」

「名前は覚えてなかったから、ホルドラントに付けてもらったんだけどね」

「覚えてなかったって・・・ザッタンさん、いくつの時にこっちへ来たんですか」

「あの頃の僕は小さくてねー。確か2歳だったかな。日本の記述は一緒に持ってきちゃった書籍のなかに書いてあったんだ」

「・・・」

 どうやらこの男が持ってきたのは漫画か何かの類のようだが、仁太はそれをあえて指摘しないことにした。

 その後はザッタン氏の偏見に満ちた日本象と畑仕事の説明が入り交じった会話をしながら仁太は午前中の仕事を終えた。

「君の日本は案外普通なんだねえ。絶対の強者日本が失われた世界・・・どこで間違えたんだろうね?」

 間違ってるのはアンタだ!と叫びたくなる心を必死に抑え、鍬を片付けるため、仁太は農具置き場方面に向かった。


 作業中に気がついたのだが、仁太の使っていた鍬は少々金属部の損傷が目立った。作業に支障はないと思うが何かあってはいけない、というザッタンの指示にしたがって仁太は農具置き場の横にある工房に寄ることになっていた。

 物づくりに長ける住人たちが集う工房では農具以外にも様々な道具の修理と作成をおこなっている。先日使った食器もここで作られたそうだ。

 大きい小屋があり、「工房」と書かれた札が下げられている。札の文字があっさりと読めたことに仁太は驚いた。言語魔術は一種の幻術みたいなものだとホルドラントが言っていたが、魔術によって改変される認識は会話だけではないようだ。今、仁太が見ている文字はどうみても漢字だったが、おそらくは違う言語で書かれているのだろう。実に強力な魔術だ。

 扉をノックする。

「勝手に入ってくれて構わないぞ」

 中から返事があった。

 仁太が恐る恐る扉を開いて中に入ると、そこにいたのはゴブリムだった。

「・・・俺は新入りだからよくわからん。修理ならそこに道具を置いていけ。あとで担当者に伝えておく」

 背中を向けたまま面倒くさそうに説明をするその声に、仁太は聞き覚えがあった。

 仁太は昨日知った名前を恐る恐る口にする。

「お前・・・サンダバか?」

「んあ・・・?」

 気だるそうに振り返ったサンダバは、仁太の顔を見ると一瞬驚いたような顔をし、次にしかめっ面をして舌打ちした。

「なんだ、おめーか」

「なんだって・・・そんな露骨に嫌そうにするなよな」

「じゃあどうしろってんだ。おめーの余計な横槍のせいで俺の誇りは汚されたんだぞ?礼を期待してるなら、そいつはできない相談だぞ」

「俺が好きでやったことだ、礼なんて期待してないし。ただ、お前が馴染めてるかなって思ってさ」

「はっ、自分の顔を蹴った奴の心配か。お人好しなことだ」

 サンダバは嘲るように笑った。

「俺は元々、青の層で暮らしてたんだ。心配しなくても、仕事くらいはできる。お前こそ、俺みたいなのを助けて立場が悪くなったりしたんじゃねーのか?」

「別に。ホルドラントも、当事者の君が言うことなら信じると言ってくれたし、他の人たちも特に気にしてる様子もない」

「ああそうかい、そうかい」

 そう言ってサンダバは仕事に戻った。何か金属を加工しているようだったが、仁太には何を作っているのかわからなかった。

 持ってきた鍬を置き、不具合の箇所を報告するとサンダバは無言で頷いた。了解、ということだろう。

 サンダバが今のところ問題なく仕事に打ち込めていることを知れたのは思わぬ収穫だった。用が済んだ仁太は工房をあとにした。



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