その十三
一向に敬意を払う気配のない仁太に対し、エルメリテは精霊術の説明を買ってでた。長ったらしい解説を端的に纏めると、次のようになる。
曰く、精霊術とは魔術と魔法の中間に位置する存在であり、精霊という形で意思を与えられた世界の構築式と契約し、彼らに魔力を与えることで魔法に匹敵する術式を精霊に行使してもらう、とのことだ。
その特性上、魔法よりも発動が素早く、魔術よりも規模が大きいが、反面魔力の消費が激しかったり、精霊と仲が悪くなると術式を発動してもらえないなど、それ相応のデメリットは存在するようである。
「というわけだ。どうだ、精霊術の凄さはわかったか糞ガキ」
「まあ、なんとなくは。ところで術式と術法の違いって?」
「かーっ!お前そんなところからわかってな」
突然エルメリテの姿が消えた。
「可視化を解いたのさ。あんな駄々っ子を表に出すだけでも魔力を吸われちまうからね」
食事を終えたシルムーが口を拭きながら説明した。
「騒がしい子で悪いねえ。今もここでギャーギャー言ってるんだけど」
シルムーは苦笑いしながら、先程までエルメリテが見えていた場所を差した。
「術式と術法の違いだったね。術法ってのは魔法、魔術、精霊術のことさ。術式は一つ一つの術のこと。魔法でも魔術でも、術式は術式さ。他に聞きたいことは?」
「それじゃあ・・・あの、俺にも術法って、使えますか?」
それは仁太が一番知りたかった問だった。
仁太には体力も知力もない。だから、この神隠しの庭で何かを成すための、何かが欲しい。体力は種族的に絶望的だろう。知力もまた、一朝一夕で身につくものでもなければ、優れた思考力があるわけでもない。残された手段は術法しかない。
アルミラが魔法は才能だと言っていた。ならば、魔術くらいなら、自分にだって。
そんな仁太の希望を、シルムーは一言で粉砕する。
「それは無理だね」
シルムーの表情は身の程知らずに呆れるものでもなく、どちらかといえば相手の不幸を憐れむような、そんな表情だった。
「その質問を受けたのはもう何度目かもわからないよ。それほど、術法文明以外からやって来た人にとっては羨ましい力なんだろう。私としても、精霊術を教えることに抵抗はない。でもね、できないんだよ」
「何故です・・・?」
「魔力がないんだよ。アンタたち、術法文明以外の人間には」
それは決定的な言葉だった。
「私たち術法文明人と、それ以外の文明の人間は、多くの部分で似通っている。でもね、魔力の有無という溝がある。この溝のせいで、私たちは別の生き物なんだよ。それこそ、人間とチャカストくらいに、ね」
信じたくない話だった。信じがたい話ではない。もしも、仁太たちにも魔力があったなら、何かの拍子にそれが発見され、研究対象となり、術法は世間に広く知れ渡ることになっていただろう。魔法の存在を信じる者は何百年も昔からいて、様々な方法を試した者がいたのだ。魔力がなかったからこそ、彼らの努力は実らなかった。
「そう・・・ですか」
「悪いね・・・。こんな世界だろ?けっこう、期待しちまう人が多いんだよ。私らが意地悪して教えてやらないんじゃない、ってことを説明するのはいつも辛いんだ」
「いえ、大丈夫です。無いものは無いんだって、それくらい、諦められます・・・」
「アンタはいい子だね、仁太」
むしが良すぎるのだ。異世界に逃げこんで、食事をごちそうになり、その上異能の力をくれだなどと。
そうはわかっていても、ショックであることに違いない。少なからず、特別な存在になれるんじゃないかという淡い希望を抱いていたのだから。
「ねえホルドラント、おかわりってある?」
落ち込む仁太の気持ちなど知る由もないのだろう。ランジャが楽しげな声でおかわりを要求しだした。
食事を終えた仁太たちはホルドラントに案内され、彼の部屋を訪れた。途中、窓を覗いてみたところ外は暗く、既に夜のようだった。
ホルドラントの部屋の作りはさきほど仁太が目を覚ました部屋と同じで、置いてある家具に違いがある程度だ。
「こんな世界だからな。何も無い、つまらない部屋だろう?」
そういってホルドラントは笑った。
ホルドラントに促され、仁太とランジャは手近な椅子に腰を下ろした。木をそのまま切り出した、簡単な椅子だ。
「さて、君たちにもう一つ、聞いておかなければならないことがある。それは、今後どうするかということだ」
「今後、と言いますと?」
「世界の仕組みを説明した以上、あとの判断は君たちが決めることだ。この緑の層に住むか、あるいは未だ見ぬ世界を見てまわる旅に出るか」
「ここに住んでもいいの?」
ランジャが反応した。
「いいとも。この建物にはいつでも新しい住民が増えても良いように部屋を余分に用意してある。君たちが望みさえするならば、我々はいつでも君たちを仲間として迎え入れよう。しかし、君たちがここを出て行くことを選択しても、私にそれを止める権利はない。そういう選択をした者も少なくない」
「どうして?ここは食事も出るし、こんなしっかりとした家もある。さっき外を見たけど、自然が溢れて良い所に見えた」
「以前にも同じことを言ったチャカストがいる。今もここに住んでいるが、どうやらチャカスト好みのようだなここは」
「ここでの暮らしはどんななの?」
「緑の層には十つの村がある。各村には役割があって、我々村では湖と畑の管理をしている。ここに住むことを決めたら、畑仕事や釣りなどをして生活することになるだろう」
「畑だって!?」
ランジャが身を乗り出して反応した。
仁太にとって、畑仕事なんてのは祖母の家に遊びに行くたびに手伝わされてきたことだ。これほどまでに魅力を感じない言葉はなかったが、ランジャはその正反対のようだった。
そういえば、仁太の世界のことを話している時も、ランジャは食物を育てるということに随分と感銘を受けていた。この反応を見るに、よほど畑仕事に興味が有るらしい。
「仁太、ここで生活しよう!ここなら安定して食事にもありつけるし、戦うこともないだろう。ここにしよう!ここがいい!」
「うーん・・・。確かに、もうあんな思いは懲り懲りだしな。わかった、俺もここで生活するよ。いや、ここで生活したい」
畑仕事に魅力がなくとも、安定した暮らしというものには興味がある。
赤の層での経験は辛かった。足を、骨を砕かれる痛みは、二度も味わいたいものではない。それに、さっきの三人の術師も、今目の前にいる親切な竜人も、悪い人でないのは間違いないさそうだ。
旅に未練がないわけではないが、もう少しここで生活してから考えれば良いことだ。
「よし、では決まりだな。改めて歓迎しよう、二人とも。ようこそ、緑の層、クーゼ村へ」
まるで愛する孫に対するかのように、ホルドラントは二人の肩を優しく叩いた。
と、その時だ。同じ階層の別な部屋から怒鳴り声が聞こてきた。
勢い良く扉が開け放たれ、慌てた様子の犬獣人が入ってきた。
「大変です、村長。例の客人が目を覚ますなり、いきなり暴れだして」
「何だと?」
「例の客人・・・?」
「ああ、君たちと一緒にやってきたゴブリム・・・ゴブリンの融合種だ。君たちの知り合いではないのか?」
ゴブリンの融合種と言われて、思い当たるのは一人だけだ。
嫌な予感が胸をよぎる。
「俺も行きます。案内してください」
犬獣人の後を追って、仁太たちはホルドラントの部屋を後にした。