その九(加筆修正版)
平行世界。およそ異世界には似つかわしくない単語だ。
「平行・・・なにそれ?」
ランジャには聞き覚えのない単語らしく、首をかしげている。
一方で、仁太の世界ではそこそこメジャーな概念だ。
「今自分がいる世界と似た別の世界が存在しているってやつですよね」
「そう、それだ。よく知ってるな」
ホルドラントが頷いた。
「君たちがいた世界は、無数に広がる平行宇宙の一つに過ぎない。ありとあらゆるn択によって、世界はn個に分裂する。例えば戦争、例えば人の死、例えば夕飯の献立。人に、事象に選択肢が生まれた時、世界はその選択肢の数だけ世界を作り、分裂する。これが平行世界だ」
頭を抱えるランジャの方を見ながら、ホルドラントが説明をした。
この説明は仁太にとっても有益なものであった。というのも、仁太の知る平行世界を扱った作品はいくつかあり、いずれも設定が異なっている。ゆえに、ホルドラントの言う平行世界がこのうちのどれに該当するか、あるいはどれにも一致しない別のもののかを知る必要があった。
「えーと・・・うーんと・・・。・・・質問していい?」
「言ってごらん」
「例えば、僕は初めての狩りを成功させて生き残ったんだけど、失敗して死んじゃった世界もあるってこと?」
「あるとも。もしその狩りが何一つ失敗する要素がない、完璧なものだったならば話は別だが。もし成功確率が99%だったなら、君が死んだ世界が生まれている。君が行った全ての狩りにも同じことが言える」
それを聞いたランジャは驚いた。自分で質問しておきながら肯定されることは考えていなかったのだろうか、と仁太は少し呆れたが口には出さない。
「え、ええ!? それじゃあ、その平行世界っていうのは物凄くたくさんあることになるじゃないか!」
「その通りだ。私が知るだけでも、この世界は実にくだらないこと、ささいな事でも容赦なく分岐を繰り返しているようだ。枝分かれした世界の数は、もはや誰にも数えることができないほどの量にまで膨れているだろう・・・というのが、この世界の一般論だ。誰が提唱したのか、本当に正しいのかはわからないが、いくつか証拠と呼べるケースも確認されている」
「私の知る限り、ということはあなたも平行世界の話を幾つか知っているんですか?」
衝撃の余りフリーズ気味のランジャに変わり、仁太が口を開く。
「ああ。私もここで何百年も暮らしている。長く生きていればいろいろな人に会うものだ」
さと、とホルドラントは一度話を区切り、
「言いたいことはもうわかるな?」
仁太とランジャの顔を交互に見ながら言う。
「いま君たちがいるこの世界は、平行世界からやってきた人で構成されている」
「この世界は"神隠しの庭"と呼ばれている。いつ誰がそう呼んだとも知れない名前だが、定着している」
神隠し。突然人が消えてなくなる、不可思議な現象のことだ。
「神隠しの庭の住人たちは皆、元いた世界から神隠しにでもあったかのように、一瞬にしてこの世界へ迷い込んでしまう。また、神隠しの庭の中にも三つの"層"と呼ばれる世界があり、今いる層から別の層へ移ることがある。これらのワープは"転移"と呼ばれている。ちなみに転移先は神隠しの庭内しか確認されていないが・・・仮にこの神隠しの庭の外へ出た人がいたとしても確認する手段がないからな」
「もしかして、俺たちがここに現れたのも、層の間を転移したからですか?」
「その通りだ。神隠しの庭へ迷い込むのと違い、層と層の間を移動する場合には転移ゲート、もしくは転移扉と呼ばれる現象を介さなければいけない」
「そうか、あの時の光の渦!」
先程から小さく唸りつつ難しい顔をしていたランジャが声を挙げた。話についてこれているのか不安だった仁太だが、なんとか大丈夫そうなランジャの様子に少し安心した。
「そう。それが転移ゲートだ。仁太はワープ直後に気を失っていたね?それはきっと、君たちが通ったのが偶発型の転移扉だったからだ」
「偶発型?」
「転移扉には二種類ある。定期型と偶発型だ。前者は一定周期で決まった位置に発生するもので、後者は完全にランダムに発生するものを言う。そして偶発型は、通った者が著しく体力を消耗するケースが確認されている」
その言葉を受け、仁太は記憶の糸をたどる。確かに光の渦のなかで意識を失うほどの疲労感を味わった。
つまり、仁太たちが助かったのは偶然だったということらしい。自分の運の良さに感謝する必要があるようだ。
「説明を進めるぞ。次は層についてだ。まず、ここは緑の層と呼ばれる場所だ。木々が茂り、平原と山々がどこまでも続く、ただひたすらに緑色をした世界だ。次に赤の層。原始の世界を思わせる荒々しい自然と、空を赤く染める大量の火山があることからそう呼ばれている過酷な場所だ」
「空が赤い・・・そうか、僕と仁太が出会ったところだね」
「そして最後が青の層。世界の大半を海が占め、小さな島々が浮かぶ真っ青な世界だ」
それを聞いて仁太の頭に浮かんだのは無人島生活の特番だった。
「転移扉などを利用して確認されているのはこの三つの層のみだ。ゆえに人々は三層世界と呼んでいる」
「三層世界・・・」
「実際のところ、この世界の正しい構造は誰にもわからない。層というのも誰かが便宜上付けた呼び名に過ぎないからな。世界を知ろうにも、ここには資源があまり多くない。どこから迷い込んだのか野生動物や魚もいるし、鉱物もあるにはあるが・・・転移してきた時は皆身体一つに手荷物程度。転移を予期してここにくる者なんていやしないからな」
「観測用の道具を作れない、と?」
「そういうことだ。技術があっても道具がなければ意味はないからな。それゆえ、空に見える光さえ、本物の星かどうかもわからない。太陽や月も本物かどうか。三つの層がどのように関係しているかも、そもそもここが地球かどうかさえわからないのだ」
何百年も生きているという竜人が「わからない」というのだから、おそらく誰にもわからないのだろう。この世界の知識は仮定に仮定を重ねたもののようだ。
そこで仁太はふと、今のホルドラントの台詞の中に興味深い単語が混じっていることに気がついた。
「地球と言いましたか?ランジャたちが居た世界も、地球?」
「そうだ。先に平行世界の話をした理由はそこだ」
勘の良い生徒を褒めるような口調で、ホルドラントは仁太の疑問に答えた。
「今、君の目の前にいる私も、そこにいるランジャも、皆地球で生まれて育ったんだ」
「地球?たまたま同じ名前の別の惑星ではなく?」
「同じ地球だよ。ただし、歩んだ歴史が異なるがね」
「平行世界・・・」
ランジャが呟いた。ワンテンポほど遅れているようだが、かろうじて付いてきているようだ。
「惑星の構造、夜空の天体の位置などをもとに話しあった、異なる歴史を知る学者たちが過去にいたそうだ。その結果、どれも同じ地球だった」
「えーと、つまり、俺たちの世界と、ランジャたちの世界は大昔に分岐した世界、ということであっていますか?」
仁太の方も思考がこんがらがってきた。目の前にいる人の形をした獣が同じ地球の可能性の産物というのは考えもしていなかったことだ。
「おそらく少し勘違いしているだろうが、大昔に分岐したというのは正解だ」
「勘違いとは?」
「仁太、君は私たちを人の形をした獣か何かだと思っているね?」
心のなかを見透かされたようだ。この竜人は心が読めるのだろうか。
「皆、そういう勘違いをするからな。半分正解で、半分はずれだ。まず正解なのは、ランジャはおそらく、人に近いが、まったく別の生き物だからだ。ランジャ、君はチャカストだろう?」
話を振られたランジャはキョトンとした。
「そうだけど?」
何を当たり前のことを聞いているのだ、とでも言いたげな顔だ。
「やはりな。チャカストは大昔に自然発生した、正真正銘天然の"獣人"だ。人に近く、しかし人とは異なる生き物。ジャッカルの獣人とでも言うべきか。これは大変珍しいパターンで、今のところこの手の天然種に分類される獣人はチャカストと、ゴリラを人にでもしたかのような出で立ちの屈強な獣人・タイラーンの二種類のみだ」
「獣人?」
「便宜上そう呼んでいるが、正しくは人ではない。人に限りなく近い存在だがな。そしてもう半分、はずれの方は、この私についてだ」
目の前の竜人は自身を指さし、言った。
「私たち竜人はドラグラと呼ばれている。だが、ドラグラは自然に生まれた種族ではなく、人為的に生み出された異種融合種と呼ばれる獣人だ。異種融合種というのは魔術や魔法、精霊術といった特殊な技術によって人とその他の種族をかけ合わせて生み出された融合人間のことだ」
先ほど言っていた言語魔術に続き、また新たな単語が登場した。魔法、精霊術。仁太にとって胸踊る単語だ。
「私が元いた世界では当たり前の技術となっていてな。色々な獣人が生み出された。人プラスアルファの力を持つことができる反面、こうして見た目まで人と変わってしまうことから、獣人と呼ばれるようになった。チャカストとタイラーンは私たちの世界にはいなかったが、見た目が獣人と似ていることから天然種と誰かが名付けたようだ」
仁太が横目でランジャを見ると、今にも頭から湯気が出そうなほど困った顔をしていた。脳みそをフル回転させているに違いない。
「最後に文明について説明しておこう。平行世界は大きく二つに分けられる。一つは魔術、魔法、精霊術といった不可思議な術が広く使われている術法文明。もう一つは機械が発展している機械文明」
獣人がおらず、かつ機械が普及している仁太の文明は恐らく機械文明に属するのだろう。
と、仁太の考えていることを再び読み取ったかのように、ホルドラントが補足した。
「ちなみに、仁太の世界は機械文明に近いが、少し分類上は後進文明とでも呼ぶべきものにあたる」
ホルドラントに悪意はないのだろうけど、少々鼻につく表現だった。
「なぜです?」
「見たところ、機械文明の人間に見られる特徴がない。服装のセンスなども、私の知る機械文明人とはことなっている。術法文明にもこうした後進文明は存在する。何も恥じることではない。・・・特に機械文明についてはな」
含みのある言い方だった。機械文明というと、仁太が想像するのは巨大ロボットやパワードスーツが普及していたり、猫だの人だののアンドロイドが闊歩する世界だ。何か問題があるようには思えない。
などと仁太が考えていると、ホルドラントは立ち上がり、伸びをし始めた。しっぽがぴくぴく動いていて可愛く見える。
「話はこんなところだ。長くなったが、よく聞いてくれたな。・・・ランジャはゆっくりと理解してくれれば良い」
見ればランジャは完全に固まっていた。漫画やアニメなどでこの手の話に慣れている仁太と違って、ランジャには馴染みのない話だったと見える。理解するのに時間がかかるのも無理は無いだろう。
質問はあるか?と尋ねてきたホルドラントに、これ幸いと仁太は質問をすることにした。
「魔術や魔法などについて、詳しく教えてもらえませんか?」
それはある意味下心とも言える感情に基づく行動だった。
夢にまで見た異能の力。異世界らしさ溢れる特殊技術。これを習得できれば、仁太でも赤の層で見た凶暴な獣人たちとも戦えるのではないか。
一方、それを聞いたホルドラントは少し考え、
「ふむ。興味がなければ特に知る必要もないことだからと説明は省いたんだが、知りたいのであれば拒む理由はない。ちょうどこの村には専門家がいる。せっかくだ、あとで呼んであげよう。一人は君の足を直した魔術師だ」
そう言って、ホルドラントは部屋を後にした。
「おい、聞いたかランジャ!・・・おーい」
興奮のあまりランジャに話しかけようとした仁太は、となりの相棒が未だに固まっているのを見て、ため息をついた。
書きなおしたバージョンです。
以前のものと内容自体はほとんど変えてませんが、文章はほぼ一新し、一部現時点で重要でない要素は削除されています。
消した部分はまた後ほど必要なシーンにて。