●52
開始時間まで決闘のシミュレートをしていると、控室のドアがノックされた。
阿佐美がドアを開けると、中に入ってきたのは闘技場のスタッフだった。
「もうそんな時間なのね」
「分かった。今、控室から出る」
俺が立ち上がると、闘技場のスタッフが近付いてきた。
「え、なに」
「通常はここで身体チェックをしてからリングへ向かうのよ。観客に見える位置で身体チェックをするのはみっともないでしょ」
「俺、ずっとみっともなかったんだ」
「ええ、みっともなかったわ」
前にも、通常は控室で身体チェックを行なうのだと教えられた気がする。結局これまでの決闘では、二回ともリングの近くで身体チェックを行なったが。
初めて控室で身体チェックを終わらせた俺は、闘技場のスタッフに連れられてリングへと向かった。阿佐美もピッタリと俺の隣を歩いている。
リングに到着すると、すでにリングでは車いすに乗った目黒と花林ちゃんが待機していた。
「やっと来ましたね。恵奈先輩に負けるためにのこのこやって来るなんて、笑止ですっ」
「花林ちゃん、どうして今日はそんなに好戦的なの? 闘技場ではいつもこんな感じなの?」
全力で俺を煽る花林ちゃんに、味方の目黒が困惑している。
「いつもはこんなことしませんけど、少しでも恵奈先輩のお役に立ちたくて。相手を威圧したら勝利の流れが掴みやすいかと思ったんですっ」
「今の、相馬君を威圧してたんだ……可愛いだけだから、もうやらなくても平気だよ。コアリクイの威嚇を思い出しちゃった」
「へ? コアリクイって何ですか?」
目黒も花林ちゃんを見てコアリクイの威嚇を思い出したのか。俺もだ。
「なんだか気が抜けちゃったけど、ここからは本気。相馬君、覚悟してね」
「そっちこそ。俺も手加減はしないからな」
「さ、恵奈先輩。待望のキスのお時間ですっ」
「別に私はキスを待ち望んではいないけど……」
俺のことを威嚇していた花林ちゃんが、さっさと目黒にキスをした。すぐに目黒から白い煙が立ち上る。
煙に驚いて目を丸くしている目黒の隣では、花林ちゃんが「キャーッ、恵奈先輩とキスしちゃった」とはしゃいでいる。
「あんたも早く」
二人に見惚れていた俺に阿佐美がキスをした。とても事務的に。
キスを終えた阿佐美がリングを下りた頃、俺の周りを漂っていた煙は、いつもの剣と天秤を形成した。
ふとリングの反対側にいる目黒を見ると、目黒の煙は竹刀の形になっていた。しかしそれだけではなく、煙が車いすを覆ったまま消えずに残っている。
「これは……煙が武器の形になるまで待った方が良いのか?」
「馬鹿! 前を見ていなさい!」
リングの外にいる阿佐美に質問をすると、大声で叱られた。
仕方なく前を向いた瞬間、決闘開始のドラが鳴らされた。
そして開始と同時に、目黒が煙をまとったまま、ものすごい勢いで突っ込んできた。
「おわっ!?」
急いで避けるが、目黒も追いかけてくる。竹刀を両手で持って。
「その車いす、電動だったのか!?」
「これも私の能力みたい。自分の足のように車いすを動かせる!」
「阿佐美! そんなことがあり得るのか!?」
思わずリングの外にいる阿佐美に大声で説明を求めた。
「あり得るのか、って実際にあり得ているじゃない。『足のケガを治して剣道の県大会に出たい』という彼女の“想い”が武器に反映されたんでしょうね」
阿佐美からは冷静な答えが返ってきた。
足のケガを治したい目黒の武器は、足のように自在に動かせる車いす、か。
これはマズいかもしれない。
「相馬君、逃げてないで私と戦って!」
「いやいやいや。その勢いで激突されたら普通に痛いからな!? 目黒だって車いすから吹っ飛ぶだろうし」
車いすと言えど、自転車に轢かれたくらいの衝撃はありそうだ。今、目黒の車いすはそのくらいのスピードが出ている。
「そうだ!」
俺は走って逃げながら、地面に置いていた天秤を拾った。そして目黒に向かって天秤を投げつける。
「きゃっ!?」
目黒が天秤を竹刀で払った隙に、今度は俺の方から目黒に突っ込んで行く。
素早く竹刀を動かして、目黒は俺の攻撃を竹刀で受け止めた。剣と竹刀でつばぜり合いが起こる。
「このままだと竹刀が折れるぞ」
「私は、引かない!」
目黒の言葉通り、剣とつばぜり合いをしているのに竹刀には傷一つ付いていない。この竹刀も普通の竹刀とは思わない方が良いだろう。きっと目黒の“想い”で、普通の竹刀の何倍もの強度になっている。
「恵奈先輩っ、頑張ってくださーいっ!」
リング外から花林ちゃんの大声が響いてきた。
前に見た試合では花林ちゃんの声援は無かったから、やはり花林ちゃんにとって目黒は特別な存在なのだろう。
声援に後押しされた目黒は、より一層気迫が増したように見える。
「やああーーっ、小手っ!!」
「しまっ……」
一旦体勢を立て直すために間合いを取ろうとすると、その隙を見逃さなかった目黒の竹刀が俺の右手を力強く打った。剣道で言うなら、見事な小手が決まった瞬間だ。
「……くっ」
右手からビリビリとした衝撃が伝わってくる。ただ竹刀で打たれただけとは思えない。鉛の塊で殴られたような衝撃だ。
「これは……やばいな」
たぶん右手首の骨が折れている。両手で持っていたため剣を落としてはいないが、上手く力が入らない。




