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仁部が俺たちの片付けを免除して送り出してくれたこともあって、これまでの決闘で一番早く闘技場に到着した。それにもかかわらず、観客はもう席に着いている。
闘技場のリングを見ると、車いすでリングに上るためのスロープが用意されていた。
普通のスポーツ大会なら車いすが必要なケガをしている時点で出場停止だろうに。何でもアリの闘技場らしい措置だ。
ちなみに武道場の地下へ下りる階段の前には二人の闘技場スタッフ待機しており、目黒が到着すると片方が目黒を、もう片方が車いすを武道場の入り口まで運んでくれた。さすがに数日で階段横に車いす用のスロープを作ることは出来なかったらしい。横幅の狭い階段のため、物理的にも難しかったのかもしれない。
「恵奈先輩、こっちですっ!」
「花林ちゃん、もう来てたんだね」
「当然ですっ」
目黒が闘技場にやってきたことを確認した花林ちゃんが駆け寄ってきた。予想通りではあるが、目黒の具現者は花林ちゃんのようだ。
「堀田先輩、今日の先輩は敵ですからねっ。笑顔なんか振りまいてあげませんよ!」
「いつも俺に笑顔は振りまいてないだろ?」
「今日はなおさら振りまかないって意味ですっ」
花林ちゃんは自らを大きく見せようとしているのか、両手を広げて踏ん反り返っている。
その姿を見て、うっかりコアリクイの威嚇を思い出してしまった。そんなことをしても可愛いだけだとは思うが、本人は精一杯威嚇をしているようなので黙っておく。
「あんたはこっち」
俺の後ろに立った阿佐美が、俺の襟首を掴んで引きずっていく。
「普通に歩くから、その持ち方はやめてくれよ」
「あんたはこうやって連行しないと開始ギリギリまでどこかで時間を潰しそうだからダメ。離さない」
どうして分かったのだろう。俺がこの機会に観客席のチケットの取り方や賭けの方法を聞きに行こうと思っていたことを。まあ俺自身が賭博をするつもりはないが、参考までに。
「やっぱりどこかへ行こうとしていたのね!?」
「俺、顔に出てる?」
「しっかり顔に出ているわよ。バレたか、ってね!」
目黒と仁部にも言われたが、俺は気持ちが顔に出やすいタイプのようだ。気を付けよう。
「それはさておき。いつもこんなに前から観客が入ってるのか?」
「こんなに前って、もう一時間前よ。ライブだって舞台だって、一時間前には会場を開けて物販をやっているでしょ」
「ここ、物販なんてあるのか?」
「物販と言っても、ここで売っているのは飲食物と闘技者投票券、略して闘技券だけ。闘技券は賭博の券のことね」
そうなのか。しかし普通の物販をやっても売れるような気がする。人気闘技者の“想い”の武器をかたどったキーホルダーとか、闘技場記念タオルとか。
「グッズも売ればいいのに」
「この闘技場は極秘でやっているのに、グッズなんて出せるわけがないじゃない」
阿佐美は、グッズ販売は検討する価値も無いと考えているようだ。売れると思うのだが。それに。
「極秘って言うけど、闘技場のことを生徒はみんな知ってるよな?」
「そりゃあ闘技者になる生徒が多いからね。人の口には戸が立てられないものよ」
生徒たちは闘技場のことを秘密の話としてこっそり漏らしているどころか、誰も秘密にする気が無いように見えるのは、俺の気のせいだろうか。
とはいえ、もちろん町の外に情報を漏らして闘技場に目を付けられるような馬鹿な真似はしないだろうが。
「そういえば、俺は生徒としか戦ったことが無いけど、生徒以外にも闘技者はいるんだよな?」
「いるわよ。でもそういう闘技者たちは生徒が授業をしている間に、同じような闘技者と戦うことが多いわね。そうじゃないと昼間に闘技場が空いてもったいないでしょ」
「もったいないって……まあ、運営としては決闘をなるべく多く行ないたいか」
決闘の回数が多いほど、早く優勝者が生まれる。闘技場はそれを望んでいる。
「この闘技場では一日三回、昼の十二時と午後五時と夜七時に決闘が行なわれるわ。もちろん、予約の入らなかった回はやらないけれど」
「十二時と五時……もしかして阿佐美が昼休憩と放課後にすぐ消えるのは、闘技場に行ってるからか?」
「そういうこと。姉さんと花林の闘技者が決闘をする回は行かないけれど」
阿佐美が毎日そんなことをしていたなんて。
どうやら俺が思っていたよりもずっと、阿佐美の生活は闘技場に縛られているようだ。
「ただし昼の回では大したサポートはしていないわ。決闘開始直前に闘技場へ行って、具現者の祝福を与えて終わり。まああんたが昼の回で戦うって言うのなら、もっとサポートをしてあげるけれど」
阿佐美がそう言って口の端を上げた。
「阿佐美は昼も放課後もいつもいなくなるよな。そんなに毎日予約が入ってるのか?」
「そうでもないわ。あたしが毎日いなくなるのは、単に一人でのんびりしたいだけ」
「……これだけ闘技場に縛られた生活をしてたら、そりゃあ一人になりたくもなるか」
昼休みや放課後のちょっとした時間ですら、進んで一人になりたいと思うほどに、阿佐美の人生はがんじがらめだ。やっぱりこんなシステムは間違っている。




