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登校するなり、その異変に気付いた。
「目黒、そのネクタイは……」
「私も闘技者になったの」
車いすの目黒は、首に闘技者のネクタイを巻いていた。
「なんでだよ。目黒は闘技場反対派じゃなかったのか!?」
「うん。闘技場なんて大嫌い。だけど私は、闘技者になった」
目黒は俺に近付くと、車いすから手を伸ばして俺の右手をぎゅっと握った。
「だから相馬君、私と戦って。戦うなら相馬君が良い。相馬君になら負けても後悔はしないから。もちろん、負ける気なんかないけどね」
目黒はコンビニにでも行くような気軽さで決闘を申し込んできた。しかしその目には、人生すべてを賭けているかのような覚悟が滲んでいる。
「戦うって言っても、目黒は足が……」
目黒はパッと俺の手を離すと、その場で車いすを動かしてみせた。
「私は車いすに乗って戦うよ。車いすスポーツだってあるんだから」
「そうだけどさ」
三日前に初めて車いすに乗った目黒が、長年車いすで生活している人のように車いすを扱えるとは思えない。どう考えても大きなハンデだ。
「私が車いすだからって、手加減はいらないからね。ここで勝てないようなら県大会でだって勝てないもん」
「……目黒の願いは何だ?」
目黒の言葉に嫌な予感を覚えて質問をする。返ってきたのは、予想通りの言葉だった。
「剣道の県大会に出ることだよ。絶対に諦められないんだ」
大丈夫と言って笑顔を見せていた目黒だったが、本心では県大会を諦めきれなかったらしい。
それはそうだ。目黒が県大会に向けて真剣に稽古をしていたことを、俺は知っている。ケガをしたから諦めて、と言われてすんなり諦められるはずがなかったのだ。
目の前に、県大会出場の願いが叶う可能性がぶら下がっているのだから。
「私は闘技場の優勝者になって、県大会に出るんだ」
「闘技場の優勝者になってもケガは治せないぞ」
「ケガは治せなくても、県大会の日程を変えることは出来るはずだよ。そういうことが出来るのが、あの闘技場なんだよね?」
「…………」
きっと可能だ。県大会の日程をずらすことくらい造作もないだろう。
「……決闘に負けたら目黒の“想い”は消えるって分かってるのか?」
「もともと出られない予定の県大会だもん。“想い”が消えたところで何ともないよ」
「県大会に出たいって意欲も、出られない悔しさも、全部消えちゃうんだぞ。そんなリスクを負わないで、その気持ちを次回に活かした方が……」
「相馬君は勘違いをしてるよ」
目黒は少しも引き下がる気を感じさせない力強い眼差しを向けてきた。
「私は、負けるつもりなんてない!」
目黒は自身のネクタイを、しわが付くほど強く握りしめた。
「他人の“想い”を奪う闘技場のことを、私は善いものだとは思ってない。大っ嫌い。だけどこれしか方法が無いの。だから、私は……他人の“想い”を踏み台にする最低で卑劣な闘技者になった。私の“想い”のために!」
目黒は今でも闘技場のことを善くは思っておらず、それでも闘技場にすがるしか方法が無かった。だから自分の嫌悪感を捻じ伏せてでも闘技者になることを選んだ。
自分の行ないは最低だと思いつつ、その道を進む。様々な感情が入り乱れる決断だっただろう。そして他の感情を捻じ伏せるほどに、目黒の“想い”は強い。
「自分を正当化するつもりはないよ。私は自分勝手に戦う。他人を蹴落として自分の“想い”を叶えるために」
俺は何を言えばいいのか分からず、目黒の目を見つめ返すことしか出来なかった。俺が何を言っても発言を撤回してはくれないだろう、覚悟の決まった目を。
「……ということで、今日決闘してくれない?」
いきなり目黒が軽い調子に口調を変えて、再度決闘を申し込んできた。
「私には時間が無いから、今日から毎日戦うつもりなんだ」
目黒が出る予定だった県大会は来週末だ。何回戦ったら優勝者になれるのかは分からないが、毎日戦うくらいのスケジュールで決闘をしないと間に合わないのだろう。
「今日は歓迎パーティーが……」
「その後で戦おうよ。今日の七時からなら闘技場が空いてるんだって」
目黒はすでに闘技場の空き状況も確認しているらしい。本気で俺と戦うつもりのようだ。
「お願い、相馬君。私を助けると思って、決闘して」
「……助けると思って、って言われても、俺だって負けられないんだ。目黒が相手だとしても、手加減は出来ない」
「私、言ったよね。手加減なんていらないよ。全力でやり合おう」
俺が頷くと、目黒はすぐにスマートフォンで電話をかけた。具現者に闘技場の予約を頼んでいるのだろう。
どうやら俺は、本当に目黒と戦わなくてはならないようだ。




