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「……なあ。俺が阿佐美を解放しようとしてることが闘技場側にバレたら、俺は闘技場に消されるのかな? 闘技場は命のやりとりをするような団体なんだろ?」
「それはないわね。あたしにそれほどの価値は無いから」
「え? 阿佐美は具現者で、理事長の娘なんだよな?」
「…………闘技場が闘技者を殺すことはないわ。メリットが無いもの」
阿佐美は俺の質問に明言はしなかった。阿佐美の性格から考えて、理事長に大事にされているならそのことを誇るだろう。つまり、そういうことだ。
「闘技者を殺す可能性があるのは、対戦相手か賭博で大負けした人よ」
「観客にも敵がいるのかよ」
「問題を起こさないような観客だけが賭博に参加しているはずだから、基本的には安全よ。でもたまにいるのよね、馬鹿な観客が」
いくら万全を期しても、例外はあるということだろう。闘技場に限らずどんなものにも例外はある。これに関しては仕方がないことかもしれない。
「それで? ボディガードの話をするためだけに、わざわざ公園に来たわけじゃないんだろ?」
「まあね。話が無かったら、あんたと一緒に公園なんてごめんだもの」
阿佐美が言わなくてもいいことを言った。
前々から思っていたが、阿佐美は余計な一言を加えないと会話が出来ないのだろうか。
「阿佐美っていちいち口が悪いよな。目黒みたいに柔和な方が、みんなに愛されると思うぞ」
「……あんた、それ本気で言っているの?」
俺の言葉を聞いた阿佐美が、急に軽蔑したような視線を向けてきた。
「失礼過ぎるって言いたいのか?」
「いいえ。あんたの目があまりにも節穴だから呆れただけ。本来ならあたしが口出しをするようなことじゃないけれど、さすがに見兼ねたから言わせてもらおうかしら」
「節穴って何がだよ」
「あんた、目黒さんのことがまるで見えていないわ」
目黒のことで、俺の目が節穴?
意味が分からず首を傾げると、阿佐美が大きな溜息を吐いた。
「あんた、目黒さんがみんなに愛されているって、それ本気で思っているわけ?」
「思ってるもなにも、事実だろ?」
「これだからあんたの目は節穴だって言っているのよ」
阿佐美は、目黒がみんなから嫌われているとでも言いたいのだろうか……そんなわけはない。今日だって車いすで登校した目黒のことを心配した女子たちが目黒に群がっていた。
「あんたが何を言いたいのかは分かるわ。でもね、目に見えることだけが真実ではないのよ」
「でも目黒は、昔と違っていじめられなくなったって……」
「ええ、いじめられてはいないわね。成長するにつれて、可愛い目黒さんをいじめる女子は目黒さんを僻むブスだ、って風潮になったから。男子にブス呼ばわりされることを避けたい女子は、目黒さんをいじめることをやめた。そして目黒さんと仲良く見えるように振る舞うことで、男子からの好感度を手に入れようとし始めた」
目黒とクラスの女子は、仲良く見えるだけで本当は仲良くない……?
考えてみると、目黒はいつも俺や仁部と一緒にいる。クラスの女子とも会話はするものの、特別仲の良さそうな女子はいない。
「クラスの女子が目黒さんと仲が良いフリをするのは自身の好感度を上げるためで、実際に目黒さんと仲良しなわけではないのよ。目黒さんと本当に仲良くなったら、今度は自分がいじめられる可能性があるもの。可愛い目黒さん以外をいじめたところで、僻みとは言われないでしょうからね」
この話が本当かどうかは分からないが、本当だとしたらあまりにもドロドロした話だ。
「このことを、目黒は……」
「知っているでしょうね。ストレスで色を識別できなくなっているんだから、知らないわけがないわ」
「色を、識別できない……?」
「本当にあんたの目は節穴ね。そんなことにも気付いていなかったの?」
言われてみると、思い当たるものがある。
茶色だらけの弁当だ。
しかしこれは色が識別できていない決定的な証拠にはならない。茶色いものは美味しいから、彩りを無視して味を重視した結果の可能性もある。
「でも目黒はそんなこと一言も……」
「あの子、助けを求めるのが苦手なんじゃない? 過去に助けを求めても何も変わらなかった経験があるから」
確かに俺がバス停で目黒と会ったとき、目黒はそう言っていた。
阿佐美はこの町に住んでいるから、目黒がいじめられていた頃からの事情を知っているのだろう。
「あんたさ、正義を振りかざすのは構わないけれど、ちゃんと相手のことを見ているの? 相手の事情を知ろうともしないで自分の正義を振りかざすのは、自己満足以外の何物でもないわよ」
痛いところを突かれた。
今の阿佐美の話が事実だとしたら、俺は目黒を取り巻く悪意にまったく気付いていなかった。
……正義のヒーローが、聞いて呆れる。




