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「……で、それの何が問題なんですか?」
「へ?」
仁部の言葉に驚くと、仁部は俺が驚いたことに驚いているようだった。
「だって沢村先輩に付きまとわれなくなったんでしょう? 目黒さんは嬉しいと思いますけど」
それはその通りだ。沢村が目黒に対する興味を失ったことは、沢村のストーカー行為に悩んでいた目黒にとっては朗報だろう。
しかし、それでもスッキリしないものがある。
「そうかもしれないけど……でも、この決着のつけ方は正しくない気がする。第三者である俺が、誰かを好きな気持ちを奪うなんて」
そんなことは傲慢だ。
もしかすると、“想い”の力で誰かの心を操ろうとしている理事長と、俺は同じことをしているのではないだろうか。そんな考えが頭をよぎってしまう。
「別に堀田君が思いつめるようなことじゃないと思いますよ」
ぐるぐると悪い考えが頭の中で回り続ける俺に、仁部が軽い調子で言った。
「堀田君は沢村先輩と正々堂々戦ったんでしょう? 闘技場以外でも、負けた者が夢を諦めるのは普通のことです」
「そう、なのかな」
「受験だってスポーツだってそうです。正々堂々戦って負けた者は、この大学に通いたい、全国大会に出たい、という願いを諦めなくてはなりません。それが競争社会です」
仁部の言う通り、競争とはそういうものだ。勝つ者がいるなら負ける者も当然いる。勝負に負けた者は、願いを諦めるしかない。
だけどそれは自らの意志で諦めるべきで、他人が力づくで諦めさせるものではない気がする。負けを受け入れて納得するのは、他でもない本人がするべき行為だ。自分の想いには、自分で向き合わないといけないはずなのだ。それに。
「敗北に自分で折り合いを付けた場合は翌年また頑張ることも出来るはずなのに、闘技場で“想い”を失った場合は……」
「堀田君は難しく考え過ぎです。今年の試験や大会があるなら、誰だって今年勝つ願いを持つはずです。闘技場で負けて失うのは、目の前の試験や大会への“想い”ですよ。翌年の大会が発表されたら、また頑張ろうと思うはずです。そうやって新たな“想い”が発生するんだと思います」
「う、うーん……」
仁部の言う通り、俺は難しく考え過ぎなのだろうか。
決闘をするからには、勝負に負けたら“想い”が消えることは当然だと割り切るべきなのだろうか。
最初は俺もそれが当然だと思っていたが、実際に自分の想いをすんなりと消す仁部や沢村を見てしまうと、考えが揺らぐ。
今なら目黒が闘技場を毛嫌いする理由も分かる気がする。自分の想いは自分だけのもののはずなのに、それを他人が奪うなんて、と。
「仁部は平気なのか? 仁部から“想い”を奪った俺が聞くことじゃないけど……」
「僕は保険をかけずに大学受験に挑もうと思ってます。正直、願いがあれでラッキーでした。国立大学への想いは残ってるみたいですから」
どうやら仁部の願いは『国立大学に合格すること』ではなく『大学受験時に不測の事態が起こった場合でも合格すること』と判断されたらしい。そのため国立大学にかける想いは失わなかったようだ。
「正直、何をしてでも合格したいというほどの情熱は消えてしまった気もしますが、普通に合格したいとは思ってますよ」
「仁部の謙虚さが功を奏した形だな」
謙虚なおかげでハッピーエンドを手に入れた『はなさかじいさん』や『舌切りすずめ』の昔話を思い出していると、仁部が不安そうな顔をしていることに気付いた。
「あの。そんなことはどうでもいいんですけど、目黒さんはケガをしたんですか? 今日休んでるのもそのせいですか?」
昨日の剣道部での出来事を知らない仁部が、空席のままの目黒の机を眺めた。
「目黒が登校してないのがケガのせいかは分からない。でもケガが原因で発熱を起こすこともあるから、その可能性は高いな。あとは精神的に登校できる状態じゃないか……」
昨日の今日で目黒がケガを受け入れられるかは分からない。平時ならともかく、今は県大会前だ。全てが嫌になって家に引きこもっていても不思議ではない。
「放課後に目黒さんの家にお見舞いに行きますか? もちろん目黒さんが面会を嫌がったら、言伝だけを残して帰ることにはなりますが」
「仁部は目黒の家を知ってるのか?」
「知ってますよ。目黒さんの家は僕の家と近所なんです。ただし、都会で言う近所よりは距離的に離れてるでしょうけど」
今日、目黒のお見舞いに行くのは……どうだろう。
目黒はまだ、そっとしておいてほしいかもしれない。しかし逆に誰かが見舞いに来ることで、気分が明るくなる可能性もある。目黒がどっちの状態かは俺には分からない。
どうするのが正解だろう。




