●36
「それよりも、リングから下りないの? ここにいたら痛いままでしょ」
言われてハッとした。どういう仕組みかは分からないが、リングから下りれば俺のケガは無かったことになるのだ。
痛む腹を押さえながら、阿佐美とともにリングを下りる。
すると腹の痛みがスッと消えていった。痛みと同時にあった吐き気も無くなっている。
「なんだこれ。すごいな」
「注意をしておくと、この回復は万能じゃないわよ。あんたは殴られただけだから素直にすごいと感じるんだろうけれど、傷によって出来たトラウマまでは消せないから。身体は回復したとしても恐怖心から戦えなくなる闘技者は多い。ケガはしないに限るわ」
「治るからって自らケガをするような真似はしないから安心してくれ」
「…………ううっ」
苦しそうな呻き声が聞こえたためそちらに目を向けると、リングの外に運び出された沢村が起き上がるところだった。ケガは無くなっているようだが、沢村は痛そうに肩を押さえている。
「俺は……負けたのか」
ぼそりと呟く沢村に近づき、会話を試みる。
「お前、くそっ!」
「正々堂々戦った結果だ。受け入れろ」
「ふん。あれで正々堂々か。姑息な武器を使いやがって。純粋な殴り合いなら俺が勝ってた」
当然だ。体格が良くてボクシングもやっている沢村に、俺が純粋な殴り合いで勝てるはずがない。
それが分かっていて、誰が殴り合いなんてするもんか。
「最初からお前の拳が当たったらヤバいと思ってた。二度と戦いたくない相手だ」
「結局、ため口かよ。先輩である俺には敬語を使えよ」
「お前が尊敬できる先輩になってくれたら使うよ」
「……生意気なやつ」
沢村は俺のことをにらみつけたものの、体調が万全ではないのか立ち上がることは出来ないようだった。血は一滴も流れていないから実際にケガをしているわけではなさそうだが、斬られた感覚が残っているのだろうか。
「……沢村。最後に言いたいことがあるんだ」
「俺のことを馬鹿にするつもりか?」
「違う。目黒がケガをしたんだ」
闘技場から去る前に、沢村に告げた。
目黒の話を出して、沢村がどういう反応を見せるか気になったからだ。まだ目黒に執着しているようなら、今後も沢村には目を光らせる必要がある。
「だから? 俺には関係ねえ話だろ」
「……そうだな」
沢村に嘘を吐いている様子は無い。
目黒のストーカー問題は、完全に解決したと思っていいだろう。




