●35
「やったじゃない!」
リング上で放心していると、いつの間にか阿佐美が隣に立っていた。
「あんたならやれると思っていたわよ、マジで!」
阿佐美は興奮した様子で俺の背中をバシバシと叩いてくる。やれると思っていたと言いつつ、阿佐美は俺と沢村の決闘の結果に対する驚きが隠せていない。
「その割に驚いてるように見えるのは、俺の気のせいか?」
「そりゃあ驚きはしたわよ。まさか完全勝利をするとは思っていなかったもの。相打ちで判定まで持ち込んで何とか勝利するくらいかな、とばかり」
俺は相打ちになると思われていたのか。
確かに俺自身、ボクシングをやっていて好戦的な沢村相手にここまでの勝利を収めることが出来るとは思っていなかった。殴られた腹は痛いが、痛いだけだ。
「判定までもつれてはないけど、完全勝利でもないな。強烈な一撃をもらってるし、それに沢村が俺のことを嬲ろうとしてなかったら確実にやられてた。殴られてふらついてる間に追加の拳を何発も食らってたら、勝敗は違ったはずだ」
「もしもの話をしてどうするのよ。ここには沢村があんたを嬲ろうとして負けた事実があるだけよ。そして、あんたは勝った」
俺は沢村に勝った。
なんだかあまり現実味がない。
「……俺、勝ったんだよな? イマイチ実感が湧かないかも。粉砕骨折や内臓破裂くらいは覚悟してたのに」
「はあ!? 覚悟が決まりすぎよ!? え、そんな覚悟をしていたの?」
「沢村が俺相手に手加減してくれるとは思わなかったからな。俺、沢村に嫌われてるし」
「ああ……嫌われてはいるわね、うん」
阿佐美が苦笑しながら肯定した。
俺の主観だけではなく、誰が見ても沢村は俺のことが嫌いに見えるようだ。ということは、やっぱり俺はリング上で沢村に酷い目に遭わされるところだったらしい。
無事に勝てて良かった。本当に良かった!!
「思っていたよりも、あいつが見かけ倒しだった……だけじゃないわね。今回は贔屓目無しにあんたが強かったわ。なによ、あの天秤。便利すぎじゃない!?」
阿佐美が、俺の“想い”の武器を絶賛した。
たくさんの闘技者を見てきた阿佐美の目から見ても、あの天秤は便利な武器に見えているらしい。
しかしあの天秤は俺自身の“想い”の武器ではあるものの、何が起こっていたのかはよく分からなかった。俺には天秤が勝手に沢村を捕まえてくれたように見えたが、リングの外から見ていた阿佐美の目にはどう映っていたのだろう。
「なあ、阿佐美。この試合で何が起こってたのか分かるか?」
「はあ? 自分で分かっていてやったことじゃないの?」
「正直なところ、何が起こったのか分からない。気付いたら天秤が勝手に沢村を捕らえてくれてたんだ」
そのおかげで簡単に勝つことが出来た。天秤さまさまだ。
「ふーん。無意識だったのね」
無意識?
天秤が勝手にやったことではなく、俺も何かをしたのだろうか。特別何かをした記憶は無いのだが……。
阿佐美は俺の顔を見つめつつ、決闘の内容を説明してくれた。
「あんたが沢村を悪だと断じた瞬間に、空から分銅が降ってきた。それが天秤の片側の皿の上に溜まっていったの。分銅は決闘中、二回降ってきたわ」
最後はしっかりと確認したが、その前に目の端でとらえたのも、空から分銅が落ちてくるところだったらしい。俺への攻撃ではなかったから無視していたが、俺への攻撃どころか、俺の武器による沢村への攻撃の布石だったとは。
「そして分銅の重さによって天秤が完全に傾いた瞬間、鎖が沢村を捕らえたの。あの天秤は、あんたの正義に反応する武器なのかもしれないわね」
「俺の正義に反応する武器……?」
確かに俺は決闘中、沢村のことを悪だと考えた。
これは仁部との決闘では考えなかったことだ。
仁部の願いは俺には理解の出来ないものだったが、決して仁部のことを悪だとは思わなかった。仁部との決闘に正義も悪も無く、ただ二人の闘技者が己の願いのために戦っただけだった。
これは今回の決闘との大きな違いだ。
「……相手のことを悪だと思うと、分銅が落ちてくる仕組みなのか」
「だとしたら、かなり強い武器よね」
「そうか?」
対戦相手が沢村のようなやつの場合にしか発動しないのなら、使い勝手は悪い気がする。実際に仁部との決闘では天秤は一切発動しなかった。
「相手依存の武器は、使い勝手が良いとは言えないだろ」
「相手依存ではないはずよ。だってあんたが悪だと思ったら、鎖が相手を捕らえてくれるんでしょ? 本当に悪かどうかは関係なくて、あくまでもあんたが悪だと思うだけでいい。こんなに便利な武器もなかなか無いわ」
「実際に相手が悪かどうかは関係なく、俺の主観で悪だと思ったら捕らえる……それってかなり独善的じゃないか?」
俺の匙加減ひとつで正義と悪が決まるなんて、公平性がまるで無い。独裁者にでもなった気分だ。
「もともと正義なんて独善的なものでしょ」
自分の武器に嫌悪感を抱き始めた俺に、阿佐美がけろりとした顔で言った。




