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決闘開始のドラが鳴らされた途端に沢村が間合いを詰めてきた。やはり速攻を狙う闘技者は多いようだ。剣で沢村の拳を牽制する。
沢村の間合いを許してはならない。そこまで近付かれたら完全に俺の不利になる。
この決闘は、沢村に接近されるか、その前に俺が沢村を制圧できるかで勝敗が決まるはずだ。
いったん距離を取り、両者体勢を立て直す。
「告白してフラれたなら潔く諦めるべきだろ」
臨戦体制は崩さずに、沢村に揺さぶりをかける。
「俺の“想い”は簡単に諦められるほど軽くねえんだよ!」
「それなら自分を磨いて出直せばいいだろ。付きまとって相手を不快な気持ちにさせてどうするんだよ。好きな相手なんだろ!? 自分が良くないことをしてるって分からないのか!?」
「うるせえよ!」
沢村は目黒のことが好きだと言いながら、目黒の気持ちを全く考えていない。目黒は分かりやすく困っていると伝えているのに、沢村はそれを無視している。目黒の気持ちを無視して、目黒と付き合いたいと自分の気持ちを押し付けるばかりだ。
「そんな関係は健全じゃない。そんなのは悪だ」
その瞬間、何かが空から降ってきた。
しかし俺に対する攻撃ではないようだ。沢村から目を離さずに「それ」が、俺から離れた位置に落下したことを目の端で確認する。
「隙ありっ!」
俺の意識が自分から逸れたことに気付いた沢村が、仕掛けてきた。
すぐに沢村の右の拳を剣で防ごうとしたが、これはフェイントだったらしく、沢村は攻撃をする代わりに一気に間合いを詰めた。初めから沢村の狙いは攻撃ではなく、間合いを詰めることだったらしい。
そして間合いを詰めたタイミングで、今度こそ攻撃を繰り出した。
間合いを取るべく急いで飛び退いたが、沢村の左拳は俺の腹に強烈な一撃を打ち込んだ。
「うぐっ!?」
「チッ、避けられたか」
あまりの衝撃に呻き声を上げたが、沢村は不満そうだ。今の攻撃は沢村の意図するものよりも威力が弱まっていたらしい。
…………これで?
「かはっ、けほっ」
俺の腹は今もじんじんと痛んでいる。強打されたことで吐き気もする。もし沢村の本気の拳が芯をとらえたら、あばら骨が折れても不思議ではない。
俺はさらに沢村から飛び退いて、しっかりと間合いを取った。
「弱っちいやつはすぐ逃げるから厄介だよなあ。だが、いつまで逃げられるかなあ?」
沢村は俺のことを嬲ってからトドメを刺すつもりなのか、すぐに次の攻撃を打ち込んではこなかった。狩りを楽しんでいるかのように、舌なめずりをしている。
沢村が次の攻撃を繰り出す前にこっちが攻撃に転じたいが、不用意に近づいたらカウンターを食らう可能性がある。焦りは禁物だ。今は防戦一方でも、最終的に勝てばいいんだ。
「……おっ、おい沢村!」
大丈夫だ。少しむせたが、声を出すことは出来る。声を出すたびに腹のあたりが痛むが、我慢できるレベルだ。
苦しそうな俺の声を聞いた沢村は、明らかに馬鹿にした調子で返事をした。
「おうおう、お喋りで時間稼ぎか? 卑怯者の考えそうなことだ」
「違う。お前には言わないといけないことがある!」
「何だよ。降参とでも言うつもりか? 俺はまだまだ殴り足りねえんだけど!?」
余裕の表情でシャドーボクシングをする沢村相手に、声を張り上げる。
「お前、自分の気持ちばっかりで、目黒の迷惑は考えないのかよ! 好きな相手には幸せになってほしいものじゃないのかよ!?」
目黒はあんなに嫌がっているのに。それなのに沢村は自分の気持ちを押し付けるばかりで、目黒に嫌な思いをさせることには躊躇が無い。そんなものは、愛とは呼べないはずだ。
「俺と付き合えば幸せになるんだよ」
「目黒はそう思わないから、お前の告白を断ってるんだろ!」
「それはまだ俺と付き合ってねえからだ! 付き合えば俺がどれだけイイ男か分かるはずなんだよ!」
駄目だ。
沢村はあまりにも自分本位で、目黒の気持ちを置いてけぼりにしている。これではたとえ付き合ったとしても、目黒が幸せになれるわけがない。
沢村は目黒の幸せではなく、自分の幸せばかりを追い求めているのだから。
「嫌がってる目黒を無理やり恋人にしようとしてる時点で、目黒の幸せは考えてないだろ。お前が考えてるのは自分の幸せだけだ。お前は自分だけが可愛いんだろ!?」
「部外者のくせにごちゃごちゃうるせえんだよ!」
「部外者の俺でも、目黒がお前のことを嫌がっていて、その目黒をお前が無理やり恋人にしようとしてることは分かる。そんなのは、悪だ!!」
俺がそう言い切った瞬間、空から分銅が降ってきた。
「え? なんで分銅が降ってくるんだ?」
降ってきた分銅は地面に置かれていた天秤の片側の皿に落ち、それにより天秤は一気に傾き……持ち上がった皿が飛んだ。そして皿についていた鎖がものすごい早さでどんどん伸びていく。
「うわっ、何だこれ!?」
伸びた鎖が沢村に巻きついた。そして鎖に全身を拘束された沢村は、身動きの取れない状態になった。
「こんなものーっ!」
沢村は力で鎖を引きちぎろうとしているが、もがくほどに鎖は沢村を締め付ける。
「おい! 罠を使うなんて卑怯者のすることだぞ!?」
予想外の出来事を呆然と眺めていた俺に向かって沢村が叫ぶ。
「決闘に卑怯も何も無い。何をしてでも勝つのが決闘だ。そのことを理解してなかったお前の負けだ!」
沢村の叫びでハッとした俺は、勝ち誇ったように言い放つ。
実際は俺も天秤の使い方を理解しておらず、偶然沢村を捕らえたに過ぎないが、俺の意志でやったかのように虚勢を張ってみた。あれは俺の“想い”が作り出した武器だから、天秤が勝手にやったことではあるが、俺の攻撃と言っても過言ではないはずだ。たぶん。
「こんのおおおーーーっ!!」
沢村は全力で鎖を引きちぎりにかかった。このままでは鎖が切れるのは時間の問題だろう。
だが、俺にはもう一つの武器がある。
「覚悟ッ!」
俺は痛む腹を無視して拳に力を込めると、沢村の肩を目掛けて剣を振り下ろした。剣はスッと沢村の肩を切り裂き胸まで到達する。
リング上でのケガはリングを下りたら反映されないとは分かりつつも、人を斬ったことで胃からせり上がってくるものを感じた。
だが今、吐くわけにはいかない。せり上がった胃液を飲み込んで堪える。
「ぐがっ……ああ……あ…………」
沢村が動かなくなると同時に、勝敗を告げるドラが鳴らされた。




