●32
剣道部は今日も精力的に活動をしている。
その中で男子部員は四人。今のままでも団体戦に出場することは可能だが、確定で一人分は不戦敗になるから、もう一人部員が欲しいところだろう。この状態なら、部活に欠席しがちでも入部を認めてもらえるかもしれない。
……いや、どうだろう。
不真面目な部員がいると剣道部全体の士気が下がるから入部は認められないと言われるパターンもありそうだ。
この高校では部活動は兼部が可能とのことだが、剣道部に限っては兼部をしている部員はいないように見える。剣道の道着や防具が、生半可な気持ちで購入するには高価すぎることが原因かもしれない。
それもあって部員全員が剣道に真剣であり、剣道部全体の士気が高い……いや、花林ちゃんだけは少し不真面目だが、彼女はマスコットキャラクターのような扱いをされているから別枠と考えた方が良いだろう。
だから頻繁に闘技場へ行く俺の入部が認められる可能性は、半分くらいかもしれない。
「はあああーーっ、面っ!」
武道場内では、よく通る目黒の声が響いている。
男子剣道部と女子剣道部で分けると部員の数が足りないためか、剣道部は男女混合で成り立っている。その中でも目黒は飛び抜けて剣道が上手い。
昔、剣道道場に通っていた頃は目黒には注目していなかったから、俺が引っ越してから上達したのだろう。
目黒は女子の中では平均くらいだが男子と比べると身体が小さいため、男子部員にはつばぜり合いで押し負けてしまうこともあるが、女子部員に押し負けているところは全く見ない。
女子部員で一番強いのは間違いなく目黒だろう。男子部員で一番強いのは……。
「きゃっ!?」
そのとき、短い悲鳴が聞こえた。
声のする方を見ると、転倒している部員がいた。目黒だ。
目黒を転倒させたのだろう男子部員は、目黒の前でおろおろとしている。
「大丈夫か、目黒!?」
「恵奈先輩、おケガはありませんか!?」
すぐに目黒に駆け寄ると、花林ちゃんも同じように目黒のもとへとやってきた。
「うん、大丈……痛っ!」
立ち上がろうとした目黒は、しかしすぐに膝をついた。
花林ちゃんが目黒の袴をまくって足を確認する。目黒の足首は、もとの細さが嘘のように腫れ上がっていた。
「恵奈先輩、足が腫れてます!」
「……これはヤバイやつかもな」
この早さでこの腫れ方は、素人目にも捻挫は確実だ。骨が折れている可能性もある。
「大丈夫だよ、これくらい」
「待て。立たない方が良い」
立ち上がろうとする目黒の肩を押さえてその場に座らせる。
異変に気付いた他の部員も稽古を止めて目黒の周りに集まってきた。
「誰か、応急処置の冷却スプレーを! あと保健室から氷をもらってきてくれ!」
「分かりました!」
状況判断の早い部員の一人が武道場から走って出て行った。あの様子ならすぐに患部を冷やす氷を持ってきてくれるはずだ。
その間に別の部員が持ってきた救急箱から冷却スプレーを取り出して目黒の足首に吹きかける。冷却スプレーでは患部を長時間冷やすことは出来ないが、氷が到着するまでの一時しのぎにはなる。
不安そうな顔で目黒の手を握る花林ちゃんにも声をかける。
「花林ちゃんには顧問の先生を呼んで来てほしいんだ」
「はいっ。恵奈先輩、足を動かしちゃダメですからねっ」
花林ちゃんも急いで武道場から出て行った。
そして残った女子部員にも声をかける。
「誰か目黒の荷物をまとめて持ってきてくれ。帰ることになるだろうから」
俺の指示を聞いた女子部員がバタバタと女子更衣室へと向かった。
そして俺は目黒の防具を外し、近くにいた男子部員に渡す。男子部員は渡された防具を片付けに向かった。
「相馬君、テキパキしてるね」
「ケガは早く処置するに限るからな」
目黒はボーッと自身の足首を眺めている。目黒の足首は先程よりもさらに腫れ上がっていた。
「捻挫、してるのかな」
「それだけだったらまだいいけど、骨折してる可能性もあるな」
「捻挫は確定かあ」
「そりゃそうだろ。これだけ腫れてるんだから」
腫れ方から考えて、かなり強くひねっているようだ。サポーターで押さえるのではなく、ギプスで固定するレベルだろう。
「……テーピングでガチガチに固めれば、県大会に出られるかな。大会は再来週の日曜なんだ」
「俺は医者じゃないけど、これだけは言える。ちゃんと治さないと捻挫は癖になるから、やめた方が良い」
癖になったら一生、捻挫癖と付き合っていかないといけない。無理せず今、きちんと完治させた方が絶対に良い。
「大会って言っても、実際の試合は数分だけだよ?」
「その数分でどれだけ足に負担がかかると思ってるんだよ。それに骨折もしてるかもしれないだろ」
「……それは、うん」
なおも諦めきれない様子の目黒を諭す。
捻挫した状態で剣道の試合を行なうなんて、無茶もいいところだ。捻挫は悪化するだろうし、そんな状態で試合に出ても勝てるはずがない。対戦相手だって県大会に出場する実力の持ち主なのだから。
「県大会に向けて頑張ってたんだけどなあ」
「目黒なら次回がある。また勝ち進めるに決まってるよ」
「……ありがとう」
目黒は俯くと、またぽつりと呟いた。
「県大会、出たかったなあ」
「俺が引っ越してからも、目黒は真剣に剣道をやってたんだな」
ケガを押してでも大会に出たいと思うほどに、目黒は剣道に真剣だったのだろう。俺が引っ越しによって剣道道場を辞めてからも、きっと目黒は真面目に剣道を続けていた。そうでなければ、こんなに強くはならなかったはずだ。
「……私は、強くなったところを相馬君に見せたかったんだ」
「俺?」
「うん。相馬君のおかげで私が強くなったって、証明したかったの」
「目黒は十分強いよ。俺はもう知ってる」
県大会に出られなくても、目黒が強いことは伝わっている。剣道もそうだし、あの厳つい沢村の告白を断り続けているのも、目黒が強いからこそ出来ることだ。それに幼い目黒がどのようにしていじめから抜け出したのかは分からないが、今では目黒はクラスのみんなと仲良くしている。
そんな目黒が、弱いわけがない。
「相馬君は私のことを買い被りすぎだよ」
「買い被りなんかじゃない。だって目黒は実際に……」
「恵奈先輩、先生を呼んできましたっ」
そのとき、花林ちゃんが顧問の先生を連れて戻ってきた。
顧問の先生は捻挫の状態を確認するとすぐ目黒に家へ電話をかけさせ、途中から電話を代わって目黒の家族に状況を説明し始めた。この話の早さは、きっと武道場に来るまでの間に花林ちゃんが顧問の先生に状況の説明を済ませてくれていたおかげだろう。
「氷をもらって来ました!」
花林ちゃんたちから少し遅れて武道場に戻ってきた部員から氷を受け取り、目黒の足首に当てる。
すぐに俺に代わって花林ちゃんが氷の位置がズレないように押さえてくれた。花林ちゃんはきっと、目黒のために何かをしていないと落ち着かないのだろう。そう思い、俺は氷の固定を花林ちゃんに任せることにした。
「恵奈先輩、足は痛みますか?」
「花林ちゃん…………うっ、うっ」
再び花林ちゃんに手を握られた目黒は、ダムが決壊したように泣き始めた。抑えていた感情が溢れ出したのだろう。
「悔しいですよね。恵奈先輩は誰よりも頑張ってましたから」
「うん……すっごく悔しい……県大会に、出たかった……ぐすっ」
花林ちゃんが、涙の止まらなくなった目黒の背中をさすった。
きっと俺が引っ越してくる前から、この二人には剣道を通じた絆があったのだろう。だから花林ちゃんは俺よりもずっと目黒の無念を理解している。
そして目黒もそのことが分かっているからこそ、俺の前ではなく花林ちゃんの前で泣いたに違いない。
そのことに少しの寂しさを覚えはしたが、同時に目黒が先輩想いの後輩に恵まれたことに安心もした。
「いっぱい泣いてください、恵奈先輩。我慢すると身体に毒ですから」
「ありがとう、花林ちゃん……ぐすっ、うっ、うっ」
花林ちゃんは後輩のはずなのに、まるで姉のように目黒のことを慰めている。県大会前のケガという悲劇の中、それだけが、二人の絆だけが、唯一の救いだ。




