●30
「欲望で出来た場所って……闘技者が願いを叶えるために戦うからか? それとも観客が闘技者で賭けをするから?」
阿佐美にあわせて俺も声を小さくしながら尋ねた。
言われてみると、闘技者も観客も、どちらも欲望にまみれている気がする。だからと言って俺は嫌悪感を抱きはしないが。だってどちらも自分の欲を満たすためにリスクを負っているから。
とはいえ、合法か違法かの話をするのであれば、あの闘技場は違法だろう。
しかし阿佐美の答えは、俺の予想とは違うものだった。
「それもあるけれど、一番は父の欲望。あの闘技場は、父のためだけに作られたものなのよ」
「金持ちの道楽ってことか? 戦いが観たいとかで……」
「あたしの説明をもう忘れたの? 父に願いを叶えてもらう優勝者は、代わりに“想い”の武器を父に差し出すの」
決闘を続けていって、武器に規定量の“想い”を乗せることの出来た者は、闘技場の優勝者として願いを叶えてもらえる。
阿佐美からはそのように説明を受けていたし、仁部も沢村もその認識で闘技者になっていた。俺もそれが闘技場のシステムだと認識している。
しかしどうして今、その話を持ち出すのだろう。
「それの何が悪いんだ? “想い”の武器と引き換えに、何でも願いを叶えてもらえるんだろ。闘技者が嬉しいだけのシステムだと思うけど」
「あんたもまんまと騙されているのね」
騙されているとは何の話だ?と思ったところで、阿佐美が闘技場の敗者に課せられるルールを曖昧にしか教えてくれていなかったことを思い出した。
「決闘に負けると敗者の“想い”が消えることは、仁部に教えてもらったぞ。阿佐美は『敗者の“想い”が勝者の武器に乗る』って曖昧にしか教えてくれなかったけど」
俺が若干非難めいた口調で言うと、阿佐美が肩をすくめた。
「その話を聞いた上て、優勝者のやることに疑問を抱かなかったわけ?」
はて。疑問とは何のことだろう。
優勝したらどんな願いでも叶えてもらえるというのは、さすがにあり得ないということか?
しかし闘技場の関係者である花林ちゃんがこれを肯定していたから、ほぼどんな願いでも叶えてもらえるはずだ。花林ちゃんが優勝者の願いの話をしたときの状況から考えて、花林ちゃんが嘘を吐いているとは考えにくい。
では、優勝者のやることに関する疑問とは?
阿佐美の言う疑問に思い至らない俺に、阿佐美が告げた。
「“想い”の武器を父に差し出すときには、敗者が勝者に“想い”を乗せるのと同じことが起こるわ」
“想い”の武器を差し出すことで、敗者に起こるのと同じことが優勝者にも起こる……。
「優勝したのに、敗者みたいに“想い”が消えるってことか!?」
せっかく想いを叶えてもらえるのに、そんなのはあんまりだ。
「ご明察。武器として差し出した“想い”は本人に返ってこないのだから、当然の結果よね。だから優勝者になって願いを叶えてもらっても、イマイチ嬉しくはないのよ。“想い”が消えているんだもの」
「本末転倒じゃないか」
「だから普段は闘技者にこの話はしないわ。決闘をやめると言われかねないもの」
それはそうだろう。俺だってハメられた気分だ。頑張って戦って優勝しても、結局は“想い”を失ってしまうなんて。
…………んっ!?
「ちょっと待て。優勝者になったら“想い”の武器と引き換えに願いを叶えてもらう。そして想い……願いは消える」
「そう言っているじゃない」
「それ、どうにかならないのか!?」
まずい。これはものすごくまずい。
「どうにかって何よ。あんたの願いはあたしを解放することでしょ。願いが叶ったら、そんな“想い”は消えても良くない? その頃には、あたしは解放されているんだから」
俺の願いが阿佐美を解放することなら、その通りだ。
しかしそうではないかもしれないと、判明してしまった。
「俺の願いは阿佐美を解放することじゃないかもしれないんだ」




