●29
「阿佐美、朝から申し訳ないんだけど……」
朝のホームルームが終わり、一時間目の先生が来る前に隣の席の阿佐美に頭を下げる。毎日のことだから慣れたものだ。
「今日も教科書を見せてくれ」
「あんたの教科書はまだ届かないわけ?」
阿佐美が嫌そうな顔をするのもいつものことだ。もはや朝のルーティーンと化している。
「そろそろ届くはずなんだけど、まだ来てない」
「毎回教科書を貸す方の身にもなりなさいよね」
文句を言いながら阿佐美が一時間目の授業を確認して教科書を取り出す。そしてその教科書を阿佐美と俺の机の真ん中に置く。
「何だかんだ言って毎回貸してくれるよな。阿佐美って気が強いから誤解されやすいけど、実はいいやつだろ?」
「はあ!? 勘違いしないでよね。先生に頼まれたから貸しているだけよ。別に貸したくて貸しているわけじゃないんだから!」
機嫌を損ねた阿佐美は、真ん中に置いた教科書を回収して自身の机に置き直した。
「あれ。貸してくれないのか?」
「あんたは気軽に借り過ぎなのよ。もっと教科書を貸してあげているあたしに、敬意を払いなさい」
それはそうかもしれないと思い、阿佐美を拝むポーズをする。
「いつもありがとうございます、阿佐美鏡花様。今日も愚かな私めに高貴な阿佐美様の教科書を貸しては頂けないでしょうか」
「それでいいのよ。毎回その態度を心がけなさいよね!」
俺の態度に満足したらしい阿佐美が、再び教科書を真ん中に置いた。
なんだか、だんだん阿佐美の扱い方が分かってきた気がする。
「そんなことより、今日はあいつとの決闘だけれど、体調は万全?」
「校内では俺と話さないとか言ってなかったか?」
「必要な話はするわよ。仲良しごっこはしないってだけ」
「なるほど」
確かに阿佐美は校内で俺と仲良くしようとはしない。というより、クラスの誰とも仲良くしていない。
昼になると一人でどこかへ行ってしまうし、放課後にはとっとと教室を出て行く。部活動をしている様子も無いから、速攻で家に帰っているか、決闘のある日はどこかで時間を潰しているのだろう。
「それで? 体調はどうなのよ」
阿佐美が再度尋ねる。
「問題ないよ」
「それならよかった。決闘開始から十分経過するまでに闘技場に来ないと、不戦勝であいつの勝ちになるんだから、絶対に来なさいよ。来なかったら許さないから」
阿佐美が俺のことをにらみつけながら言った。
「なんでそんなに喧嘩腰なんだよ。俺たちは相棒だろ」
「優しくするのは最初の一回だけ。あたしはいつもこのスタンスでやっているわ」
「誰にでもこんなにツンツンしてるのかよ」
「悪い?」
ここまでツンツンしているところを見せられると、にこやかに対応する阿佐美は想像もつかない。だがコミュニケーションの基本は笑顔だ。ツンツンしていては、本来仲良くなれるはずの相手とも仲良くなることが出来ない。
「他人との接し方は阿佐美の好きにすればいいと思うけど、もっと柔和に接した方が良好な関係性が築けると思うぞ」
「余計なお世話よ。あたしは人間が嫌いなの」
オブラートに包んだアドバイスは、阿佐美によってズバッと切り捨てられた。
「人間って、ずいぶんと大きな括りで語るんだな」
「人間は他の動物と比べて欲深すぎるのよ。人によって欲の大小はあるけれど、誰も彼も欲深いわ」
ここで阿佐美は声を潜めた。
「あの闘技場は、人間の欲望で出来た場所よ」




