タイトル未定2026/02/14 13:18
あの男の話をその実家に聞きに行った。門前払いされてようやく俺がここまで嫌われている事に気が付けた。俺はどうにもあの男からの信頼は高かった。しかし、それ故にやはりその周りに酷く嫌われているようだ。仕方がなく今木製の立派な門の足元に座り込んで、さて、どうしたものかと膝を抱えている。久しぶりに土の上に座った。暑い季節にしては冷たい砂利が固く俺を拒絶する。風が吹く度に青々茂った雑草が無意味に揺れて、俺の頭の中をあっさり満たした。胸ポケットにある無愛想な白い便箋を取り出してそのザラザラとした手触りを感じる。
何が深い信念を持って生きている訳ではない。だからこれはきっと何かの寄り道なのだろうと思う。目的はないし、ただ気が向いたとしか言いようがないのだ。晴れた空にいくつか小さな雲が浮かんでいて、それはそれで夏らしいなと思った。
次の日がくる。俺は特に変わらず、また昨日座り込んだ門の前に来て、やはり木製の乾いた音を響かせた。昨日とは打って変わって、今度は怒号すらなく静かな様子だ。またやっぱり静かに座り込んで、今日は曇った小さな空を見上げることしか出来ない。
次の日も、次の日も、動物の習性みたいに戸を叩いては座り込んだ。返事はなく、なんの変化もない中で俺は相も変わらず空を見上げる。いつの間にか白い便箋は持ち歩かなくなって、家のどこかに置いてきてしまった。
聞きに来た、とは言ったが、俺はあの男について何を聞こうとも考えていない。あの男の気性を何一つ掴めていないのだ。俺とあの男の間に微かに結ばれた縁というのはたった一言で説明するにはあまりに複雑すぎる。掴みどころのない男という印象しかなかったし、あの男も俺を年に一度か二度見掛ける程度の人間だと思っていただろう。
その関係性が変わったのはたかが二、三週間前の事だった。
「そろそろ引き時なんだ」
テーブルに並んだ酒の向こう側であいつは悲しそうにそういった。二十三、四の男にしては思い詰めている様子だ。
「何とかならないことはない、何があったか知らないけどさ」
「色々あってさ、それで色々考えて、ここらが引き時だと理解したんだよ。どうにかなった先がこれなんだ」
酔っ払い始めて、俺は冷酒を透明なコップに並々溜めていた。それを透かして向こう側に見える湿った木製の机は妙に冷たそうだった。しばらくの沈黙の後、俺はとうとう口にせざるを得なかった。
「お前のそういう所分かんなくって苦手だね」
男は目を丸くして俺を見て、大声で笑う。
「そうか、そうか、それは良いな。やっぱりお前は親友だ」
それから頭の奥の方が焼けるように熱くなった。やつの核心に近付けば近付くほど見えない何かがそれを隠しているようで気に食わない。コップを叩き付けると冷酒は水みたいにあっさり床に机に散らかった。気を使う素振りを見せるのもあの男の形骸的なくだらない取り繕いに見えて腹が立つ。
「外に出やがれ。これから死ぬってんならいいだろう。俺が殺してやる」
ブランコにあいつは座っている。俺は手洗い場で座り込んで声をあげようとする度に喉を塞ぐ吐瀉物を棄てている。視界が揺らいで、その薄ら膜の張った向こう側にいるあいつが届かないほど遠くに感じる。力を込めれば抑え込まれ、遠くのあの男まで声が届かない。あいつはまた、寂しそうな顔をしている。
「僕はさ、お荷物なんだ」
男の声は遠い過去から反響して今に届く。まだそんなことを言っているのだ。胃の奥の深いところから生暖かい中身が飛び出す。
「金がかかって仕方がなくてね。それでもとにかくここまで生きてきた。母さんもさ、僕のことは足手まといだったんだ。愛されてなかったんだよ。お前だって本当は僕の事友達と思っていたことないんだろ。わかるよ。でもさ、僕はそんな周りの世界のこと大切にしたいと思ってたんだ」
近くの砂を握り締めて男に向かって投げつける。体を動かす度に溢れ出す中身が男の言葉を肯定するようで気に食わない。
「それでさ、それでもさ、僕は病で死ぬらしい。そんなのあんまりだ」
膝に手をついてようやく少し身体を持ち上げる。もう何も身体の中に残っていない。嗚咽の中に声をあげる力すらない。
「最後は自分で決めるよ」
俺はもう目も開けられないまま歩き出した。とにかく論理はなくただ殴ってやらなくちゃいけなかった。あいつの名前、残酷なことに苗字しか出てこない。下の名前を聞いたのは本当に遠い過去だった。遠い過去に、いつの間にかなっていた。
長い坂道、自転車を引きながら制服姿のあいつの背中を追っていた。「アイス買おうぜ」なんてこっちを振り向きもしないで言いやがる。無茶言うな、なんて思ったけれど、まぁアイスくらいって初めて寄り道をした。
ようやくブランコに着いて力なく崩れ落ちる。目を開けると俺一人きりになった公園が朝日に照らされ始めていた。
そこからしばらく経って、俺の元に手紙が届いた。白い便箋の無愛想な手紙。返事を書こうにも俺はあの男についてよく知らなかった。
今日も開かない立派な門を背にした。あと二、三日来るかどうかは分からないけれど気が向いている内はある程度続けてみようと思う。




