第65話 滝川一益の逆襲
天正11年(1583年)正月 近江・長浜城
長浜城は、一面の銀世界に包まれていた。
余呉湖から吹き付ける風は刃のように鋭く、城下の家々の軒先には、人の背丈ほどもある氷柱が垂れ下がっている。
父・秀長と私は、囲炉裏の火を囲み、母・お初から届いた懐妊の知らせに、家族の情愛を確かめ合っていた。
しかし、その束の間の平穏は、正月気分の抜けない城内に飛び込んできた一人の男によって、無惨に引き裂かれた。
「申し上げます! 伊勢にて、滝川左近将監一益殿、挙兵にございます!」
広間に飛び込んできたのは、本多俊政であった。
その呼吸は荒く、握りしめた密書は雪解けの水と脂汗で濡れていた。
「何だと? 一益殿が……どういうことだ?」
秀長の顔から、瞬時に「父」の顔が消え、冷徹な「羽柴の副将」の眼光が宿った。
「正月元旦、気を抜いた一瞬の隙を突き、滝川勢は北伊勢にて強襲を開始。羽柴側の亀山城、峰城、関城を瞬く間に落とし、さらには国府城までをその掌中に収めたとのことにございます」
広間に戦慄が走った。
滝川一益
かつて信長から「関東管領」に指名されるほどの権限を与えられ、上野・信濃の荒武者たちを瞬く間に切り従えた名将。
本能寺の変後の混乱で、北条氏に敗れて領国を失い、清洲会議にも参加できなかったことで冷飯を喰わされていた「眠れる獅子」が、ついに牙を剥いたのである。
変事の発生に、急ぎ、評定が開かれた。
集まったのは、上段に秀長、その傍に私。
その前に、桑山重晴、磯野員昌、小堀正次、羽田正親、本多利久・俊政、藤堂高虎ら秀長の家臣団。
その後ろに、春の決戦に備えて長浜に付けられた石田三成、増田長盛、大谷吉継ら奉行衆。
「……流石は、滝川殿よ。やるならば今、という時機を完璧に心得ておる」
父が忌々しげに、しかし隠しきれぬ敬意を込めて地図を睨みつけた。
私は地図を広げ、滝川一益という男の恐ろしさを確認していた。
一益は、単なる猛将ではない。甲賀忍者の流れを汲むとも言われ、調略、鉄砲、忍びの運用、そして何より「速さ」に長けている。
かつて「進むも退くも滝川」と称えられたその采配は、今の羽柴軍にあっても黒田官兵衛殿に匹敵するものだ。
私は地図の北側、今は白一色に染まっている越前の方角を指差した。
「この挙兵は、決して単独の狂気ではありません」
「滝川殿の狙いは、我ら羽柴の主力を伊勢に引きずり出すことでしょう。そして、近江の守備が薄くなったその瞬間、雪を割って柴田修理亮殿が長浜へ雪崩れ込む……典型的な挟撃策」
磯野が、冷静な声で言葉を継いだ。
「左様。滝川殿は、清洲会議以来の屈辱を晴らすため、己を餌にして勝家殿を呼び込もうとしておる」
「勝手知ったる伊勢で火の手を上げ、三ヶ月持ちこたえれば、必ず柴田殿は南へ猛進してくる。そして、美濃の信孝殿もこれに呼応する。織田が誇る智将が仕掛けた策にございますな」
桑山重晴が焦燥を隠さずに現状を確認する。
「滝川殿の蜂起により、羽柴は3方面で敵を抱えることになりました。北の柴田、東の信孝殿、そして南の滝川」
「今回、滝川殿が落とした関、亀山、峰は、近江や大和から伊勢に入るための付け根にあたる地域。ここを放置すれば、安土の背後、ひいては京、大坂まで火が回る恐れがあります」
本多利久が小さく頷き、つぶやいた。
「着いた火は燃え広がる前に消さねばなりませんが、あの滝川殿が簡単に許してくれるとは思えませぬ...」
「長浜の我らが動くわけにはいかん」
腕を組んだまま地図を見つめていた父がはっきりと言った。
その声に迷いはなかった。
長浜は越前からの南下を防ぎ、美濃を牽制する要衝にある。
長浜に秀長軍という羽柴の第二勢力があることで、北と東を抑えることができる。
私は地図から目を離すことなく、父の言葉を補足する。
「もし、我々が伊勢へ足を伸ばした瞬間、美濃の信孝殿が攻めてくるでしょう」
「尾張の信雄殿は北伊勢の滝川殿を恐れて、おそらく自領を離れることはできない。信孝殿は全力で長浜を襲ってくる可能性があります。春の合戦を考えれば、この長浜を落とされるわけにはいかない」
父が大きく頷いて言う。
「秀成の言う通りだ。我らは動揺せず、春に向けて防衛戦を築くことに専念するのだ」
「他に、何か取るべき策があれば、自由に発言せよ」
「よろしいでしょうか」
大谷が末席から声を上げた。
「我らが美濃に目を向けていることを、信孝殿に知らせるべきと考えます。はっきりと言わねばわからぬ者が多い故」
場が笑いに包まれる。
磯野も笑いながら大谷の発言に答えた。
「はっは。お主も言いおるのう。だがそれがよい。勘違いで軽挙妄動されては、こちらが迷惑だ」
父も顔に笑みを浮かべている。
「では安土の筑前様に伝令を出す。北と東のことは長浜にお任せあれと」
「利久、至急伝令の手配を」
「はっ」
利久が頭を下げる。
「羽田、藤堂。そなたらは美濃に噂を流せ。長浜の兵は動かず、美濃が北伊勢の動きに呼応しないか見張っておると。もし連動するようなら再び攻めるつもりだとな」
「大軍に囲まれて降伏した直後だ、北伊勢の優勢を確信するまでは、おいそれとは兵を挙げることはなかろう」
「「承知いたしました」」
羽田と藤堂が頭を下げた。
数日後、安土から届いた秀吉の動きは、まさに私たちが検討した通りのものだった。
『伊勢へ大軍を持って向かう。一益を根こそぎにせん』
秀吉様は、近江の守備を父・秀長と私たち長浜勢に完全に託し、自らの直轄軍に加え、大和、南近江から動員した合わせて五万に及ぶ大軍を率いて、北伊勢へ進軍することを決断した。
「秀成……いよいよ、力と力がぶつかり合う本物の戦が始まるぞ」
父が私の肩を強く叩いた。
父の掌から伝わる熱と重みは、一人の武将「秀成」としての運命が幕を開けたことを告げていた。
史実では、この伊勢挙兵から始まる一連の動乱が、羽柴秀吉の天下を決定づけることになる。
しかし、ここから先は、私が知る歴史をなぞるだけでは足りない。
柴田勝家の猛攻、織田信孝の執念、そして滝川一益の知略。
これら全てを飲み込み、羽柴の将来をより盤石なものにするために、私はこの胸に宿る「知略の欠片」を使い倒すつもりでいた。
一方、伊勢亀山城
吹きつける冷気にさらされながら、一人の男が天守の回廊に立ち、北の空を睨みつけていた。
滝川左近将監一益
かつて織田信長から関東の差配を一切合切任され、「関東管領」とも称された男の頬は、半年前の栄華が嘘のように削げ落ちている。
(……本能寺さえなければ)
忌々しい思いが、胸の奥で黒く渦巻く。
あの変事さえなければ、自分は関東の荒武者たちを束ね、北条を圧し、織田家最大の版図を持つ宿老として君臨していたはずだった。
それがどうだ。上野神流川の戦いで北条に不覚を取り、命からがら伊勢へ逃げ戻ってみれば、清洲では秀吉が、主家を差し置いて天下を差配していた。
清洲会議への出席すら拒まれ、信長公の遺領を切り分けられるのを、ただ指をくわえて見ているしかなかった。
あの時の屈辱を思い出すと、今も呼吸が止まるほど胸が締め付けられる。
「羽柴の猿め……織田の天下を、百姓上がりの貴様にくれてやるくらいなら、この一益、地獄の業火に焼かれる方がましよ」
一益の指が、手すりの欄干をきしりと鳴らす。
今回の挙兵は、単なる意地の暴発ではない。
そこには、歴戦の智将としての冷静な勝算が、氷のように研ぎ澄まされていた。
(羽柴の今の弱点は、広大すぎる戦線にある)
一益は、懐から取り出した畿内周辺の地図を広げた。
正月元旦、誰もが気が抜ける一瞬の隙を突き、畿内と伊勢の要衝にあたる亀山城などの諸城を電光石火の速さで落とした。
かつて「進むも退くも滝川」と謳われた自身の健在を天下に示すのみならず、秀吉に対する強烈な挑発であった。
「修理亮殿……雪解けまで、三ヶ月。貴殿が動けるようになるまで、この一益が伊勢の地を『底なしの沼』に変えてみせよう」
戦略は明確であった。
一益自身が北伊勢の堅城に籠り、羽柴の主力を南へ引きずり出す。
伊勢の地へ数万の大軍を送り込めば、兵糧を消費し、兵が消耗する。
何ヶ月もの間、兵の士気を維持し続けることは難しい。
そして、雪解けの到来とともに、越前の柴田勝家の南下に合わせて、美濃の織田信孝が東から羽柴の本拠を突き崩す。
これが、滝川一益が描いた「羽柴包囲網」の真髄であった。
「殿、 筑前自ら、五万の大軍を率いて伊勢へ進軍を開始したとのことにございます!」
使者の声に、一益の口角が吊り上がった。
「五万か……猿め、まんまと食いついたな。安土を、そして近江を空にしたこと、後悔させてくれるわ」
羽柴の兵を一人でも多く、一日でも長く、この伊勢の泥土に繋ぎ止める。
自らが餌となり、織田を簒奪しようとする男を完膚なきまでに叩き潰す。
「大殿、ご覧あれ。貴殿が育てたこの一益……関東を失い、地位を奪われ、すべてを無くしてなお、この牙だけは折れておりませぬ」
空を見上げれば、伊勢の空を重く垂れ込める雲の向こうに、冬を耐える越前の柴田軍、そして美濃で機会を伺う信孝の影が見えるようだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
稚拙な部分があるかもしれませんが、日々推敲しながら加筆修正していっています。
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