第62話 電撃の美濃攻略 ―信孝の降伏
天正10年(1582年)12月上旬 近江・佐和山城 羽柴秀成
四万の羽柴勢が長浜城の包囲に向かっているとき、
佐和山城の一室では、私と、祖父・磯野員昌、藤堂高虎の三人が地図を囲み、官兵衛殿から聞いた策の全容を説明していた。
「……なるほど。長浜はあくまで『前座』というわけですな」
高虎が、大きな手を顎に当てて呟いた。
続いて、祖父が鋭い眼光を地図に向けたまま言った。
「長浜城主・勝豊殿を調略し、一兵も損じずに開城させる。それが成れば、北近江の憂いは消え、即座に矛先を美濃へ転じることができる。しかし、信孝殿の守る岐阜城は、かつて信長公が天下布武の拠点とした峻険なる城。力攻めは容易ではないぞ」
「お祖父様、その通りです。だからこその『速さ』なのです」
「長浜が落ちたという衝撃が冷めぬうちに岐阜を囲めば、信孝様は孤立無援の恐怖に叩き落とされる。雪に閉ざされた柴田軍は、もはや幻の援軍でしかありません」
私は、自分の考えを整理するように言葉を続けた。
「岐阜城は難攻不落。しかし、城内の兵の心を攻めることは難しくありません」
「三法師様を擁しているという一点のみが彼らの支えですが、我らには『清洲会議の決定を違えた逆賊を討つ』という大義がある。堀秀政殿が先陣に立ち、三法師様をお救いせよと叫べば、城兵の戦意は霧散しましょう」
高虎が感心したように私を見た。
「若殿は、なかなかの戦略眼ですな。恐れ入りました」
「最近近江では、若殿が竹中殿の知略を受け継がれたと、もっぱらの噂」
前に石田三成と大谷吉継に語った内容だ。もう噂になっているのか...
神仏のご加護や祖先の霊などが普通に信じられる時代、働き盛りのまさにこれからという時期に亡くなった竹中半兵衛の知略を継承したと聞いて、それは嘘だという雰囲気にはならない。
年齢に相応しくない頭脳の説明として、すんなり受け入れられるということもあるのかもしれない。
否定するのもよくないし、かと言って正面から肯定するのも憚られる。
「これは官兵衛殿や父上の知恵をなぞっているに過ぎません。私はただ、その駒がどう動くかを頭の中で盤面として描いているのです」
磯野と高虎がじっと私の顔を見つめ、まぁそういうことにしておこう、という感じで小さく頷いた。
その夜、私たちは美濃攻略後の兵站や、尾張の織田信雄殿をどう動かすべきか、夜更けまで語り合った。
猛将・磯野員昌の戦術眼と、築城や工作に長けた高虎の視点は、私にとって何よりの学びとなった。
翌朝、冷え込みの厳しい夜明けとともに、一騎の伝令が佐和山城の門を叩いた。
「申し上げます! 長浜城、大谷吉継様の調略により無血開城! 柴田勝豊殿、羽柴側に転じられました!」
その報を聞いた瞬間、城内は沸き立った。
「やったか、大谷殿!」
私は思わず拳を握った。
大谷吉継。彼は見事にやってのけたのだ。
勝家の養子でありながら、粗略に扱われているという勝豊の心の隙間に、正確に楔を打ち込んだ。
「一兵も損じず、北近江を奪還したか……大谷という男、なかなかの器量よ」
祖父も珍しく相好を崩した。
その後の秀吉は、一時の猶予も置かなかった。
長浜の包囲を速攻で解き、数万の羽柴軍は、雪を蹴立てて東の美濃へと舵を切った。
一方、美濃・岐阜城。
織田信孝は、奥御殿の広間で激昂していた。
「馬鹿な! 長浜がもう落ちただと!? 勝豊め、裏切りおったか!」
手にした書状を床に叩きつける。
「勝家は何をしておる! なぜ援軍を出さぬ!」
「殿、越前は数尺の雪……峠の道は完全に塞がっております。とても兵を出せる状況ではありません」
報告する家臣の声も震えている。
「……では、わしは孤立したというのか? 丹羽も、池田も、皆秀吉についたというのか!」
信孝は、かつての父・信長の面影を追うように威嚇してみせたが、その膝は目に見えて震えていた。
「報告! 羽柴軍の先陣、堀秀政殿の軍がすでに長良川を越え、当城を包囲せんとしております!」
「……なっ!?」
信孝が窓から西を望むと、遠目に堀秀政の軍が見える。
混乱する城内。
家臣たちが戦の準備に駆け回っている。
打って出ようと叫ぶ者、籠城を叫ぶ者、退却を提案する者、様々な声が入り混じる。
信孝は、勝家からの援軍は来ないという事実に打ちひしがれ、思考停止に陥っていた。
しばらくして、城下から、
「三法師様をお救いせよ! 御当主を抱え込む後見人から解放いたすのだ!」
堀勢の鬨の声が響き渡った。
これに、信孝の側近たちの心は凍りついた。
「おのれ、秀吉……猿めが……!」
信孝は奥歯を鳴らしたが、もはや打つ手はなかった。
籠城して勝家の助けを待つには、あまりに敵の到着が早すぎ、あまりに味方の心が離れすぎていた。
天正10年12月20日
岐阜城、降伏
金華山にそびえる岐阜城の門が、羽柴軍・本隊が到着してから一度も本格的な戦闘を交えることなく、わずか数日で開かれた。
かつて信長公が「天下布武」を宣言した天下の名城も、今は冷たい冬の霧に包まれ、敗北の静寂に沈んでいた。
大広間
上座には、当主・三法師が鎮座し、すぐ傍らに傅役の堀秀政がつき、幼い主君を優しく支えていた。
小さな体には不釣り合いなほど立派な装束が着せられ、無垢な瞳は事の重大さを知らずに瞬いている。
その三法師の前で、平伏している一人の男がいた。織田信孝である。
「……此度の不始末、深くお詫び申し上げます。三法師様を岐阜に留めおいたのは、偏に織田の血筋を案じてのことにございました」
信孝の声は震えていた。
すぐ横には、抜き身の刀を携えたかのように鋭い眼光を放つ黒田官兵衛と、羽柴秀吉が微動だにせず座っている。
「信孝殿。そのお言葉、三法師様もさぞお喜びでしょう」
秀吉が、わざとらしいほど朗らかな声で割って入った。
「なれば、今後は安土にて、我ら三家老――羽柴、池田、丹羽の合議に従い、織田の家政を整えること、ご承知いただけますな? また、名代に信雄殿を立てること、これに異存はございませぬな」
信孝の拳が、畳の上で白くなるほど握りしめられた。
(合議だと? 名代が信雄だと? 猿め、織田の家中を切り刻み、私から全てを奪うつもりか……!)
信孝の内心は「ぐぬぬ」という怨嗟で煮えくり返っていた。
しかし、城外を埋め尽くす羽柴の数万の軍勢を思えば、言葉を飲み込むしかなかった。
「……承知、した」
絞り出すような信孝の返答。
それは、織田家の権力が完全に秀吉の手へと渡った瞬間であった。
長浜城 羽柴秀長
北近江の冷たい風が長浜城の回廊を吹き抜ける中、雪を跳ね飛ばして駆けてきた早馬が城門をくぐった。
「岐阜より、筑前守様の急使にございます!」
書状を受け取った父が、急いで封を切った。
広げた書状には、秀吉の躍動するような筆致でこう記されていた。
岐阜の信孝殿を屈服せしめり。
当主・三法師様を、安土へお迎えすることになった。
これより速やかに安土城に戻り、三法師様への謁見の式を執り行う。
ついては、小一郎と秀成も、一刻も早く安土へ参じよ。
「……ついに、王手が掛かったか」
秀長は書状を握りしめ、冬の琵琶湖の向こう、安土の方角を見つめた。
ほとんど槍一振りも交えず、岐阜という堅城を落とし、織田の「神輿」を手中に収めた秀吉の凄み。
それは同時に、柴田勝家という最後の巨壁との全面対決が、もはや避けられぬ段階に入ったことを意味していた。
「筑前守様にお伝えせよ。これより直ちに秀成を伴い安土へ向かうと」
(次話に続く)
【作者註】
本能寺の変の後、安土城は何かしらの原因で燃えています。本作では、伝統的な説である「信雄による放火説」を採用しました。
史実において、この時燃えたのは「天守」だけで、その他の建物群に被害はなかった(または少なかった)ようで、城としての機能は残っていたとされています。
事実、岐阜から取り戻された三法師は安土城に入っています。
城には天守のほか、二の丸や三の丸のような建物、それらに付随する御殿など多くの建築物で成り立っています。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本作は連載を続けながら、表現や構成を見直しつつ推敲を重ねています。
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