第61話 長浜開城 ―棄てられた楯
天正10年(1582年)12月 近江・長浜城 柴田勝豊
北近江の要衝、長浜城。
かつて秀吉が築き、北近江の交通の要衝、商業の拠点として発展したその城は、今、柴田勝家の養子・勝豊の手にあった。
今年の6月末、清洲の会議により北近江が羽柴から柴田へ移譲されることになり、勝豊は、居城であった丸岡城(北ノ庄城の支城)から長浜城に移ってきた。
以降、五ヶ月余り、領内統治に腐心してきたが、羽柴が数年以上かけて育ててきた地域であることから、国人や町衆らから信頼を得ることに難航していた。
まさに、面従腹背。
肝心な時に、人も金も集まらない。
城内の空気は、当時の活気はすでになく、重苦しい空気が沈んでいた。
そんな空気の中、近習が走り寄ってきた。
「なんじゃと!? 羽柴の大軍が、すでに目と鼻の先まで進軍してきているだと!?」
近習からの報告に、勝豊は床几を蹴り飛ばして立ち上がった。
「はっ、三万を越えるであろう大軍がこちら向かっております」
「湖にも兵を乗せた船がいく艘も」
「親父殿からの援軍はどうなっておる!」
「はっ……羽柴筑前守が安土に兵を集めていることに気づいてすぐ、北へ早馬を飛ばしております」
「しかし、越前の地はすでに大雪。軍が、峠を越えることは難しく、望みは薄いと思われます」
「雪解けまで待てということか!? それまでこの城が持つと思うてか!」
勝豊は激しい焦燥に駆られていた。
いくら越前の兵が強くとも、雪には勝てない。春まで援軍は絶望的。
しかも、勝豊の心中には、勝家が自分と同じ従兄弟の佐久間盛政を重用していることへの不満、焦り、怒りがあった。自分は常に二番手、三番手の扱い。
この長浜城を任されたのも、体よく最前線の防波堤にされただけではないか。
そんな疑念が、日増しに彼の心を蝕んでいた。
城下からもそのような噂を耳にする。
今の状況は、その疑念を一層裏付けるように思えてならない。
城内が騒然としている中、近習が報せを持ってきた。
「殿、使者が参っております。羽柴筑前守様からとのこと」
「使者だと? この期に及んで……通せ」
通されたのは、二十代半ばの若武者であった。
「それがし、羽柴筑前守様の馬廻り、大谷吉継と申します」
「……降伏の勧告か? 帰れ。わしは柴田勝家の子ぞ」
「最前線の城を任され、一戦も交えず明け渡すなど、武門の恥」
「侮るでないわ!降伏などせん」
勝豊が鋭く睨みつけるが、目の前の若武者の瞳は、微塵も動揺しない。
「流石は柴田殿の御一門。武門の意地、誠にご立派にございます」
「しかし、外をご覧ください。羽柴の軍勢は五万。対して、この長浜は数千」
「しかも、越前からの援軍は雪に阻まれ、絶対に参りません」
使者の言葉は、淡々としているがゆえに、鋭く勝豊の急所を突いた。
「いざ、事が起こったとき、こうなることは十分に予見できたはず」
「歴戦の勇将・柴田修理亮様が、それができなかったとは思えませぬ」
「貴殿は、都合の良い盾にされ、見捨てられたことは明らかにございます」
「これが、親子としての情でしょうか?」
「言葉を慎め! 親父殿を愚弄するか!」
勝豊は、自身が抱く疑惑を言い当てられたことに、思わず大声で怒鳴った。
「事実を申し上げているのみでございます」
使者は真っ直ぐに勝豊の目を見つめ返した。
「勝豊様。貴殿は柴田家中で、正当な評価を受けておられますか?」
勝豊の肩が、びくりと震えた。
「佐久間殿ばかりが厚遇され、勝豊様は危地や僻地を任される」
「北近江という、我ら羽柴勢と直接刃を交える地に置かれたのも、悪く言えば捨て駒」
「筑前守様は、勝豊様のご不遇を深く案じておられます」
「わしが、捨て駒……」
勝豊の口から、乾いた声が漏れた。
最も触れられたくない、しかし自分でも気づいていた事実を突きつけられた。
「羽柴陣営にお加わりくだされば、十分に報いることをお約束いたします」
「筑前守様は、勝豊様の武勇と統率力を高く評価しておいでです」
「……朽ちゆく大木にすがり、無為に命を散らすか。それとも、新たな天下のうねりに乗り、ご自身の真の価値を示すか」
使者は深く頭を下げた。
「ご決断を。猶予は、今宵限りと存じます」
長浜城の広間は、静寂に包まれていた。
羽柴からの降伏の使者が突きつけた「降伏か、滅びか」という二択に対し、勝豊は激しい胃痛とともに肩を震わせた。
勝豊は、傍らに控える家老・山路正国に目をやった。
山路は、勝家への忠義と、見捨てられた現状への憤りの間で、煮え返るような表情を浮かべている。
「正国……どう思う」
「……殿。修理亮様からは何の音沙汰もございませぬ」
「言葉を飾らずに申し上げれば、あの使者が言っていたことは、間違ってはおらぬかと」
「このまま五万の餌食となるは、犬死にございます。なれば……」
山路の言葉は苦渋に満ちていた。
その「なれば」の先には、自らの主人を無駄死にから救いたいという忠臣の想いであった。
柴田一門として、意地を通し玉砕するのは容易い。
だが、自分を信じて城に籠る将兵たちを、主家に見捨てられたまま「盾」として使い潰すことは、もはや武士の道ではないのではないか。
勝豊は、絞り出すように言った。
「わかった。……長浜を、筑前殿へ明け渡そう。わしが虚栄を張り、柴田の名に殉じれば、そなたらまで道連れにすることになる。それは、わしの本意ではない」
「殿……」
「生き延び、挽回の機会を待とうではないか。たとえ、世に裏切り者と指を差されようとも、いつか見返すことができると信じよう」
勝豊がそう言い終えると、正国は深く、長く、静かに首を垂れた。
その頬を一筋、流れ落ちるものがあった。
その夜、張り詰めていた気力が一気に抜けた勝豊を、過去にないほどの激痛が襲った。
臓腑を直接掴まれ、握りつぶされるようなその痛みは、彼が飲み込んだ「屈辱」という名の劇薬のようであった。
翌朝
長浜城の城門が、音を立てて開いた。
一滴の血も流れることなく、北近江の要衝・長浜城は羽柴の手へ戻った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
稚拙な部分があるかもしれませんが、日々推敲しながら加筆修正していっています。
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