第59話 近江の二才ー石田と大谷
天正10年(1582年)11月 京・秀吉邸 羽柴秀成
「では、申し上げます」
官兵衛が献策を行う。
「急ぎ、近江、丹波、山城で兵を挙げ、佐和山城に兵を集めます」
「合計四万程度になりましょう。数千しかない長浜では、後詰がない限り、抵抗はできませぬ」
「長浜城は、湖岸の平地に築かれた城。防御力は高くありません」
「この城は、湖からの後詰を前提としておりますが、今回はその後詰がございません」
「そもそも、その城を作ったのは羽柴。縄張りの弱点を知り尽くしております」
秀吉と父は、大きく頷く。
「その羽柴の軍勢が、長浜の目と鼻の先にある佐和山城に数万の規模で集まった時点で、長浜は詰んでおります」
官兵衛がそう言い切ると、奉行衆が「おぉ」と唸る。
そう言えば、これまで奉行衆は唸ってばっかりだな。
そう思いながら、奉行衆の面々を見つめていると、石田三成と目があった。
石田は、小さく私に頭を下げた。
(なぜ頭を下げた?)
(主君の嫡流候補に対する礼...ということか)
(しかし、先の元服の時や法要の時にも顔は合わせているが...)
官兵衛は話を続けている。
「この時点で勝豊殿を調略すれば、大きな抵抗もなく門を開くでしょう」
「その後、すぐに美濃入り、岐阜城を囲みます」
「柴田殿の後詰が期待できない状況となれば、信孝様も意地にはなりますまい」
「三法師様を引き渡すことを条件に、降伏を認めます」
「さらに、信孝様に対しては、三法師様の傅役、堀殿に先陣に立っていただきたい」
「三法師様を安土へお連れするという大義を叫びながら迫れば、城内の将兵も逆賊認定を恐れましょう」
「難攻不落の岐阜城とて、内側に迷いが生じれば、ただの籠に過ぎませぬ」
官兵衛からそう言われた堀秀政は、静かに頭を下げた。
「では、信雄殿には、どう動いていただく?」
父が官兵衛に質問する。
「今回は早さが肝。信雄様のご参加は不要」
「尾張と伊勢の兵がなくとも、十分勝てる戦でございます」
秀吉が立ち上がり
「わはははは! そこまでの筋書きを描いておるか。流石じゃ官兵衛」
そう言って扇子で掌を叩いた。
そして、座を見渡し、問いかけた。
「勝豊の調略には誰が適任か?」
これに父が答えた。
「佐和山に軍を集めた後の調略」
「戦の利を説き、勝家殿との確執をうまく利用できる者がよろしいかと」
「なるほど、威圧せず、相手の立場に立って利を説ける者か」
「策の考案者は秀成だ。お主はどう考える?」
秀吉が、私の顔見てにやっと笑った。
「はい。私もそのように考えます」
ちらっと奉行衆の方に目をやり、
「この件、北近江の事情にも明るく、交渉事にも長けている大谷殿が適任ではないかと」
皆の目が大谷吉継に集まる。
「なるほど、平馬か...」
「確かに適任だわ。平馬よ、やれるか?」
秀吉が、大谷に向かって投げかける。
大谷は居住まいを正し、額が畳につくまで深く頭を下げ、答えた。
「はっ!この命に変えまして、必ずや!」
秀吉は、もう一度、扇子で掌をパンと叩いた。
「決まりじゃ! 」
「長浜は小一郎と平馬に任せる」
「一兵も損じず、速攻で開城させよ」
「その後、わしと官兵衛、秀政は美濃へ向かう」
「奉行衆は、段取りをせい」
浅野、石田、増田も、額を畳につけ「はっ!」と短く答えた。
軍議が解散し、皆が退室していく中、父が私の横にしゃがみ込んだ。
「秀成、初めての評定であったが、堂々としておったな」
「流石だ。父として誇りに思う」
「兄者も、ご機嫌であったわ」
「ありがとうござます」
「長浜で、評定の真似事をさせていただいておりましたので、その甲斐がありました」
「小堀殿や羽田殿に感謝せねばなりません」
そう言って笑った。
「そうであったな。昔から鍛えておったか」
父もくすくすと笑った。
「秀長殿、秀成殿、少しよろしいでしょうか」
その時、背後から若い男の声がした。
父と共に振り向くと、石田三成と大谷吉継が立っていた。
二人はこちらに近づくと、すっと膝を折り、私たちに頭を下げた。
「お話の邪魔をして申し訳ありません」
「先ほどの評定のお礼を申し上げたく」
そう言って、二人はさらに深く頭を下げた。
父が即座に答える。
「石田殿と大谷殿、迷惑ではございません」
「私からも話をしたいと思っていたところ、ちょうどよかった」
「しかし、礼とはいかなことかな?」
「はっ。北近江は我らが故郷」
「それを荒らさぬよう、前々から手配されていたことへの感謝でございます」
三成がそう言って、父と私に目をやる。
(なるほど、先ほどの目礼の意味はこれか)
父が温かい口調で答る。
「そのことですか。北近江は我らにとっても大切な本貫地」
「民を安んじるのは、我らの責務です」
「そうやって、感謝されるのはこそばゆいですが、お気持ちは受け取りました」
言い終わると、私の方をちらっと見た。
「私も同じです。長浜は生まれ故郷であり、母の実家でもあります」
「柴田如きに、大切な長浜を荒らされたくはありませんので」
私がそう言うと、二人は目を見開き、それから肩を揺らして笑った。
「はははっ! 秀成様はなかなか豪胆な御方ですな。柴田殿を”ごとき”とは」
大谷が笑うと、石田もそれにつられて笑った。
一通り笑った後、大谷が真顔になり、私を見つめた。
「一つお伺いしてよろしいでしょうか」
「勝豊殿の調略という大役に、なぜ私をご指名されたのでしょうか」
その問いに答えるように、父が懐から何通かの書状を取り出し、畳に広げた。
そこには、長浜周辺の有力国人、地侍、そして商人の名前が並んでいた。
「……これは、羽柴への忠誠を誓う連判状ですか」
石田が、なんとか言葉を発する。
「そうだ」
父が言葉を継ぐ。
「長浜は、我らが一から作り上げた土地」
「柴田が入り込んで半年足らず。当然のことながら、人心は未だ羽柴にある」
「商人は物流を絞り、国人衆には勝豊殿の命令をそれとなく無視するよう手を打っている」
「勝豊殿が城門を閉じたとしても、その足元はぐらついている」
父は大谷の目を見据えた。
「勝豊殿が守っている土地は、すでに羽柴と繋がっているのだ」
「もし、城を枕に討ち死にする覚悟なら、まずは背後の領民を敵に回す覚悟がいる」
私は父に顔を向け、目で話す許可をもらって続きを話す。
「大谷殿は、機知に富み、馬廻として戦場も知っておられる」
「何より、人の情を知り、立場を重んじることができる。そう伺っています」
「ですので、適任と思い、名を挙げさせていただきました」
私の目を見つめてじっと聴いていた大谷が、頭を下げた。
「そのような評価を賜り、ありがたく存じます」
「身命を賭して、説き伏せて参ります」
「はい。大谷殿であれば、やってくれましょう」
「しかし、命は大切にしてください」
私はそう言って笑い、再度言葉をかけた。
「勝豊殿にお伝えいただきたい。越前から切り離され、人心が羽柴についている敵の土地に送り込まれたのは、何故か」
「戦が起これば、長浜はよくて時間稼ぎにしかならないことは明白。捨て駒にされたのではないかと」
「先ほどの評定で出ましたが、我らが流した噂ではありますが、あながち嘘でもないでしょう」
父が最後に締め括る。
「大谷殿、よろしく頼みます」
「無血で開城いただければ、北近江を守った功績で厚く遇すると伝えてほしい」
「はは!」
大谷が額を畳に擦り付けるまで平伏した。
石田は、同じように深く下げていた頭を戻すと、私の方に目を向けた。
「前に長浜でお会いしたときも、政への理解の深さに驚きましたが、政略にも通じておられるとは」
「……失礼ながら。秀成様は、本当に八歳であられますか」
「そんなに老けて見えますか? でしたら、元服した甲斐があったというものです」
私が、わざとおどけて笑らうと、父も大谷も声を出して笑った。
石田は、不躾な質問だったと思ったようで、苦笑いをしながら顔を伏せた。
私はぼそっと言葉を発した。
「生まれたとき、よく側に、竹中半兵衛殿がおられました」
「竹中殿が私を見つめる温かい視線は今でも覚えています」
「もしかすると竹中殿が、知略の欠片を私の中に残してくれたのかもしれませんね」
三成と吉継の目に、驚愕を越えた敬服の色が宿ったような気がした。
天下の軍師、竹中半兵衛の知略の欠片。
上手い言い訳を思いついたものだと、私は内心で自嘲した。
しかし、二人の目に宿る熱を前にして、それはもはや嘘ではなくなった。
彼が見ることができなかった羽柴の天下。
私は、その夢も引き継いでいるということを、しっかり心に書き留めた。
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