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戦国転生したら秀長の息子でした ~宰相の子として豊臣を滅亡から救います~  作者: 丸三(まるぞう)
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第57話 凍れる牙

天正10年(1582年)11月上旬 京・羽柴秀吉邸  羽柴秀長

空気が凛と冴え、地面には霜が降り、白く輝いている。

静かな地表に反して、戦の足音は着実に近いてきていた。


越前から、柴田陣営の中堅どころ三人が、和平交渉のため入洛した。

訪れたのは、前田利家、金森長近(かなもり ながちか)不破直光(ふわ なおみつ)である。


無益な戦を避けたい。

表向きの理屈は穏当であるが、単なる時間稼ぎであることは誰の目にも明らかだった。

北陸は、間もなく雪に閉ざされ行軍が困難となる。

この間に、政略が進むことを避けたい。

そういう柴田陣営の焦りが垣間見える。


柴田勝家は重い男だ。腰を上げるのに時間がかかる。

しかし、一度動き出せば早い。“かかれ柴田“の異名は正鵠(せいこく)を得ている。

勝家の号令一つで、北国の最強の兵団が動く、一度動くと勝家本人でさえも止められない。

だからこそ、勝家の動きは余計に慎重になる。


雪解けに合わせて、越前から大軍を南下させる。

北国を拠点とするもの達が、雪の季節を凌ぐのが肝要と考えるのは自然だった。



出迎えたのは、秀吉、秀長、黒田官兵衛、堀秀政。


堀秀政は先日、秀吉から羽柴の姓を受け、正式に羽柴家の家臣となった。

しかも、重臣中の重臣である。

当主三法師の傅役であり、近江中部を抑える堀が秀吉陣営に入ったことは、織田家中の勢力争いを固唾を飲んで見守っていた諸将に衝撃を与えた。



秀吉の前に、勝家からの和平の使者として、前田利家、金森長近、不破直光が並ぶ。



最初に利家が口を開いた。

修理亮(しゅりのすけ)様は、家中の安寧を第一と考えておられます」

「織田家の内部での無益な戦は避けたい」

「しかし、このたびの信雄様の名代擁立は、家中の対立を煽るだけでございます」

「羽柴筑前守様はいかにお考えか」


秀吉が口元に笑みを浮かべながら答える。

「何やら、わしが勝手に動いているような言い方であるが、丹羽殿、池田殿からも賛同いただいておる」

「3家老の合議で決めたこと。4人の家老のうち3人の意向である」

「清洲の約定の通りではないか? 自分の意向に沿わぬからと、いちゃもんをつけられても困るわ」

「柴田殿の方こそ、約定をいかにお考えか?」

「のう?」

そう言って、秀長、官兵衛、秀政の顔を見回す。

3人は黙って大きく頷いた。


その言葉に利家は呆気にとられ、金森長近と不破直光は怒りをあらわにした。

長近が張りのある大きな声で答える。

「清洲の定めに名代のことは一切ございません」

「かような家の大事を決める合議に、修理亮様が入っておられぬ」

「筆頭家老が不在の中で、決められるものではありません!」


利家と直光が大きく頷いた。


秀吉が腹に響く低い声で言う。

「筆頭、家老とな?」

「誰が、筆頭じゃと?」

「まさか、亡き大殿の弔い合戦にも参加しなかった柴田殿のことではあるまいな?」

三人を鋭い目で睨めつける。


「そもそも約定には筆頭の定めなどないわ」

「うぬらこそ、約定を勝手にいじりよって」

「前田殿はいかが思う?」


秀長は思った。


役者が違う。


槍働きであれば、ここにいる三人は強いであろう。

しかし、政略にあたって、兄秀吉に勝てる者はいない。

金森長近の不用意な発言。あれで流れを持っていかれたわ。

まぁ、金森が失言せずとも、誰かが言葉じりを取られたであろうが。


そう心の中でつぶやきながら利家を見ると、顔を引き攣っている。

そうなるわな…


利家が答えづらそうに言う。

「確かに筆頭という定めはございません」

「以前の織田家中の定めを引きずっておりました。他意はございません」

「4家老の合議であること、修理亮様も、我らも承知しております」

「ご気分を害してしまい、平にご容赦を」

そう言うと頭を低く下げた。

それを横目で見た長近と勝光もあわてて頭を下げた。


流石は前田殿。

ここで無理に意地を張るのは悪手。素直に謝るのが最善よ。

こういう機微をわかっているとは侮れぬ。


秀吉はふんっと鼻を鳴らし、頭を下げる三人を見下ろす。

そして、秀長の方をちらっと見た。

秀長は意図を読み取り、三人に声をかける。

「頭をあげられよ」

「謝罪の言葉は受け取り申した」

「以降、お気をつけいただきたい」

「4家老で御当主を支える。そこに優劣はございません」


場が落ち着くのを待ち、秀吉が再び口を開く。

「で、名代のことであったな」

「そちらは、後見人二人体制で政が動かなかった様子を見ておろう」

「このままでは、織田は朽ちていくだけ。わしはそれを座して見ていることができんかった。それだけじゃ」

「池田殿、丹羽殿も同じ思いじゃ」

「柴田殿もそうであろう? 信孝殿、信雄殿のどちらを立てるか、意見の違いだけじゃ」

「血筋で言うと、亡き信忠様と同腹の信雄殿が正統。わしらはそう考えておる」

「ここにいる秀政殿も同じ考えよ」


3人の視線が堀秀政に集まる。

それを感じた秀政は、静かにそして大きく頷いた。


秀吉が続ける。

「わしも無益な戦さなどしたくはない」

「柴田殿にも、そのようにお伝えくだされ」



 羽柴秀吉


夕刻。秀吉は三人を食事に招いた。

座敷にいるのは秀吉と近習だけ。


秀吉から声をかけた。

「先ほどは頭を下げさせて、すまんかった」

そう言って、軽く頭を下げた。


3人は、先程との様子の違いに驚いている。

秀吉は続けて話す。

「わしも家の主人として言うべきことは言わんとあかん」

「ここには家臣もおらん。腹を割って話そう」

「まずは一献」

そう言って盃を前に出した。


秀吉は、膳に箸を運びながら話す。

「率直に言うが、春を待てば、勝家殿は大軍で南下して来よう」


三人はあまりにも明け透けな言葉に身体が固まった。

秀吉は構わずに続ける。

「時間稼ぎであるぐらい、わかっておるわ」

「だがその頃には、畿内は固まっておるぞ」


利家は問う。

「固まるとは、どういうことでしょう?」


「諸将から人質を取り、金をばら撒き諸将を縛るということよ」

「もちろん、朝廷にも働きかける」

「清洲の会議から5ヶ月。わしに味方する諸将は日に日に増えておる」

「柴田殿はどうじゃ?」

秀吉は、3人の顔をゆっくりと見渡した。


3人は思う。

毛利、長宗我部、雑賀、足利義昭公など羽柴陣営の包囲網を築くことにやっきになっている。

しかし、織田家中の味方は北陸から広がらない。

織田が羽柴にまとまろうとしていることへの焦り...


一拍おき、秀吉は続けた。

「我らの外側で動いておることは知っておる」

「だが、やつらは賭ける相手を見極めるもの...まぁ雑賀の連中は別だがな」

「畿内一円と朝廷を抑えたわしと、北陸の柴田殿のどちらが有利か...」

「柴田殿は豪胆、兵も強い。お主らのような、強者の家臣も多い」

「だが、天下は豪胆では治まらぬ」


3人の胸に、亡き信長公の記憶がよぎる。

速さ。決断。躊躇のなさ。


秀吉は話すのを止め、膳に箸を伸ばし、食事を始めた。

今は、答えを求めない。求める必要はない。

疑念だけでよい。



黙々と食事を取り、3将は帰って行った。




再び、秀吉、秀長、黒田官兵衛、堀秀政が顔を合わせる。

蝋燭の火が、4人の顔を照らす。


官兵衛が愉快そうな声で問いかける。

「晩餐はいかがでございましたか?」


「その場で、旗色を決めさせるようなことはしておらぬ」

「一度断られれば、それで終わりだからな」

「だが、越前に戻る頃には、雪よりも冷たい迷いを抱えていることであろう」

秀吉はそう言って口角を上げた。


「それにしても怖いものですな」

「和平の使者として訪れた者達にその日のうちに調略をかけるとは」

官兵衛が笑った。


「形振りをかまっておられぬわ」

「動き続ける者に、天は味方するものよ」

秀吉もそう言って笑った。


秀長が口を開く。

「使者を体良く追い返したわけですから、柴田殿も重い腰を上げるかと」

「ここからは時間との勝負になりましょう」


「そうじゃ。小一郎の言うとおりよ」

「和平交渉が無駄に終わったとなれば流石の柴田殿も決断しよう」

「我らも一気に動くぞ」

秀吉はそう言って官兵衛を見た。

「官兵衛、どう絵を描く?」


「はっ」

「この1、2ヶ月で勝負をかけます」

「まずは、信孝様に三法師様を安土城にお移しするよう文書を出します」

「期限を切り、それに応じない場合、兵を挙げます」

「間違っても応じることがないよう、名代信雄様の名を添えて出しましょう」

官兵衛の口から悪だくみが勢いよく出てくる。

「今月中に兵をあげます」


秀吉は口元に笑みを浮かべながら、じっと官兵衛の話を聞いていた。

そして膝を畳んだ扇子で叩き、強い口調で言葉を発した。

「よし、それでいく」

「高山右近、中川清秀、筒井順慶、三好康長ら畿内の諸将から質を取れ」

「小一郎に任せる」

「わしは、丹羽殿、池田殿にこの件の了解をとる」

「信雄殿にも尾張から岐阜へ攻め上がっていただこう」


官兵衛が補足をする。

「まずは北近江・長浜を抑える必要があります」

「柴田の援軍が来ない状況を作り、岐阜で籠城されないようにせねばなりません」

「あの城で籠城でもされるとやっかいです」


秀長は、前屈みになり言った。

「初戦が北近江であれば、私にお任せを」

「撒いた種を刈り取りに行かせていただきたい」


「よし。長浜は小一郎に任せよう」

秀吉がそう言って頷いた。


秀長が、言いにくそうな口ぶりで、

「一つ、相談したいことがあります」

と言って、秀吉の顔を見る。


「秀成の初陣はいかがしましょう」


「そのことか」

「確かに元服はさせた。先の法要でも大役を務め、やつの資質に何ら不安はない」

「だが、今回は出さぬ。万が一がある」

秀吉は顎に手をやって、思案しながら答えた。

「...とはいえ、あやつのことだ納得せんだろう」

「後方となる安土か佐和山までなら連れて行こう。戦の雰囲気を肌身で感じる良い機会だ」


秀長は安堵して言った。

「ありがとうございます」

「秀成にとっても、よい勉強になりましょう」



秀長は深く頷き、ふうっと息を吐き出した。

その息は白く、冬の深まりを告げていた。


おそらく、誰もが春を待つと思っている。

雪に閉ざされ柴田側が動けない冬は、春に向けた準備の期間だと。


しかし、常識という名のかせなど、兄・秀吉には存在しない。


秀成が初めて見るであろう戦さ――

槍や刀がぶつかり合う以前に勝敗が決する、冷酷なまでに鮮やかな「秀吉の戦」が始まる。


冬、研ぎ澄ました凍れる牙が、動けない柴田に襲いかかろうとしている。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

本作は連載を続けながら、表現や構成を見直しつつ推敲を重ねています。


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― 新着の感想 ―
いいですね、賤ヶ岳に向かう流れを詳しくやってる小説は少ないですから楽しく読ませていただいてます。 若手七本槍や三成文官連中の苦労絡みも見たいところ
「合戦そのものはそれまで積んだことの帰結よ 合戦に到るまで何をするかが俺は戦だと思っとる」 (「ドリフターズ」織田信長) 「常に事前に準備せよ 合戦の前に勝利を決めよ 矢を放つ槍を合わすは事後処理に…
秀成クンの初陣は小牧の役かな? で長久手で敗北する予定の義兄・秀次に助言する
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