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戦国転生したら秀長の息子でした ~宰相の子として豊臣を滅亡から救います~  作者: 丸三(まるぞう)
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第53話 大徳寺の葬儀

天正10年(1582年)10月15日 京・大徳寺 羽柴秀長

読経は、地の底から湧き上がるように始まった。

低く、重く、数百の僧の声が重なり、秋の澄んだ空気を震わせる。


大徳寺の伽藍は、朝霧の中に浮かび、その屋根瓦は淡く光を返していた。


門前には、黒山の人だかり。

町衆、商人、農夫、公家の供の者。

皆、遠巻きに、その様子を見守っている。


洛中の道という道には、万を超える兵が配され、槍が立ち鎧の黒が連なっていた。


信長公の葬儀を邪魔する不埒者への警護という名目であるが、実態はそうではない。

沿道に配置されている夥しい(おびただしい)兵は、この葬儀を彩る一部だ。


秀長は、山門の脇に立ち、ゆっくりと息を吐いた。


(これは、羽柴を天下に見せる葬儀だ)


御輿が姿を現す。


金箔を施した飾りが朝日に反射し、白布が風に揺れる。

香が焚かれ、甘く重い香気があたりを満たす。

中には信長公の姿を形取った木像が安置されている。


結局、本能寺からご遺体は発見できなかった。


その後に、棺が続く。

遺体がないので、中は空だ。


棺を持つのは、前列左に羽柴秀勝、この葬儀の喪主だ。

信長公の四男として、喪主の立ち位置。

その姿は、織田の血がここにあることを天下に示す。


そして、羽柴の性を名乗っていることが、羽柴が織田を継承する正統性があることも示している。


前列右側には、池田輝政。若いが、顔つきは引き締まっている。

父の池田恒興は信長公の乳母兄弟であり、信長公の信頼も厚かった。

山崎の合戦では、秀吉に与し、その後の論功行賞で摂津一円を与えられている。


今回、池田恒興は参列せず、輝政がその代理で参列している。


羽柴陣営が京に張り付いている中、西での軽挙妄動を防ぐ抑止力として摂津から動いていない。

加えて、信長公の乳母兄弟が秀吉主催の葬儀に参列すると、秀吉の政治的優位があからさまとなり、反羽柴が勢いづく可能性もある。

こういう政治的な配慮が裏で行われていた。


棺の後に、羽柴秀吉が位牌と太刀を捧げ持ち歩いている。

群衆が、どよめく。

「羽柴筑前守様だ」

「位牌を持っておられる」

「あの太刀は信長公ご愛用のものらしい」

「葬儀をお取り仕切りになるのは、あの御方か」


町衆のささやきが風に混じる。

秀長は、その一つ一つを拾い上げる。


(我らの狙い通りだ)



夥しい僧の列が続く。

京・五山の僧侶数千人が参列している。


その列はまさに圧巻。

法衣の金糸が陽を受け、絢爛豪華な波となって京の町を彩っている。


商人が小声で言う。

「これほどの仏事、古今稀ではないか」

「相当の金が動いておる」

「羽柴殿の蔵にはいかほどの金銀があるのか」

「大徳寺は潤うのう」


商人は敏い。

金の匂いと、権の匂いを嗅ぎ分ける。



秀長は、石畳の上に立ち、布陣を見渡していた。

今回の羽柴の晴れ舞台、その警護を任された秀長は、信頼する家臣を側につけている。


秀長の横には筆頭家老の桑山重晴がついている。

秀長が小さな声で問う。

「兵の配置は終わったか?」


桑山が即座に答える。

「沿道両筋に1間(約2メートル)ごとに配置していおります」

「京の街にこれだけの兵を並べれば、誰が京を掌握しているか一目でわかりますな」

そう言って、口角を上げた。


その横に偉丈夫・藤堂高虎が並ぶ

「西の蓮台野方面も、異常ありません」

「柴田方の間者らしき者、二名捕縛しましたが、ただの物見と判明し解放しております」


「北ノ庄も、信孝様も動く気配なしと、伝令がありました」

「信雄様も姿を見せる気配はありません」

本多利久が報告する。


秀長は、ゆっくりと息を吐いた。


(信孝殿も信雄殿も、やはり来ぬか)


羽柴が主催する葬儀には出たくもないということか…考えが甘い。甘すぎる。


もし、信孝殿や信雄殿が参列されれば、それなりの待遇はせねばならない。

主人面して「筑前守、大儀」とでも言われれば、我らは風下に立たざるを得なかった。

それをせず、抗議をするだけとは…政をわかっておらぬ。


(だが、上洛しようとしても、難癖をつけて道中で足止めをするだけだが)



桑山が低い声で問うてきた。

「しかし、池田殿が参列されぬとは。柴田殿に与するとの風聞が立つやもしれませぬが」


秀長は首を横に振る。

「逆だ」


「……逆、にございますか?」


「池田殿は、羽柴に完全に寄っていない。そういう姿を見せることが大事よ」

「今ここで羽柴色が強まりすぎれば、反発が生まれる」


桑山は不参加の意図を理解したのか、小さく頷いて答え合わせをし始めた。

「池田殿が摂津に残った理由がわかりました」

「羽柴優勢の気色を見せず、相手に油断させること」

「そして、法要の邪魔立てを企む、西への監視」


秀長は自身の重臣が政を正確に読み解いたことに感心して、声の調子が上がった。

「重晴の言うとおりだ」

「人は追い詰められれば牙を剥く。追い詰められていないという余白を残すことが肝要」

「池田殿は、その余白よ」

「そして、摂津は要衝。大坂湾を押さえ、畿内を支える」

「万が一、京で騒ぎが起こっても、即応できる位置にある」


藤堂は、その会話を感嘆の表情で聴いている。

聡いやつだ。

こういう政の機微を、一生懸命吸収しようとしている。


何か疑問に思ったのか、藤堂が桑山に質問をする。

「しかし、ご子息の輝政殿が棺を担がれるのは」


桑山は笑みを浮かべて答えた。

「それでよい。池田殿は最低限の礼を尽くしたということだ」

「それに羽柴が応えて、ご子息に相応の役目を与えた」

「羽柴は、池田の取り込みにやっきになっているとも捉えられる」


藤堂は感心して言う。

「なかなか老練にございますな」


秀長が割り込んで答える。

「老練でなければ、この時勢は渡れぬ」

「お前たちもしっかり学んでおけ」


その言葉に、三人が同時に頭を下げる。


頭を上げた桑山が、ふと視線を動かした。

「ところで、若様はどの位置に立たれるので」


秀長は一瞬だけ間を置いた。

「秀成は、兄上の後ろに立つ」

「不在のわしの代理だ」


桑山がわずかに眉を上げる。

「元服は、つい先日」

「早いと申す者もおりましょう」


秀長は静かに言った。

「乱世に、早いも遅いもない」

「今が、家にとって絶好の機会だったということよ」


本多が小さく笑う。

「しかし、若様は普通の童ではありませんからな」

「息子の俊政から、若様の麒麟児ぶりは都度聞いております」


藤堂が続ける。

「本能寺の後、長浜での指図は見事でございました」



秀長は秀成がいるであろう方向に目をやった。


(もう、立たせたのだ)


父としての情は、奥へ押し込む。

「諸将の目は、兄者を見る」

「だが、その目の端に、秀成を映らせる」


桑山が頷く。

「羽柴は、一代で終わらぬと」


「そうだ」



読経が、遠くで始まった。

低く、重い声の波が、ここまで届く。


秀長は顔を上げる。

「さて、持ち場に戻ることにするか」

「皆、気を引き締めよ」


三人が馬を駆り持ち場に戻っていく。


鎧の音が石畳に消えていく。

秀長は、ひとり山門を見上げた。



読経が一際強まった。

大徳寺の門が開き、御輿が現れる。


棺の前には秀勝殿と池田輝政。

その後ろに、兄・秀吉。

そして――

秀長の視線は、そのさらに後方へと流れる。


黒紋付の若武者。烏帽子がまだ新しい。


羽柴秀成。



私の大切な息子、自慢の息子が微動だにせず、前を見ている。

秀長の胸が熱くなる。誇りの火が灯る。



秀長は、喧騒が一段と増した京の街を見渡して思った。

これで、兄は天下の政を握った。

そして、その政の中に、秀成が組み込まれた。


負けるわけにはいかない。

羽柴のためにも、息子のためにも。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


先週、金曜日休載の案内をしましたが、適宜間話回を挟みながら、可能な限り毎日投稿する形にしたいと思います。休載する場合は、予め案内いたします。


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史実と異なり、羽柴(豊臣)の命運だけでなく、跡目に位置付けられた子息の命運も含めて、後に引けなくなったことを実感する秀長公。元の歴史とは段違いの『重み』をちゃんと分け合って欲しいなあ・・・下手すれば、…
>>結局、本能寺からご遺体は発見できなかった。 >>その後に、棺が続く。 >>遺体がないので、中は空だ。 信長様は今日も元気に異世界に行って頑張って生きているようで何よりです。 候補が有りすぎてどこ…
こうしてみると秀長の家臣団も粒ぞろいですね。 豊臣にとっては秀次事件、大和家解体、 それに連座して家臣団の大量解体が致命的だった。 藤堂高虎などは、徳川政権下でも秀長を敬ってます。 毀誉褒貶ある彼です…
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