第53話 側近たちの宴
天正10年(1582年)10月 京・山﨑城
元服の儀を無事に終え、城の中は、どこか浮き足立ったような高揚感に包まれていた。
主役である秀成が奥へ下がり、秀吉や秀長ら親族の宴も一段落した頃。
城の一角で、秀成が生まれた時から側に使えてきた三人の男たちが、膝を突き合わせていた。
小堀正次、羽田正親、本多俊政である。
羽柴の居城である長浜城に詰め、領内の統治にあたる傍ら、主人である秀長の嫡男・竹若の養育に関わってきた、いわば「親代わり」の家臣たちである。
「なんと立派な元服姿だったことか…」
「元服と聞かされた時は流石に早いと思いましたが」
「なんのことはない、あれほど立派な立ち居振る舞い!」
「ただ、ただ感服致しました」
本多俊政が、すでに三杯目となる杯をぐいと空け、赤い顔を上気させて言った。
「俊政殿、またそれですか。もう三度目ですぞ」
羽田正親が呆れ顔で言う。
「私も感無量だ。筑前守様と目を合わせられた時の、あの若君の視線」
「微塵の揺らぎもなかった」
小堀正次が、感極まった様子で自身の膝を叩く。
几帳面な彼にしては珍しく、膳の上の肴が散らかっているのも気づかない様子だ。
「それと、あの『声』」
本多俊政が、太い腕を組み頭を左右に振った。
「名を授かった時の『はい』と応えられた声。広間の隅々まで、まるで一本の矢が突き抜けるような響きであった」
羽田も盃を口にしてから、
「確かに、秀長様の嫡男としてのご覚悟を感じた」
と頷いた。
三人はひとしきり、昼間の儀式の細部を語り合った。
誰が一番に泣きそうになったか、誰が一番に声を上げたか。
そんな子供じみた言い合いさえ、今は心地よい。
「……思い返せば」
羽田が、少しだけ声を落として言った。
「小さい時から、変わった若君でしたな」
「我らの評議をじっと見つめ、聞いておられた」
「二つ三つの幼子にはわかるはずもない政の話にも関わらず、興味深そうに」
「そうじゃな。文字を理解するのも早かった」
「ずっと帳面を眺めておられたな」
「最初は、大人ぶりたい子供の遊びかと思っておったが、中身がわかっていると気づいた時は、衝撃を受けたものよ」
小堀がそう言うと、二人は何度も頭を上下に振った。
そんな二人を見ながら、小堀が続ける。
「長浜統治の初めの頃、真面目で責任感が強い我らの主人は仕事を抱えすぎておった」
「家臣である我らが、それを指摘することも憚られた」
「そんな時よ、若様が帳面を分けて、仕事を分けろと」
「父上は確認するだけにすれば仕事は減る。療養が何よりも大切などと説かれた」
「あれには驚かされた」
「そんなことがありましたな」
羽田が感慨深く言う。
「最初は誰かの入れ知恵かとも思いましたが、若様のお考えと知り驚きました」
「そうだ、長浜の米騒動の事件もありましたな」
「そうよ!あの時、共をして市に行ったのはわしだ」
本多が大きな声で応えた。
「米不足の不安を瞬く間に鎮められた」
「あれには、心底驚いたわ」
「ふっふっふ」
「こうやって振り返ると、我らは驚かされてばかりですな」
羽田が肩を揺らして笑い出すと、小堀、本多も顔を見合わせて大笑いした。
一通り大笑いしたあと、小堀がしみじみと杯を見つめる。
「若君は、勉強熱心だが、ただ知識を求めるだけではない」
「いつも国をどのように治めるのか、民をどう安んじるのかを考えておられた」
「元服して『秀成』様となられた今、その志はさらに大きなものとなるに違いない」
「……成すの字。実に良い名を授かった」
三人はお互いに酌をして、ぐいっと盃を飲み干した。
そして、今日の秀成の姿を思い出しながら、少しの間、悦に浸っていた。
しばらくして、本多が急に真面目な表情になり、二人を交互に見て力強く言った。
「ですが、喜んでばかりもおらませんぞ」
「筑前守様が『秀』の字を直々に与え、家臣一同があれほどに沸きました」
「それは、これからの若君が、望むと望まざるとに関わらず『継ぎ目』として見られることを意味する…」
その言葉に、部屋の空気が引き締まった。
秀吉に子がない現状、秀成の存在は、羽柴家のみならず、織田家臣団全体にとっても計り知れない重みを持つ。
「わかっておる。だからこそ、我らが盛り立てていかねばならん」
羽田が自らの膝をビシッと叩いた。
そして、徳利を掴み、二人に酒を注ぎながら言う。
「若君……いや、秀成様は、いかなる時でも成果を出す道を探そうとされる」
「だが、案外、世間知らずなところもおありだ」
「なれば、我らがその『道』を掃き清め、泥を被り、盾とならねばならん」
自らの盃になみなみと酒を注いだ羽田は、そう言うとグッと飲み干した。
「我らが、秀成様を一人前の大将にお育てせねばならぬ」
本多も酒を飲み干して、叫んだ。
「あとは、秀成様にご兄弟ができれば、言うことはないのだが」
小堀がぼそっと口にした。
これに全員思うことがあったのか、悪戯な目つきで顔を見合わせた。
本多が顔を近づけて言う。
「殿が召し上がる薬膳と丸薬 … 」
「あれに、精力が出る漢方を混ぜるというのはいかがか?」
羽田が続ける。
「秀成様に… いや流石にそれはいかんな」
「桑山殿と薬師に相談してみてはどうか?」
「精力がでて困ることなど微塵もない。逆に活力が出て戦にも役立つというもの」
三人は、口元に笑みを浮かべ、再び杯を合わせた。
酒の味は、これまでのどの戦勝祝いよりも甘く、そしてこれからの覚悟を促すように喉を焼いた。
「秀成様に、乾杯だ」
秋の深まる夜、三人の側近たちの宴は、若武者の誕生を祝い、今後も変わらぬ忠誠を誓い合う熱い儀式となって、夜更けまで続いた。
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