第51話 歴史の中へ
天正10年(1582年)10月上旬 京・山崎城 羽柴秀成
竹若、改め秀成
それから数日後、吉日
朝は、思いのほか静かだった。
庭の露はまだ消えきらず、白砂の上に淡く光を落としている。
空の色はいつもと変わらない。
私は、鏡の前に座っていた。
これまで何度も結い直してきた童髪が、今日は解かれている。
背後で、小姓が慎重に髪を整える。
「動かれませぬよう」
そう言われ、じっと目を伏せた。
(元服とは、子供から大人になる神聖な儀式だ)
(ただのお祝いではない)
(家の名を背負うことなる)
襖の向こうで、衣擦れの音がする。
父が入ってきた。
「よいか。今日より、一人の男として、羽柴の男として立つ」
「期待している。だが、無理はするなよ」
声は低く、いつもより静かだ。
私は頷いた。
「はい」
父上は一瞬だけ、私の顔を見つめた。
その目は厳しく、しかし奥に何かが揺れている。
「改めて伝える、名は、秀成だ」
その言葉に、胸がわずかに鳴る。
「成す、の成」
「家を成し、国を成し、己を成せ」
短い言葉だった。しかし力がこもっている。
しばらくして、広間へと導かれた。
上段に秀吉が、そのすぐ横には父が座っている。
そして、広間を埋めつくように、羽柴の家臣団が並んでいた。
山陰、但馬、播磨の守りについている者も多いが、三好信吉、福島正則、加藤清正、浅野長政などの縁者、石田三成や増田長盛などの奉行衆。
そして、父の家臣である小堀正次、羽田正親、藤堂高虎、本多利久・俊政親子、そして祖父・磯野員昌が姿を見せている。
祖父は、長浜城を柴田方に引き渡して以降、しばらく北近江で工作活動をした後、自身の兵を率いて山崎城の守護にあたっていた。
秀吉は、烏帽子を膝の前に置き、こちらを見ている。
静かで、深い目だ。
私は、膝をつき、額を畳につけた。
「顔を上げよ」
秀吉の声が響く。
顔を上げると、秀吉の口元が微笑んでいるように見えた。
「成の字は、小一郎が選んだ」
「家を成し、国を成す、成だ」
「よい字よ」
「そして、わしからは秀を与える」
空気が、わずかに張りつめる。
「今日より、お前は秀成だ」
その瞬間、胸の奥が熱くなる。
秀、羽柴の字。家の字。
それを、与えられる。
秀吉が立ち、私の頭に烏帽子をかぶせた。
指先が触れる。
「秀でて、成せ」
それだけだった。
だが、その一言に、すべてが込められている。
私は深く頭を下げた。
「はっ」
声が震えぬよう、腹に力を込める。
父が、静かに言う。
「秀成」
その呼び名が、初めて自分のものになる。
父の言葉をきっかけに、この場に集まっている羽柴家臣団が声を合わせた。
「「秀成様」」
「「おめでとうございます」」
城が震えるほどの大音声だった。
家臣達もわかっている。
主君秀吉には子がなく、右腕の実弟・秀長に嫡男がいる。
その子に、秀吉自らが烏帽子親と名付け親になる意味を。
将来を見据えた行動であることを。
それをわかっているからこそ、家臣達の秀成を見る目は温かい。
希望と期待、この子を盛り立てようという気概。
皆の思いが伝わってくる。
ふと、目線を奥に向けると、端に母が座している。
視線が合うと、にっと微笑み返してくれた。
その目からは大粒の涙が流れていた。
そして、早くから私についてくれていた小堀や羽田は、感極まった表情で目に涙を浮かべている。
祖父は、腕を組み俯いている。その肩は小刻みに揺れていた。
秀吉が言う。
「信長公の法要には、羽柴秀成として立て」
「天下の目が集まる」
「立つ場所を違えるなよ」
そう言って、笑いを誘った。
私は、ただ頭を下げた。
その夜
思いのほか静かだった。
昼間の喧騒が嘘のように、屋敷の奥は沈んでいる。
祝膳の残り香も薄れ、家臣たちの足音も遠い。
私は一人、蝋燭の揺れる座敷に座っていた。
膝の上に置いた烏帽子を、じっと見つめる。
昼間は軽く感じた。
しかし、今は重く感じる。
竹若
その名は、今日をもって終わった。
これまでは、守られる側だった。
叱られ、抱き上げられ、愛情を注がれてきた。
秀成
元服し、大人となった。
戦の世で相応の責任を負うことになる。
家の名を背負い、家を守ることを求められる。
名の重さ
家の重さ
歴史の重さ
本能寺の報せを播磨に送ったとき、私は書いた。
“成すべきことを成せ”
あの言葉は、父と秀吉に向けたものだった。
だが今日、その言葉は私自身に返ってきた。
『家を成し、国を成し、己を成せ』
父の言葉が頭を駆け巡り、胸が熱くなる。
私は烏帽子を指先でなぞった。
名が変わったのではない。
立つ場所が変わったのだ。
私はもう、歴史を見ているだけの場所には立っていない。
自らの意思で行動できる立場になった。
いずれ、歴史の渦中に飛び込むときがくると覚悟はしていた。
元服は普通、早くても12、13歳頃だ。あと4、5年はあると思っていた。
それが、意外にも早くやってきた。
心の準備ができないままに。
本能寺から3か月余。
未来を知っている。それだけで恐れは減る。
中国大返しを断行したときも、胸の奥に焦りはなかった。
山崎の報が届いたときも、私は確信していた。
史実どおりだ。
この世界を、どこか遠くの書物の中の出来事のように俯瞰してきた。
まもなく、大徳寺で、信長公の葬儀が執り行われる。
木像が造られ、神輿に安置される。
棺が担がれ、諸将が列をなす。
父・秀長は警固を統べ、伯父・秀吉は主催者として立つ。
この葬儀の後、柴田陣営との対立が決定的となり、賤ヶ岳の戦いが起こる。
小牧・長久手の戦いから、関白宣下、豊臣姓の下賜と続き、北条氏が滅亡。
これにより天下統一を果たし、豊臣の世を迎え、そして、滅びる。
歴史を知っていることは武器だ。
危険を予測し、失敗を避け、正しい側に立てる。
だが同時に、枷でもある。
もし、私が歴史を変えれば、歯車は狂う。
一つの命を救えば、別の命が失われるかもしれない。
一つの戦を避ければ、もっと大きな戦が起こるかもしれない。
ならば、何もしないのが安全だ。
流れに身を任せ、史実どおりに進ませる。
私はそれを確認するだけ。
楽で安全な道だ。
一方で、歴史に縛られ、自らの意思で何も行動できない。
私は、この世界に生まれ直した。
それに、何か意味があるとするなら、私は、何を為すためにここにいるのか。
歴史をなぞるためか。
違う。
私は、今ここで息をしている。
父も母も、ねね様も、今このときを必死に生きている。
喜び、悲しみ、感動し、焦り、不安になりながら、戦国の世を精一杯駆け抜けようとしている。
私も、彼らと同じように、精一杯この人生を生きていきたい。
竹若の自分は終わった。
これからは、秀成として、家の名を背負い、未来を知る者ではなく未来を作る者として動いていく。
そう決意した。
夜はまだ、静かだった。
だが確かに、時代は動いている。
そして、その中に、私もいる。
―歴史の中へ
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本作は連載を続けながら、表現や構成を見直しつつ推敲を重ねています。
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