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第8話 暗殺者は遊びたい

風読みの塔の二階にある私室で、レイはかつてないほど殺気立っていた。

刃の光を宿した視線は、レイの眼前に座って微笑むエラムを突き刺していた。


――信じられない。この異常者め。本気で俺と遊ぶためだけに、この塔に入った。


塔に入れる決断の直前、レイは、賭けた――この男は、方便ではなく、本気で遊びたいのではないかと。それほどの純粋で熱烈な異常を、レイは感じた。

だから、レイは賭けた。そして、その賭けは当たったのである。


そして今、いつもレイとジンが食事をとる座卓には、砂漠のボードゲーム「砂漠盤」が置いてある。塔に入るなり、エラムが要求してきたものだった。


「レイ殿、そんなに怖い顔をなさらないで。私は、あなたと遊びたいだけなのです」


「私としては、一刻も早くご退出いただきたい。私は、ここに他人が入ることが心底、嫌いでしてね。ジンにあんな命令をせざるをえなかったことが屈辱だ」


レイは先ほどまでの温厚な態度をかなぐり捨て、冷徹な声でエラムに吐き捨てる。だが、エラムにはまるで効いていないようだった。


「ふふ。今宵は、腹を割って語り合いましょう」


エラムが、石のような目を向けて笑う。レイは舌打ちをして、突き刺すように言葉を放つ。


「では、さっそく。あなたはどこからどうみても、熟練した暗殺者だ。暗殺者の仕事は、暗殺では?なぜ遊びなどにうつつを抜かしているのですか」


「はい、私は代々続く暗殺一族の者です。依頼者はルーハ教団、アシュ教団、オアシスの豪商、さまざまですね。ご推察のとおり、あなたの暗殺依頼を受けました。でも、あなたの噂を聞き、興味がわいたのです――あなたの頭脳、そしてジン殿との絆に」


レイは眉をひそめる。


「頭脳……ジン?」


「ええ、あなた方は二人で鉄壁だ。レイ殿の頭脳とジン殿の武力。レイ殿の風読み記録を拝見しましたが、的中率が段違いだ。中央にも、あなたほどの人はいない。まちがいなくルーハ最高峰です」


レイは憮然とした顔を崩さない。エラムは続ける。


「それに、ジン殿。恐ろしく強い。驚きましたよ。自力で勝てると思ってたんですがね……。仕込み刃を使わせられたのは、計算外でした」


エラムが、先ほどの模擬戦でジンにペテン技を使ったと知り、レイの目線に殺気がこもる。


「あなた方が砦で活躍するようになってから、砂漠の権力者たちは、態度を変えました。ルーハ砦、ルーハ中央、アシュ教団。皆が、《《あなた方を脅威だと感じている》》」


まったく予想外の言葉に、レイは瞠目する。


「……なぜ?私たちはただの、砦に住んで砦を守る二人組にすぎませんよ」


絞り出すようなかすれ声が、レイの唇から漏れる。エラムの双眸が、おもしろそうに歪められる。


「そこが問題なのですよ、レイ殿。最強の二人が、砦を守ってしまっていることがね」


「なんですって?」レイの声に、困惑の色が宿る。


「……ルーハ砦は、ルーハ教団で最強の戦闘修道院です。そうですね?」


いきなりなにを、と思いつつ、レイは注意深く頷く。


武力は、砦の誇りだ。砦に暮らす者たちは、自分たちの武力がルーハ随一、ルーハ中央より強い、と信じて疑わない。


エラムはレイの応答に満足したように微笑んで、続ける。


「そのとおり、砦の武力は最強です。……砦は、この武力を使って、わざわざ、神の怒りを買って呪われた【禁地】を封印している――なぜですか?」


「……なに?」


「では、別の質問を。砦は、呪われた《《禁地から》》ルーハを守っているのでしょうか?それとも、砦が《《禁地を》》守っているのでしょうか?」


「……ルーハが、禁地を守る……?なんのために?」


呆然と、レイがつぶやく。同時に、レイはジンとの会話を思い出す。


『禁地巡礼だけは、必ず中央はやってくる。なにか別の目的があるはずだ』


「――禁地を守る?禁地にある《《なにか》》を守る……?あなたは、なにを知っているのです、なぜ知っているんです」


レイの問いに、エラムは黙ったまま、楽しそうに微笑むだけだ。


「ふふ。逆ですよ。あなたが若すぎるから、知らないだけです。私に仕事を頼む権力者たちは、みんな、知っています。……だから、レイ殿とジン殿が、砦を守ることが問題なのですよ。――《《禁地を欲しがってる権力者たち》》には、ね」


レイの目が厳しくなる。


「禁地を欲しがる……!?」


エラムが両手を挙げた。


「おっと、いけませんね。あなたとのおしゃべりが楽しくて、話しすぎました。……まあ、そんなわけで、レイ殿を殺すために、まずあなた方を分断する必要があった。護衛交代の噂をばらまく人員、模擬戦で煽る人員、仕込み刃やら毒針やらサソリやら、いろいろ準備したのです、が……。暗殺はやめました。あなたの頭脳をこんな愚かしい依頼で失うなど、私の美学が許しません」


レイは絶句する。


――この暗殺者は、いま、暗殺をやめた、と言ったか?


「私が言うことではないですが、暗殺業は信頼が第一では?独断で仕事を放りだすなど、仕事を失うのでは」


耐えきれず、レイが突っ込む。首をかしげたエラムが、口元に酷薄な笑みを浮かべる。


「レイ殿は、仕事に真摯ですね。私にとって、暗殺稼業は暇つぶしです。すでに三代かかっても使いきれない財産があるので、仕事が二度とこなくなってもかまいません。私が望むことは、知的な興奮、それだけです」


「な……」


レイは二の句が継げない。


「もう正直にばらしてしまいますが、今回の依頼者は、ルーハ中央の老神官とその一味です。砦を中央の支配下に置きたい人たちですね。じつに頭の悪い男でしたよ。レイ殿を『魔術を駆使して神官長を篭絡して成り上がった、権力志向の無能』だと本気で信じていた」


レイの思考が目まぐるしく回る。


「あんな無能のために、あなたが死ぬなんて、砂漠の損失です。……あなたが生きて、彼らに消えてもらった方が、この砂漠の盤面はより美しく、面白くなる」


レイの背筋がざっと冷える。


「……あなたは、依頼者を殺して、依頼をなかったことにする、と言ってるのですか」


エラムは石のような瞳で微笑むだけだった。


この男は、どこまでも正直に、本気を語っている。その純粋な逸脱が、あまりにも異常だった。


「……さて、そろそろ、夜が更けてきました。盤上戦をしましょう。時間は夜明けまで。掛け金は命です」


エラムは小さい木箱を取り出して開けた。中には、先ほどレイを脅した毒針が収められている。


「勝った方が負けた方に、この毒針を刺します。……では、始めましょうか」


レイは、凪いだ水面のような瞳で、毒針を見つめた。不思議と、先ほどの恐怖は、もうなかった。




「砂漠盤」――砂漠に住む者なら誰もが知っているボードゲームだ。


<王><神官><剣士><隊長><兵士>――五種の駒を八×八のマス上で動かし、相手の<王>を討てば勝ちである。レイは砦で負け知らずだった。



始める前、エラムが奇妙な提案をしてきた。

「今宵は独自ルール、【死者の時間】でいきましょう」


「死者の時間?」


レイが眉を寄せる。


「ええ。私が考案しました。蝋燭が一本、燃え尽きるごとに発動する特別な時間です。【死者の時間】になれば、盤上では死者がよみがえる」


エラムは説明する。


「たとえば、こうだとしましょう。この状態で、【死者の時間】になるとします」


レイ:<王><兵士>

エラム:<王><兵士><兵士><兵士>


「レイ殿は駒が二つ少ない。だから、あなたは失った駒を二つ選び、私の盤上の駒と二つ入れ替える。好きな場所で構いません」


「……では<神官>と<隊長>を」

レイが手を伸ばし、盤上に二つの死者を帰還させた。


レイ:<王><兵士><神官><隊長>

エラム:<王><兵士>


「……つまり、定期的に、盤面を根こそぎひっくり返していくと?混沌だ」


「ええ、混沌の方が、より知的で、おもしろいですから。【死者の時間】を終えたら、再び蝋燭を灯して、次の【死者の時間】まで戦う。夜明けまで繰り返します」


「最後の蝋燭が消えたら?」


「その時点で【死者の時間】は終わり。通常ルールに戻して、<王>を討った方が勝ち。夜明けまでに決着がつかなければ、駒数の多い方が勝者です」


エラムが心底、楽しそうに微笑む。


「――……」


レイの指が、唇をこする。思考が深く沈んでいく。


「さて、始めましょう。レイ殿。蝋燭を」


レイは三本の蝋燭を座卓に置いた。これだけあれば、夜明けまで持つだろう。


レイは、蝋燭に炎をともす。青い瞳に、金色の炎が揺らめく。


――命の賭け金、か。


レイは、風をとおす風窓の脇に立って、窓から外をのぞいた。すっかり夜が更けて、闇に沈みきっている。レイは目を伏せ、目を閉じた。


――ジンは無事だろうか。ラグのところにでも、いてくれるといいのだが。


「……お待たせしました。始めましょう」



風読み塔の外は、すっかり夜風で冷え切っていた。


風読み塔から閉め出されたジンは、二階にあるレイの私室を見上げ、蝋燭が灯っていることを確認して、目線をそらした。


そのまま、扉の横にもたれかかり、うつむいた。

目はうつろで、焦点が定まっていない。消し炭のような瞳で、立ち尽くしている。


剣の柄に指をかけ、撫でては、とまる。

指先が剣から離れるたびにわずかに震え、その震えを殺すように、また指を柄に押しつける。時折、剣の束を握りしめる。

鞘が風に共鳴して、泣くように鳴る。


もういちど、強い夜風が吹く。

松明の炎が激しい風にあおられ、大きく傾ぎ、今度は耐えきれずに、ふっとかき消える。


あとには、暗い熾火が残される。

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