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第7話 二人の分断

「はじめまして、レイ殿。あなたの護衛剣士ジン殿は、すばらしい腕前ですね」


レイとジンが合流するより早く、エラムが二人の間に割って入った。


この瞬間、レイとジンは、互いに声をかける機会を失った。主が会話している時、護衛剣士は黙っていなければならないからだ。


「エラム殿。あなたの腕前もすばらしい。――ジン、帰るぞ」


言外にエラムに「帰れ、こっちにくるな」と伝えたレイだったが、エラムは無視して、言葉を続けた。


「レイ殿は、最年少で神官になられた碩学の方でいらっしゃる。ぜひ、神学について語りたい――ご一緒しても?」

「……もちろんです。喜んで」


内心で激しく舌打ちしながらも、レイはエラムとともに歩き出す。レイとエラムが左右に横並び、ジンは、沈黙を強いられたまま、レイの斜め後ろからついていく。



三人は、風読みの塔の方へ向かった。夕暮れの乾いた風を受けて、松明の炎が傾ぐ。


エラムが神学理論について口火を切った。


「罪の真実が明かされず、裁かれず、真実を知ることが叶わない時、神は沈黙した、と見なすべきでしょうか?」


「――神の沈黙は、試練です。私たちの信仰がいかに深いか、神は見ていらっしゃる」


レイは憮然と答え、会話を断ち切ろうとする。だが、エラムは強引に話をつなげる。


「そのとおりです。ですが、試練が長く続き、裁かれない場合は、どうでしょうか。自ら裁きを実行せよ、と神がお告げになっているのでは?」


エラムが食いついてくるたび、レイの苛立ちは高まっていった。


――こいつ、わざわざ、意見が割れやすい神学論を持ち出してきてないか?


早くジンと話したいレイは、一刻も早く、エラムを追い出したかった。


――いっそのこと、揺さぶってみるか?


レイは打算した。

模擬戦の異常な動きを指摘したら、ぼろを出すかもしれないし、なにか中央の情報が手に入るかもしれない。やってみる価値はありそうだった。

レイはおもむろに口を開く。


「エラム殿。先ほどの模擬戦は見事でした。……特に、相手に間合いを取らせ、後ろに引かせる技術。あれは、中央で使われる技術なのでしょうか」


口元は微笑みながら、視線と言葉で鋭く刺した。レイは挑戦的な視線を向ける。


――さあ、どう出る?


エラムは目を少し見開き、首を傾け、思案する様子を見せて、――破顔した。


「レイ殿は、すばらしい目をお持ちだ」


仮面がひび割れたかのような異様な表情に、レイが瞠目した刹那。


レイの右にいたエラムが、レイだけに見える角度で、自身の右袖から鋭い針を見せつけた。


「死の一撃」と呼ばれ、砂漠で最も恐れられる、暗殺者の毒針だった。


――!?毒針だと!?!?


レイの体が一気にこわばり、恐怖と緊張で張り詰める。同時に、ジンが、レイの急変を察した。剣の柄に手をかけて、ジンが一気にレイの前に踏みこむ。


「主!?なにが」

「ああっ!!!」


ジンとエラムの声が、同時にぶつかって弾ける。

ジンは驚愕に目を見開いた。


「毒サソリ!?」


猛毒を持つ毒サソリが、レイとエラムのすぐ足元に、うごめいていた。


ジンが、レイを腕で後ろに押しやって守ると同時に、瞬時に抜刀して、サソリの胴体を貫いて瞬殺する。


レイは、呆然としていた。声を出すことすらできないようだった。

エラムが震えた声を出す。


「た、たいへん申し訳ございません、レイ殿……!私の荷物に、サソリがまぎれこんでいたなんて。駐屯地で寝泊まりしている間に、忍びこんだに違いありません。ああ、なんて恐ろしい……レイ殿、お怪我はありませんか」


「ええ……大丈夫、です……驚き、ました」

レイは目線を泳がせながら、途切れ途切れにつぶやく。


「ジン殿、ご主人を危険にさらしてしまいました、お詫び申し上げます」


頭を下げるエラムに、ジンは黙って下がる。夜警の兵士たちが騒ぎを聞きつけてきた。


「はやく行きましょう」とエラムが声をかける。

レイはふらついて歩き出した。ジンはまた、ふたりの後をついていく。



レイは、自分の目で見たことが、信じられなかった。


――こいつ、この男、毒針で俺を脅した直後、《《自分の荷物に隠していた毒サソリを、わざと地面に落とした》》……!


――そして、俺の《《「毒針への驚き」を「毒サソリへの驚き」に、瞬時にすり替えた》》……そして畳みかけるように、「ジンにばらしたらジンを殺す」と唇の動きで脅迫してきた!


すべて一瞬、数秒の出来事だった。ちょっとずれれば破綻する芸当を、エラムは完璧にこなしてみせた。


絶望的な大胆さ、震えがとまらないほどの異常だった。


――《《だめだ。こいつは、だめだ》》。想定していたより、ずっと、ずっとやばい。こいつは本物の、とんでもない暗殺者だ。……ジン!


声にしてはいけない声で、レイはジンを呼ぶ。



『話を続けろ。気配を変えるな。ジンにばらしたら、ジンを殺す』


エラムは、ジンのちょうど死角から、レイに袖中の毒針を見せつけ、唇の動きでレイを脅してきた。


ジンの命、とエラムが唇に乗せた瞬間、レイの恐怖が沸き上がる。


――こいつ、ジンの命が目的か!?


エラムは腕を組むふりをして、さらにレイに毒針を近づける。レイは、ジンに伝える手段を模索した。だが、すぐにその考えを放棄する。


――無理だ。この間合いだと、ジンに伝えた瞬間、ジンに毒針を刺される。危険は犯せない。脅しに従うしかない。


緊張と混乱とが戦略が、レイの心で、暴風のごとく吹き荒れる。


――どうすればいい。どうすればいい……!


レイは、ジンが気づいてくれることを期待した。

ジンは、どんな小さい殺意でも、必ず感じ取る。だから、エラムが殺意さえ出してくれれば、ジンに危機を伝えられる。


だが、エラムは、殺意を消し切っていた。

尋常ではなかった。


――この男は、すべてわかって仕掛けている。「俺がこいつの策略と意図を読むこと」すら読んで、策略に含めている……!



レイの焦りは、頂点に達していた。

あと少しで、風読みの塔へ着いてしまうからだ。


表向きは、神学論と盤上戦について、レイとエラムは、にこやかに話している。

だが、水面下は、殺意と謀略が一触即発する戦場であった。


ジンの空気が変わり、警戒と不穏を帯びたものになっている。

当然だ。

風読み塔へ向かう道は、レイとジンだけのものだからだ。よそ者が入る隙などない。


なぜこいつは、ついてきて、なぜレイは黙っているのか――ジンがそう考えていると、痛いほどレイにはわかる。


あと数十歩で、風読み塔の扉にたどり着く。一刻の猶予もない。ついに、エラムが、切り札を切った。


「レイ殿。あなたの神学論はすばらしい。……ところで、あなたは、砂漠盤の名手だとうかがっています。ぜひ、あなたの部屋で、盤を囲んで勝負がしたい」


砂漠盤は、砂漠で長く歴史があるボードゲームだ。どのルーハ修道院にも置いている。レイが好きな娯楽でもあった。


同時に、エラムは、唇の動きで、最後の通告を突きつけてきた。


『塔に入れろ、遊ぼう。ジンは外せ。さもなくば、ジンを殺す』


レイは絶句した。思わず、問いかけた。


『なにが目的だ』


返答次第では、自分の身を危険にさらしてでも、ジンに知らせて共闘する考えだった。だが、回答は意外なものだった。


『あなたと遊びたい』


意味不明すぎる答えに、レイは一瞬、混乱した。

だが、迷っている暇はなかった。


残り時間はあと数十秒。

横には狂った暗殺者。

そのすぐ後ろには、なんとしてでも守りたいジン。


エラムの異常な回答が、逆にレイに覚悟を決めさせた。


「――わかりました。エラム殿。では、今夜は特別に、盤上で語り合いましょう」


「!?」

ジンの空気が、激震する。


「ジン」


レイは、ジンを見ずに言う。

エラムから目を離すことを、レイは恐れた。ジンを失うことを恐れた。


「今夜は暇を出す。いつも俺専属だからな。たまには、ルーハの兵士たちと交流を深めろ。警護は不要だ。エラム殿がいるから、警護は万全だ」


「レイ!?」


ジンが、他人がいることを忘れて、レイの名を叫ぶ。


「《《命令する。今夜は、塔に入るな》》。駐屯地へ行け」


ジンと目線を合わせられず、レイは言う。


――悪い。ジン。だが、今日だけは、だめだ。

――おまえの命が危ない。本当にすまない。

――なるべく、この男から離れてくれ。今夜だけ、安全なところにいてくれ。


レイは、声にならない言葉を、心の中でジンに向かって叫ぶ。


どうにか、自分の心が届いてくれればいい、と、ほとんどやけくそのように願い、祈る。



ばたん。


塔の扉が、ジンの目の前で閉まった。



ジンは目を見開いて、絶句したまま、立ち尽くした。


この塔は、レイとジンだけのものだった。主のレイ以外で許されていたのは、唯一、ジンだけだった。


だが、その記録がいま、破られた。


ジンはしばらく放心していた。

間違いだったと、レイが扉から出てくるかもしれなかったからだ。


だが、十分ほど経ったところで、ジンはついに理解した。


――レイから、暇を出された。

――レイの塔から、閉め出された。

――レイは、別の男を護衛に選んだ。


昨日から心に刺さり続けていた言葉の刃が、一気に血が噴き出す。


『今夜、伝えたいことがある』

レイの言葉が、最後の一撃となった。



――レイは、もう、俺を、必要としていない。



ジンは、剣の柄を、指が白くなるまで握りしめた。きち、と鍔が鳴る。


しかし、それ以上は微動だにできず、ジンは閉じた扉の前で、呆然と立ち続けた。

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