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第6話 模擬戦の罠

『禁地巡礼は二日後に決行』


砦と中央の駐屯地に、一斉に通達があった。明け方に砂嵐が吹く予定で出発が危ない、と判断されたためだった。


中央の巡礼隊はじゅうぶんに休むよう、指示が出され、レイとジンにも、束の間の待機時間が与えられた。


だが、穏やかさとはほど遠い。

レイは、ジンがずっと緊張したまま張りつめていることが気になった。


――禁地巡礼に出る前に、ジンと話した方がいいかもしれない。


まだ言えないこと、言ってはいけないこと、聞いてはいけないことは、たくさんある。

だが、言うべきで、言えていないこともある。


「ジン。今日、おまえに伝えたいことがある」とレイは、意を決して告げた。


ジンは、琥珀の瞳を揺らし、それから目を伏せて、「わかった」とだけ、短く答えたのだった。



夕暮れが近づいている。日が傾いていく様子が、ゆっくりと傾いてくる刃を思わせ、緊張を募らせた。


だが、まったく予想外の出来事が、二人の間に張りつめた緊張を破った。


「レイ殿!こちらにきてください!中央の護衛剣士と砦の戦士が、模擬戦をしていますよ!すごい技なんです。ぜひ見に行きましょう!」


中央の修道士が、驚くほどの熱意で、レイを呼び留め、兵舎の方を指差したのだ。


「模擬戦?」


模擬戦は、木剣か刃引きの剣を使って、実際の戦闘を模して戦う、砦の定番行事だ。実践訓練と剣技披露を兼ねている。


――もしかしたら、中央の情報がわかるかもしれない。


「ジン、見に行くぞ」とレイはジンに声をかけた。ジンは無言のまま、レイの後についていった。



兵舎前の訓練広場には、人だかりができていた。刃引きの剣が打ち合う鈍い金属音と歓声が、聞こえてくる。

レイとジンが近づくと、修道士たちが輪を開けて、二人を前にとおした。


刹那、わっと声が沸く。

中央からやってきた護衛剣士が、倒れた砦の兵士を見下ろしていた。


「中央から来た護衛剣士、エラム殿です」

異様に興奮した様子の中央修道士が、レイに説明する。


エラムは、砂をまとうような男だった。鈍い褐色の髪、薄い褐色の肌、刃のような切れ長の目には、赤褐色の目が鈍く光る。四肢が異様に長く、腕が蛇のように見えた。


ジンは、険しい視線で、エラムの姿を見つめている。拳を握る手に、力がこもる。


「次、三人で囲むぞ!」

近くにいた兵士が鋭く叫ぶ。


三人の砦兵士が、エラムを囲むが、一人一撃で、あっというまに三人の囲みを崩した。十秒もなかっただろう。

「おお!」と観客が声を上げる。


「さすが中央の護衛剣士!」

「ルーハ最強の戦士!」

皆が熱をこめて、褒めそやす。


一方、レイは、腕組みをしながら、周囲の熱狂を冷めた目で見ていた。その表情は、憮然としている。


――確かに、エラムという剣士は強い。砦の剣士では、歯が立たないだろう。


――だが、ジンの方が強い。あの程度の囲みなら、ジンだって一瞬で抜けられる。それに、ジンの剣の方が美しい。


――ジンを差し置いて、エラムがルーハ最強だの、砦に必要な剣士だの、ずいぶん勝手なことを。


レイは長いまつ毛を伏せる。ざらつき、ささくれ立つ心を押さえつけるように、ため息をついた。


――たいした収穫がなかったな。帰るか。


ジンに「戻るぞ」と声をかけようとした瞬間、殺気に似た気配を感じて、レイは勢いよく振り返った。


視線の先には――エラムがいた。


だがその視線はすぐに外れ、レイを通りすぎて、すぐ斜め後ろを貫いている。レイの後ろにいるのは――。


「ジン殿。砦最強の戦士はあなただと、おうかがいしました。お手合わせ願いたい」


エラムがジンに向けて微笑んだ。周囲がどよめいた。


「いいぞ!砦の実力を見せてやれ!」


人垣の中から野次が上がる。その声を皮切りに、空気が一気に手合わせの方向に傾ぐ。


レイは、内心で舌打ちをした。

ジンは見世物ではない。だが、武力を誇りとする砦で、手合わせの願いに応えないと、礼儀知らずになる。

だがレイは、ジンが嫌がるなら、ジンの主として、命令の形をとって止めるつもりだった。そうすれば、ジンの評判に傷はつかない。


レイがジンを振り返ると、琥珀色の瞳には、痛みを帯びた炎が揺れていた。レイは瞠目する。


――ジン、どうした。


「主、手合わせのお許しを」


周囲に聞こえるように、ジンは告げる。

皆が聞いてしまっては、答えはひとつしかない。


「……許す」

レイが告げた瞬間、熱気が破裂したように、声が上がる。


「砦最強の護衛剣士と、中央最強の護衛剣士の戦いだ、すごいぞ!」



囲みの中央に進み出たジンは、自分の剣を鞘ごと引き抜いて端に置き、模擬戦用の刃引き剣を手に取った。


そのまま、片足を引いて、膝を沈める。

獣が獲物との間合いをはかるように、静止した。

殺気を帯びた刃のような視線が、眼前のエラムを貫く。

対するエラムは、正面に刃を構え、間合いを探った。


次の瞬間、砂が爆ぜた。

ジンが大きく一歩を踏みこみ、続く足でさらに前へ出る。肩と腰を同時にひねり、全身をぶつける勢いで剣を横薙ぎにした。


エラムは即座に剣を合わせ、鋭い金属音を散らして後退する。そのまま同時に、ジンの背へ回りこもうとする。


だが、ジンはさせない。肩越しに鋭く一瞥し、地を蹴った。体ごと旋回し、ジンの剣がエラムの剣を弾く。


砂煙が立ちこめる中、両者の刃が交錯した。エラムの突きが、紙一重でジンの頬をかすめる。

ジンはひるむどころか、切っ先に向かって、首を捧げるかのように踏みこんだ。重心を極端に前へ落とし、肩と剣をまとめて叩きつけた。


「あの回転、見たかよ!」

「剣に向かって突進したぞ!?」

観衆のどよめきが、戦場を震わせる。


レイは、青い目を細めて、戦いを見つめる。


――やはり、ジンの方が強い。ジンの剣は、一撃一撃の圧が違う。ジンは、速くて重い。だから、強い。


さらにジンが踏みこもうとした瞬間、ジンの瞳孔が開く。エラムが袖の中に一瞬、手を隠す動きを見せた。直後、袖口の金属が閃いた。


――仕込み刃!?


ありえなかった。仕込み刃は、実際の戦闘で使う暗器で、不意討ち用だった。当然、模擬戦で使うことなど許されていない。


ジンは身の危険を瞬時に察知して、全身に緊張をみなぎらせた。すでに踏みこむ途中だった。このままでは、間合いに身をさらす。


ジンは、限界まで力を入れて、重心を背中に引き倒して、後ろに飛びのいた。


だが、ジンが飛びのくと同時に、エラムが強く踏みこんで追撃してきた。


受けざるを得ない。ギン!と鈍い剣戟音が響く。重心が乱れているせいで、ジンの剣が大きくぶれる。


エラムはさらに、仕込み刃の動きをジンだけに見えるようにしながら、剣で追撃してくる。


実戦なら簡単だ。手首を断ち切ればいい。ジンなら一瞬で落とせる。

だが、今は模擬戦で、首や手首などの急所を狙って傷つける行為は、厳禁だ。ジンが手首を攻撃して、もし仕込み刃が見つからなければ、非難はジン、そして主であるレイに向く。


――だめだ。レイに迷惑はかけられない。間合いを取り続けるしかない。


実戦に熟達しているジンは、規則に縛られた模擬戦に慣れていなかった。だから反応が遅れた。


さらに二歩、エラムに押されて、ジンは観衆の目前まで押しこまれた。


おおっ、と、熱を含んだ歓声が爆発する。


「今の見たか!ジンが押し返されたぞ!」

「ジンでも下がるのか!」


ジンは舌打ちをした。仕込み刃の動きに気づいた人間は、ジン以外にいない。それぐらい巧みに、しかし確実にジンに危機感を抱かせるように、エラムは動いている。だから当然、ジンが押し負けたようにしか見えない。


悠然と笑顔を見せるエラムに、ジンは口元を歪める。


「――は、このペテン師が」


観衆はすっかり「ジンを圧倒した最強戦士エラム」の熱気に飲まれている。


ジンの息が上がる。周囲の声がひどくうるさい。


ジンの頬を汗がつたって、顎からゆっくり水滴が落ちて、赤く乾いた地面に濃い染みを落とす。


その時、鐘が鳴った。閉門の合図だった。


模擬戦は、あまりにも突然に終わった。

観衆は皆「ジンが中央の剣士に押された」「中央の剣士のほうが格上だ」と声を上げて、散っていった。


ジンは、息を上げながら、呆然と立ちすくんでいた。あまりの予想外の展開に、頭と感情が追いついていないようだった。




レイもまた、瞠目したまま硬直していた。


異常事態だった。

どんな敵でも火力と技術で押しとおすジンが、踏みこみから飛びのく姿を、レイは見たことがなかった。

ためらいつつ後退させられていたところを見ると、危機的なやり口で、脅された可能性がある。


レイは確信した。

――剣士エラム、まともな男ではない。早くジンと話さなくては。


だが、レイの願いは叶わなかった。


すでに二人は、罠に嵌められていたのである。

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