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巡礼隊の殺意

翌朝。ついに、中央からの巡礼隊が到着した。

今年は三十人近くいるため、人も荷物も莫大である。

あちこちで、兵士と修道士が走り回り、荷ほどきと準備に追われて、ごった返していた。


風読み神官のレイと護衛のジンは、作業には参加しないかわり、別の仕事があった。


「いいか、ジン。覚悟しろ」


レイの鋭い声に、ごくり、とジンの喉元が動く。


「ジン。同じルーハでも、中央と砦は、まるで違う。実践と武力を重んじる砦と違って、中央の連中は、とにかく形式、儀礼、権力にこだわる。要は、無能クソじじい集団だ。そいつらと円満にお話する地獄のあいさつ回りが、今日の仕事だ」


「……俺がいちばん嫌いなやつじゃねえか、レイ」


「ジンは、俺の背後から圧をかけるのが仕事。俺は、ほほえみながら、やつらをかわし切るのが仕事。明快だろ?」


「了解。それなら明快だ」


呆れた笑いを含みながら、二人は拳を軽く触れ合わせる。そして、背筋を伸ばして、中央の神官が待つ執務室へ向かった。



果たして、レイの言葉は正しかった。

「中央神官どもへの挨拶回り」は、なんと、三時間も続いたのである。レイとジンが執務室からよろめいて出てきた時は、もう昼になっていた。


二人が出た吹き抜けの回廊は、がらんとしていた。

灼熱の時間帯は、修道院が廃墟のように静まり返る。皆、室内にこもって、休むか、祈るか、室内仕事をしている時間だ。


人がいないと見るや、ジンは舌打ちする。


「あいつら、思ってた以上にやばかったな。レイにだけ、ずっと気持ち悪い目線を投げかけてきやがって、なんなんだ」


「ああ、異常だ。限度を超えてる」


実際、実に奇妙な会合だった。


まるで中央の神官が総出で、《《この若造は使えるか、自分たちの思いどおりになるか、駄目ならすぐに殺せるか》》、値踏みしているかのようだった。


中央の神官たちによる、刺すような、粘りつくような言葉と視線を、レイは思い出す。



『すばらしいですね、レイ神官。あなたは最年少で神官になった。ルーハの誉れです』

『ところでレイ神官は――砦での生活は、満足していますか?中央にご興味は?』

『砦の神官長とは、うまくやっていらっしゃいますか? お手伝いできることはありませんか?』



レイは、波風を立てず、すべての言葉を「中央はすばらしい、砦もすばらしい、ルーハは皆すばらしい」と、褒め称え続け、かわし切った。


「それにしても、禁地巡礼には、やはりなにかあるな。……中央のクソじじいどもは、なにを企んでるんだ……?俺になにをさせたいんだ……?」



レイがひとり思考に沈んでいると、ジンがレイの眼前で、ひらひらと手を振った。レイは目を瞬かせて、ジンを見る。

ジンの手には、蜜菓子の箱があった。レイが好んで食べる、砂漠の菓子だ。


「おい、レイ。ひとりで飛んでたぞ。蜜菓子、食うか」


「……食べる」と、レイはぼんやりと答える。


「ジン。なんで蜜菓子なんて持ってきてるんだ」


「いや、レイが朝に覚悟を決めろって言ってただろ。おまえ、いつも考える時は必要だって言って、爆食いするじゃねえか。だから持ってきてたんだよ」


「――……食べる。食べたい。いますぐ必要だ」


レイは一息に言い放ち、あ、と口を開いてみせる。ジンは嘆息して、蜜菓子をレイの口に押しこむ。


「おまえも食っていいぞ」と、口を動かしながら、レイはジンに向かって言う。


ジンは、指についた蜜を舐めて、顔をしかめる。


「いや……ちょっとこれは……。ていうか、いつも思うけど、甘すぎねえか、これ」


「なに言ってんだ、頭脳労働に、甘いものは必須なんだぞ」


レイが目を輝かせて断言する。ジンが頭を振って、理解不能だ、とばかりに、うめく。


ようやく落ち着いたレイが、蜜菓子を飲み下しながら、つぶやいた。


「……よし、頭が回ってきた。毎年、この巡礼隊に参加する古参の傭兵がいる。彼から、中央の情報をもらおう。今年の禁地巡礼について、なにかわかるかもしれない」



二人は、砦の門外に出て、中央の駐屯地を訪れた。いくつもの幕舎が立ち並んでいる。ある幕舎前で、剣を佩いた屈強な男たちが談笑していた。


「いたいた。ラグ殿!」


ラグと呼ばれた長身の剣士が、レイを認めて破顔する。

ジンの琥珀の目が、意外な人物を認めて、驚きに見開かれる。


ラグは、濡れた夜のような黒い髪と瞳をした壮年の剣士だ。中央、砦、辺境と、砂漠全土を渡り歩く、熟達した傭兵で、その情報網から、情報屋も兼ねている。


「いやいや、レイの旦那、ジン!お二人とも、こっちです」


さっそくラグは、無人の幕舎に、レイとジンを手招きする。三人は、灼熱の太陽と人目を避けて、幕舎へすべりこむ。



幕舎内の中央にある敷布に腰を下ろしながら、ラグは人懐こい声で話し始める。


「いやあ、なんとも不思議ですね。レイの旦那、ジン。私は、お二人がまだ少年だった頃からご縁がありますが、こうやって二人が一緒のところを見るのは、初めてですよ。感無量ですねえ」


ラグはゆるりと顎に指を合わせて、二人が並ぶ姿を見て微笑む。レイとジンは、思わず顔を見合わせる。


「ジン。半年ぶりじゃないか。レイの旦那の護衛剣士に選ばれて、砦への出立を見送ったのが最後だったかな。ちゃんと護衛剣士をやれてるかい」


幕舎の入口前で警戒態勢で立つジンは、ラグを見やり、「まあまあだ」と答える。


「あれ、そっけない。なんですかね、あんなに何年も、辺境で一緒に戦った仲なのに。レイ殿。ジンのやつ、ちゃんと護衛剣士をやれてますか」


「もちろんですよ、ラグ殿」


レイは、ラグの前に座りながら答える。


「はあ、それならいいですがねえ。……さてさて、レイの旦那が私に会いに来たってことは、中央の情報が欲しいんですかい」


レイは頷く。ラグは、声をいちだん落とす。


「はいはい。――まず、レイの旦那は、ルーハ中央で大変な話題です。最年少の天才神官、最強護衛で鉄壁の守りと、評判が高い。一方で、毒のある噂も多い」


「毒のある噂」


レイが、うんざりした顔でつぶやく。


「ええ。特に人気なのが『魔術と美貌を駆使して、神官長をたぶらかして風読み神官になった』という噂です。もう砦はだめだから、砦の神官をまるごと排除して、中央の神官と総入れ替えする――なんて話も、まことしやかに囁かれていますね」


レイの瞳に、刃のように鋭利な光が走る。


「馬鹿はあいからわず馬鹿だな。オアシス育ちのふぬけた中央神官が、この厳しい砦で生きられるわけがない」


「そのとおりです。ですが、それが愚か者ってもんですぜ、旦那」


ラグもまた、冷笑を含めて応じる。

ラグの声がいちだん落ちる。


「……今年の巡礼隊は、おかしいんですよ。気持ち悪いんです。古参の私が見たことがない、新参者の傭兵や中央兵士が多すぎる」


レイとジンに、同時に緊張が走る。


「――レイの旦那。気をつけた方がいい。前に参加した風読み神官がどうなったか、ご存じでしょう。前と同じなら、《《次はあなたが死ぬ番》》だ。なにか、あなたを狙う勢力が紛れこんでいてもおかしくない。……いや、その心づもりでいたほうがいい」


重苦しい沈黙が降りる。


「俺が夜、中央の幕舎に潜りこんで、情報を探る」


ジンが鋭く告げた。瞳には、刃の光が宿っている。


「ああ、それがいいですね。……とりあえず、まあ、レイの旦那、大丈夫ですよ。

ジンがいるならね。なんていったって、辺境が誇る『狂犬』ですから。どんなやつも敵いませんって」



レイ、ジン、ラグの三人は幕舎を出て、しばらく近況を話し合った。

お互いに付き合いは七年近くになるが、レイとラグ、ジンとラグ、といった個人同士の付き合いだけで、三人一緒に話す機会は初めてだったため、話がはずんだ。


――だから、気づかなかった。三人を、遠くから眺める視線に。


気配を消し切った透明な殺意が、レイとジンを見つめていた。


レイとジンの関係――その極端な近さと遠さ――を、視線の主はじっくりと観察する。

そして、把握したとばかりに、ゆるりと微笑んだ。


「なるほど、なるほど……。ふふ、じつに罠のかけがいがある、お二人だ」


この瞬間、レイとジンに向けた罠が、音もなく、砂漠の荒野に根を張り、爆発的な勢いで広がり始めた。

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