今日も私は「嘘」をつく
■普段は悪役令嬢とか婚約破棄とか、ファンタジーを書いていますが、
たまには薄暗い現代ものを投稿。
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[日間]ヒューマンドラマ〔文芸〕 - すべて 1位
[日間]ヒューマンドラマ〔文芸〕 - 短編 1位
ありがとうございます!
御礼に、櫻井さん編投稿しました。
『見上げる空は、まだ青い』
こちらもどうぞよろしくお願いいたします。
■誤字報告ありがとうございました!感謝です!!
「あのね、果歩ちゃん。お弁当なんだけど、おにぎりとか、サンドイッチとか。そんな感じの手掴みで食べられるものにしてほしいんだ。おかずもつま楊枝とかピックで刺してあって、全体的にお箸を使わなくても食べられるの。……作ってもらっている身で、ゼイタクなんだけど、いいかな?」
「いいわよ」
「メンドウかけて、ゴメンね」
「あら、大した手間じゃないわよ」
そう言って、果歩ちゃんはにっこり笑った。優しい笑顔。……いい人だ。
果歩ちゃんは、私のお父さんの恋人で、三日前に、婚姻届というものを出して、私のお父さんの奥さんになった。
……それで、私と果歩ちゃんとお父さんは、一緒に暮らすことになったのだ。
丁寧にセットされた髪。オレンジ色の口紅。光沢のある爪の色。踵の高い靴に、明るい色のひらひらしたワンピース。
私の黒くて真っすぐなだけの髪の毛とも違う。
死んだ私のお母さんのように、時間がないからと言って、無造作にバレッタで留めただけの髪とも違う。
果歩ちゃんは、キレイ。
ホントウのお母さんとは違う。
「ゴメンね。でも、昼休みの後の五時間目の授業って、小テストやることが多くてさ。おにぎりとかなら、片手で持って食べながら、教科書眺められるから」
「……食べながらの勉強は感心しないぞ」
ぼそっと、お父さんが言う。
「あら、ちゃんとテスト勉強するなんて、りっちゃんは偉いわよ」
「えへへ……。ありがと、果歩ちゃん」
「……もっとちゃんと時間の管理をして、事前に、家で勉強していれば、昼休みに焦らなくて済むだろう」
「……そうは言ってもねえ、お父さん。学校終わって、部活終わって、スーパーに寄って帰って来て、夕ご飯作ってるんだから、時間が少ないのよね」
ジトっと、お父さんを睨む。
約半年間、お母さんが死んでから、私が家事をこなしてきた。
果歩ちゃんがお父さんと結婚して、朝ご飯と昼のお弁当を作ってくれるから、ちょっとは楽になった……けど。
「あ、あのね、りっちゃん! やっぱり、夜ご飯、あたしが作ろうか?」
「果歩ちゃんだってお仕事があるでしょう。残業の日もあるし。仕事で疲れて帰ってきた後に、夕食作るなんて、メンドウだよ」
「でも……、あたし、りっちゃんのお母さんになったんだし……」
お母さんという単語に私の顔が歪みそうになる。
それを、悟られないように、敢えてにっこりと笑う。
「果歩ちゃんの仕事の邪魔はしたくないし、お腹が空いたまま、果歩ちゃんの帰宅を待ちたくもない。私が作っておけば、果歩ちゃんも楽だし、私も空腹のままでいることもない。どうせおやつ……ダイエット用にお砂糖減らしたクッキーとか、コーンフレークとチョコレートのバーとか作るし」
「そう……だけど……」
「お父さんは家のこと、何にもやらない人だからね。これまで私がずっと家事をしてきたの。だから、朝ごはんとお弁当、作ってもらうの、すごく助かってます。週末も、家の掃除とか洗濯とかやってくれるし。ありがとう、果歩ちゃん」
そんな……とかモゴモゴと果歩ちゃんが言っている間に席を立つ。
「ごちそうさま。私、今日、日直だから、先に行くね」
日直なんて、嘘だけど。
朝ごはんで使った食器を、さっと水で洗ってから、食洗器に放り込む。
そして、昨夜作っておいた麦茶を水筒に入れて、果歩ちゃんが作ってくれたお弁当を持ってキッチンを出る。
ずっしりと重たいお弁当。
果歩ちゃんの愛と親切の詰まったお弁当。
果歩ちゃんは、お父さんの妻になるだけじゃなく、私と家族になろうと必死だ。
そのお弁当を、無造作に鞄に放り込む。
……どうせ、食べないから。
だから、代わりに。
鞄に入れてあるのが、コーンフレークをチョコレートで固めた手作りのチョコバー。
私は果歩ちゃんの愛情のこもったお弁当を捨てて、代わりにチョコバーを食べる。
……ごめんね、果歩ちゃん。でも、どうしても、ダメなんだ。
***
中学校の昼休み。お弁当の子もいれば、学校の仕出し弁当を注文する子もいる。
ウチの学校は昼休みは割と自由で、教室でご飯を食べてもいいし、中庭とかホールとかで食べることもできる。
私は自分で作ったチョコバーの入った小袋と水筒、それから果歩ちゃんの愛情弁当を持って、図書室へと向かう。
目当ては、同じクラスの櫻井さん。
昼休み、彼女はいつも、食事もしないでこうやって図書室で本を読んでいる。
「……櫻井さん。今、ちょっといいかな?」
小さい声で、彼女の名を呼ぶ。
「……三津谷さん?」
同じクラス。
だけど、親しくはない。
櫻井の「さ」と三津谷の「み」だから、名前順の班とかにも一緒にはならない。
せいぜい「おはよう」とかの挨拶とか、配布されたプリントを配るときの「どうぞ」とか。その程度。
櫻井さんの噂は、聞いているけどね。
「ちょっと相談があって。裏庭とか、中庭とか、どこか付き合ってもらっていいかな。さすがに図書室じゃ、食べながら話すってのができない」
「……いいけど。外、暑いよ」
「うん。知ってる。だから、生徒が少なくて、相談ごとには都合がいい」
櫻井さんが小さくため息をついて、立ち上がる。読んでいた本を書架に戻したのと同時に、櫻井さんのお腹が小さく鳴った。
……お腹、空いているよね。きっと。だから、私の相談に乗ってもらえるはず。
図書室を出て、廊下を歩きながら、話す。
「あのね、櫻井さん。私の父がね、再婚したのよ」
「……へえ」
それが何? みたいな顔で、櫻井さんが私を見る。
仲の良い友達でもない。
そんな相手から家庭の事情なんて、いきなり話されても困るよね。
そう思いつつ、私は階段を降りる。
……お母さんが死んだのは冬だった。ゴールデンウィークの時にお父さんは再婚して、今に至る。
約半年しか、経っていないのに。
ああ、顔がこわばる。
櫻井さんは無言のまま。でも、一緒に中庭に向かってくれた。
日陰のベンチに座ってから、私は言った。
「母が死んで半年もしないうちに新しい奥さん。まあ、父が再婚するのには反対じゃないのよ。私だって、いつまでも父と一緒には暮らす気なんてないし、父のメンドウを見てくれる女の人がいれば安心だし」
「……へえ」
櫻井さんは、興味なさげに相槌だけを打つ。
「美人で、いい人なの。こうやって、私のお弁当とか朝ごはんとか作ってくれるし」
「…………へえ」
どうでもよさそげな返事。
そんな櫻井さんに、私は果歩ちゃんの作ってくれたお弁当を差し出した。
「櫻井さんにお願い。このお弁当、食べてくれない?」
「は?」
ぽかんとした櫻井さんの顔が、だんだんと苦々し気に変わっていった。
「……三津谷さん。もしかして、わたしに同情とかしてるの?」
櫻井さんはシングルマザーのお母さんに育ててもらっているらしいという噂。
小学校の時の給食は、人一倍食べたらしいし、余ったパンなんかは持って帰っていたらしい。
中学校に上がって、給食がなくなって、食べるものがないから、空腹を紛らわせるために、いつも図書室で本を読んでいるって。
そういう、噂。
「違う」
「施しなんて冗談じゃないわ。優越感に浸るとか、野良猫に餌やりするつもりとか、そんな人、今までいっぱいいたけど、そりゃあ、食事をもらえるのはありがたいけど、結局、心の中ではわたしのこと馬鹿にしているんでしょ! 貧乏人が、施しの飯食ってるぞって、何度馬鹿にされたことか!」
怒鳴りながら立ち上がった櫻井さんの腕を掴む。
「美人で優しいお父さんの後妻サンが作ってくれた愛情たっぷりのお弁当の味がしないのよ」
「はあ⁉」
「家族になろうと歩み寄ってくれる後妻サンの笑顔も気持ち悪いし、このお弁当だって、持っているのも、本当は、嫌」
「贅沢!」
知ってる。わかってる。でも、ダメなんだ。
「昨日までは、お弁当、食べたふりして捨てていた」
「なにそれもったいない!」
「うん。後妻サンはキレイだし、いい人だし。私のお母さんが死んで半年しか経ってないのに、後妻サンのこと『お母さん』なんて呼べないだろうから、名前でいいよって言ってくれる優しさもあるし」
「……なにそれ。半年? それしか経っていないのに、再婚したの?」
「しかも見合いとかじゃなくて、恋愛結婚みたいなのよね。いつから父と後妻サンが付き合っていたのかって考えちゃうと、すごく気持ち悪いよ。母の生前からオツキアイ、していたのかなあとか、それって不倫じゃんとかねー」
もしかして、お父さんの不倫で傷ついて、お母さんは病気になったのかな……なんて思ったりもして。
ああ、気持ちが悪い。
「でも、父はね、再婚して後妻が来れば、私の生活も楽になるだろうなんて言うのよ」
淡々と言う私。
櫻井さんのほうが、激昂している。
怒って、くれている。
「馬鹿でしょ、三津谷さんのお父さん!」
「うん。気持ち悪いのよ。それで、私、果歩ちゃんの……、あ、後妻サンの名前ね……作るごはんの味を、感じられないのよ」
ハンカチで包まれているお弁当箱。それをゆっくりとベンチの上で開いて櫻井さんに見せる。
「ね、丁寧に作ってあるでしょ、このお弁当」
櫻井さんも、お弁当をじっと見る。
また、櫻井さんのお腹がぐうっと鳴った。
「中学生の女子が好みそうな、カラフルなお弁当ね……」
「星型に切ったニンジンとか、ピックに挿した枝豆とか。ハムとケチャップのライスとか、幼稚園生のお弁当かってカンジだけど。朝から手間暇かけて作ってくれたって分かるお弁当よね」
うんうんと頷きながら、言う。
「だけどね、いくら手間暇かけてもらっても、果歩ちゃんの作るごはんは気持ち悪いの。食べたくないの」
自分で作ったチョコバーを取り出す。
「せっかく作ってくれているお弁当は、さっきも言ったけど、捨てていた。代わりに私、こうやって自分で作ったチョコバーとかをお昼に食べている」
お弁当を放置して、私は自分の作ったチョコバーを食べる。
甘い。
きちんと味が感じられる。……自分が作ったものならば、今は、まだ。
「愛情かけて、時間をかけて、作ってくれたお弁当を捨てるって、すごい罪悪感。だけど、それ、食べ続けていたら、きっと私が壊れる」
朝ごはんは、なんとかなっている。
朝は小食とか言って、コーンフレークとかヨーグルトとかにしているし。
それじゃ足りないだろうって、わざわざ作ってくれるサラダとかスクランブルエッグとかは、牛乳で無理やり流し込んでいる。
夕ご飯は自分で作っているから問題ない。
週末、果歩ちゃんが仕事がお休みの時、作ってくれるものだけは、我慢して飲み込まないといけないけど。ゴムとか砂を噛んでるみたいにしか感じられないんだ。
お弁当、要らない。
学校の仕出し弁当、注文するから。
そのほうが果歩ちゃん、楽でしょう?
そう言ったのに。
それじゃあ、栄養が心配だわ。
家族になるんだから、このくらいさせて。
果歩ちゃんは、私に歩み寄ろうとして必死だ。
だから、私は、この愛情たっぷりのお弁当を拒めない。
代わりに、捨てやすいように、おにぎりとかにしてくれって言ったけど。
……おにぎりとかなら、櫻井さんの夜ご飯用に持って帰りやすいかなー、なんて思ったりして。
「お弁当、捨てるくらいなら、わたしに食べろってこと?」
「うん。それから、食べた感想、聞かせてほしい。これが美味しかったとかマズかったとか、率直に。それを、果歩ちゃんに伝えるから」
そうすれば、ちゃんと食べてるって思われるでしょう。
櫻井さんは、すとんとベンチに座りなおして、それからお弁当をがつがつと食べ始めた。
私もモグモグとチョコバーを咀嚼する。
そのまま黙って食べ続けて。
お弁当を食べ切った櫻井さんがボソッと言った。
「……ケチャップライスなんて、久しぶりに食べたわ」
「うん」
「わたしのお母さんも、わたしが幼稚園生の時はお弁当、作ってくれたから」
「うん」
「だけど、小学校に上がってから、カレシが出来たみたいで」
「うん」
「わたしのごはん、すぐに忘れる。あと、たまに夜も帰ってこない。昨日なんて、玄関に五千円札、置いてあったけど。ただそれだけ」
五千円なんて、すぐに使い切ってしまうだろう。
食費以外にも、学用品や生理用品を買ったりしていれば、あっという間になくなる。
「うん」
「高校生になれば、バイトできるから。それでなんとか食いつなげると思うんだけど。それまでは、お腹空かせたままだなって。もう、馬鹿にされてもいいから、施しでもいいから、食べ物下さいって、ホントは思っていた……」
櫻井さんの大きな瞳から、ぼろぼろと涙がこぼれた。
それに気がつかないふりで、私は言った。
「私、高校は全寮制の学校に入って、家を出るつもり。だから中学校の間だけ、だけど、お弁当食べてくれる? 私、後妻サンのことも、お父さんのことも正直に言って、気持ち悪いけど。二人の家庭を壊す気はないの」
「……中学校の間の、期間限定お弁当同盟?」
ずびっと、洟を啜り上げながら、櫻井さんが言った。
「あはは、櫻井さん、ウマイこと言うね!」
空を見上げる。
初夏の、爽やかな、青い空。
自由に風に流れて行く白い雲。
中学生では、どこにも行けない。
お金を、自分で稼げるようになるまで。
私たちは扶養されるしかない。
たとえそれが、精神をすり減らすようなものであっても。
「高校を卒業して、自分で働いてお金を稼げるようになったら」
「うん」
「きっと、自由に、どこまでも行ける」
「うん」
「それまでは……。私、嘘を吐いて、心を騙して、生き延びるつもり」
心が壊れないように。
笑顔の仮面で。
一人ではつらいから、同盟者に櫻井さんを選んだ。
櫻井さんも、私と同じように、空を見上げた。
「わたしは……なんとか食べて、この体が死なないようにするしかないか」
「うん。お互い頑張ろう。大人になるまで」
「そうだね……」
これから、私は。
何回、何十回、何百回もの嘘をつく。
ありがとう、果歩ちゃん。
お弁当美味しかったよ。
いつも助かるよ。
嘘を、つく。
自分の心を騙して、生きていく。
私が、自由になれる、その日まで。
終わり




