出会い
砂の切れ目の中、ぼんやりと人影が浮かぶ。
鉄塊を引きずるような音を響かせているが
どこか柔らかな足音にも聴こえる。
この渇ききり荒廃した世界にもまた脈々と命を繋ぐ街があった。
風に煽られるダスターコートに少し苛立ちながら一歩一歩、道を踏み締める彼は日除のテンガロンハットを指先で少し押し上げ、掠れた文字列を掲げる店に目をつけた。
「今回はこの辺りかな。」
紫外線により劣化し皺の入った顔面の生体組織は
“生身”であれば中年に差し掛かる頃合いだろう。
軋む板を踏み締めて、店に入る。
案の定、耳目を集めるがかつての酒場とは
似ても似つかない静けさだった。
光を反射する飾りと化した酒瓶には透明の液体が満たされており、背中の曲がったバーテンダーもグラス磨きに専念している。
残りは階段前に1人、フロアに2、3人の客だ。
「ハズレだな。」
「お客さん、見ない顔だな。ワンダラーってやつか。」
「あぁ、そうだ。不本意だが。」
「注文は何にする?」
「水を1杯。わざわざ聴くことか?」
「10ドルだ。はは、そうだな。あんたの言う通りだよ。」
「悲しいね。たかが水にこれか。」
「仕方ないだろう。これでもこの町じゃ最安だよ。」
「そうかい。」
ぬるい水の注がれたショットグラスを受け取りながら
どこかでみた酒のラベルに目を滑らせていると
ふと吹き抜けの2階に何かを感じた。
4つほどドアがあるがどれも外から開けられるようには見えない。
「ビンゴ...!」
ほとんど聴き取れない囁きだがこの時代には通用しない。
「すまないが見逃してくれないか。ここは出遅れた田舎町だ。あいつらの便利な機械が出回る頃には俺もジジイだったんだ。あんたが狙う生身は皆、持ってねえ。」
「ミスったな。地獄耳じゃねえか。」
「便利になったもんだ。だがな脳は古いから、武器を扱うような負荷には耐えられない。無防備だ。」
「シェリフ化を受け入れても時すでに遅しと。メンテすれば永遠の命と似たようなもんだがその姿だと惨めだな。」
「ワンダラー、ジジイをみくびるなよ。脳がジジイでも奴らの狙いくらいわかる。いくら高価な機械で釣ってもな。お前さんも奴らと同じ体だろう。そんなものはまやかしだ。」
「やめてくれ。なりたくてなったわけじゃないんだ。だがな邪魔をするなら死んでくれ。」
ワンダラーと老人は互いに眼を合わせ、間合いをとる。だがその老人は高潔な心と引き換えに野生を鈍らせていた。
「残念だったな。遅い。」
ワンダラーの“目”は確実かつ正確に老人の脳を捉えた。
緑色の視界には
「ターゲット捕捉。機械化率95%。脳年齢Very High。」
と記される。
それとほぼ同時に彼のリボルバーは発射されていた。
銃の側面に刻印された「Haber」(ハブラ)、それが彼の愛銃の名前らしい。
全身の皮膚が甲殻類のように割れ、赤、白、青の
液体が極彩色の噴水を出現させる。
店内の人間は一目散に2階へ駆け上がる。
「武器を持ってないにしては妙な緊張感だったな。」
手慣れた様子で亡骸を探るワンダラーは合金で作られた骨格、臓器をかき分ける。
「ジジイ、ボケてたか。有刺鉄線見たいな背骨しやがってよ。」
老人の亡骸を弄るうちに回路がショートしたらしい
ワンダラーは一瞬の痺れを感じた。
「生身5%とはいえ。やはり何も使えそうにないな。」
「ウッ...!」
緑色の画面が急に砂嵐になった。その場で直立不動になったワンダラーは次第に真っ白な砂嵐に引き込まれていく。
「ズドン!!」
新しい銃声に彼は現実に引き戻された。
「おっと残り4人。この様子じゃ武器は持ってるだろうな。ボーッとしてたからってあんまり俺を舐めるなよ。」
再び無機質な緑色の視界が瞬時に4人のターゲットを絞り込む。
ワンダラーが階段前の少し高い机に滑り込んだ、と次の瞬間、3発の銃声がなり床には4人の死体が転がっていた。
「よし。2枚抜き。コストカット成功。」
軽やかな足取りで階段から2階に上がる。
体当たりで1枚、2枚、3枚とドアを開けた彼は
息も絶え絶えだ。
「ようやくラストか。頼むぞ。」
力を振り絞り、ドアに体当たりをする。
「バタン!」
轟音と共に開いたその奥のドアには
黒髪で碧眼、艶やかな肌を保つ母親と
その腕に抱かれた赤子がいた。
その親子は騒ぎに怯え、声も出せない様子だった。
ワンダラーはしばしその親子を見つめていた。
かつてどこかで見た記憶のような、懐かしさを感じた。いやもしかすると彼が見た夢、あるいはMIRAC
(Mental Illness Recovery And Control)で植え付けられた記憶のサブリミナル効果かもしれない。
「ターゲット複数捕捉。機械化率0.5%。脳年齢Normal。」
「ターゲット2捕捉。機械化率0.0%。脳年齢Very Low。」
「ピピピピ」
無機質な雑音がふと耳を刺激した
「Calling from Manager」と視界に表示される。
「くそ、また催促か。頼む繋げてくれ。」
「ヨォ!ワンダラー。どうヨ最近は。」
「あっ、どうもどうも好調ですよ。」
「好調ってねえ、、ボクも上からノルマノルマって
せっつかれてるのよ。」
「んなこと言われましても。おたくらシェリフが
取り逃がした“生身”を探してあげてるのは誰ですか。」
彼は溜息混じりに返事をする。目の前の母親であろう生身は今にも失神しそうな青ざめた顔だ。
「それはわかってるけどね。ボクも協力するから頼むよ。現場には行かないけどね。体が痛むからね。」
「ちなみに先日、もらった手配書にあった町に来てみましたけどね。ほとんどもぬけのからですよ。」
「あらそう、まあ機械には興味ないのよ。」
「だからもちろん生身なんていませんよ。」
「残念ね。ま、残りも頼むよ。実績がなければ報酬もない。君にもやりたいこととかあるでしょうよ。」
彼は少し顔を曇らせた。
「どうでしょうね。今は日銭稼ぎで充分です。」
「はいはい、じゃ、次はいい報告待ってるワ。」
「通話終了。」
無機質な機械音でアナウンスがながれる。
「あいつ、人任せにしやがって。こちとらやりたくてやってるわけじゃねえんだよ。」
相変わらず硬直していた親子に向けて彼は
こう語りかける。
「俺みたいなやつだけが相手だと思わないほうがいい。じゃあな。」
雑草の一本も生えない真っ暗な砂漠を“馬”で疾走する中、彼はつぶやく。
「やりたいこと、か。」
落ちていく小さな羽を掴むような捉えどころのない感覚に
困惑した表情を浮かべる。
「クソっ!」
彼は自分の頭を軽く叩く。
「またこの砂嵐か、、こう調子が悪いんじゃ仕事もまともに務まらん。流しの医者は信用ならねえな。」
外套とも言えないボロ切れをきた彼は
私には砂上の貴石に見えた。