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第3話 俺、まゆちゃん布教に命を燃やす

まずは、作戦だ。

ただ会いに行くだけじゃ、足りない。

俺は頭をフル回転させた。


(今、まゆちゃんは……前より注目されてない。だから、特典会の列も減ってる。)


それがどれだけ悲しいことか、オタクの俺には痛いほどわかる。


なら、俺が、目立つしかない。

俺が熱量全開で回りまくれば、周りのオタクたちも気づくはずだ。


「まゆちゃん、やっぱすごいな」

「こんなに全力で推してるやつがいるなら、気になるな」

「なんか、まゆちゃん、いいかも」


そうやって、またまゆちゃんに興味を持つ人が増えるかもしれない。


(俺が、火種になる!)


バカみたいだけど、マジだった。

ここで行かなきゃ、男じゃない。


財布を開いて、バイト代を数えた。

クレカの明細は見ない。見たら負けだ。


「よっしゃ!!いける!!!!」


夜の公園でひとり、謎のガッツポーズ。

犬の散歩中のおじさんに三度見されたけど、気にしない。


俺は、まゆちゃんのために、全力で突っ走ると決めた。



特典会作戦決行の、ライブの日が来た。


暗転したステージに、歓声が湧く。

俺は思った。


(きた、きたぞ……!!)

ペールピンクの初恋、久しぶりのライブ。

会場の空気がぴんと張り詰める。


イントロが流れた。ふわっと照明が灯る。

そして──センターに立っていたのは、ふわふわのリボンに包まれた、フリルの天使だった。


(まゆちゃん……。)

ツインテールに揺れるリボン。きらきら光るパステルカラーの衣装。


小柄な身体をいっぱいに使って、スポットライトを受け止める姿。

ただそこにいるだけで、もう眩しすぎて倒れそうだった。

歌い始めたまゆちゃんの声は、震えるほど優しくて、まっすぐで、胸に染みるというより、直に心臓わしづかみにされた感じだった。


気づいたら俺、泣いてた。しかも盛大に。涙拭こうとかそんな余裕もなくて、ただ、頬を伝うまま、まゆちゃんを見上げてた。


(天使だ……。)


心の底からそう思った。奇跡って、たぶんこういうこと言うんだろうな──って、素で思った。


「君がだあいすき♡!」


キラキラのイントロに合わせて、まゆちゃんがステージ中央で笑う。

客席から「オイ!オイ!ウリャオイ!」のコールが一斉に上がる。

俺も、全力でペンライトを振った。

喉が潰れるかと思うほど叫んだ。


(これだ……これだよ!!)


ペールピンクの海の中、まゆちゃんは誰よりも輝いてた。


ふわふわのスカートがひらりと舞うたび、笑顔がこぼれるたび、心臓がギュウっと締め付けられた。

ライブが進むごとに、まゆちゃんの表情がどんどんやわらかくなっていくのがわかった。全力で、不安も迷いも隠して、一曲一曲、ファンに届けようとしてるのが、痛いくらい伝わった。


(まゆちゃん……負けないで……!)

そんな想いをペンライトに込めて、俺は何度も何度も振った。まるで祈るみたいに。




あっという間にライブは終わった。

拍手と余韻だけが、会場に残った。息を切らしながら、俺は拳をぎゅっと握った。

(この子を、支えたい。)

心から、そう思った。


(次は……特典会だ!!!)

戦闘態勢、完全に突入。


ライブの熱気を引きずったまま、俺は特典会の列に並んだ。手には、数え切れないくらいの特典券。

現金、ぶっこんだ。何枚買ったかもう覚えてない。

(俺が盛り上げるんだ!!!)

順番待ちの間、深呼吸するも、手汗止まらず、Tシャツはぺたぺた。

列は前より短くなってた。それがまた、俺を突き動かした。


まゆちゃんの姿が見えた。

ふわふわのツインテール。ペールピンクのリボン。

ちっちゃな身体で、精一杯ファンに笑顔を向けてる。

(がんばろう、俺。)

心で叫びながら、順番が来た。特典券を差し出して、顔を上げる。


「だ、大好きですッ!!」


声、裏返った。顔、真っ赤。死にたい。けど、まゆちゃんはぱちくり瞬きして、くすっと笑った。

「ありがとうございます……っ」って、ちょっと震える声で言ってくれた。


(か、かわいすぎか……!!)


ハートポーズ?もちろんぐしゃぐしゃだった。

手、震えすぎて、ハートどころかほぼ円形だった。


次の列に並び直して、また順番を待つ。

手汗で特典券、ぺったぺた。何周目かわからなくなったころ、耳に入った。


「何周してんだよ……」

「かわいそう……10周してるのに大好きしか言えてねえ……」


耳まで真っ赤。恥ずかしすぎて死ぬ。でも。


(まゆちゃんのために!!!)


俺は拳を握り直した。大好きしか言えなくてもいい。

カッコ悪くてもいい。俺は、まゆちゃんを全力で応援する。ただ、それだけだった。


特典会が終わる頃には、喉枯れ、腕プルプル、顔真っ赤。

でも、心はあったかかった。


(楽しかった……。)


「だ、大好きです!」しか言えなかった。

ハートポーズはぐしゃぐしゃだった。周りからは憐れみの目で見られた。


それでも。まゆちゃんは毎回、笑ってくれた。それだけで、十分だった。


帰り道。


夜風が少し冷たかったけど、心はぽかぽかだった。

(もっと、できること……。)


コンビニの駐車場で考え込む。

思い出すのは、界隈でバズってる“奇跡の一枚”たち。


(……俺も撮るか。まゆちゃんの奇跡の一枚。)




電器屋に駆け込んだ。

カメラ売り場、ずらっと並ぶ一眼レフ。


(たっけぇぇぇぇ!!)


叫びかけたけど、堪えた。


(いける。俺、いける!!!)


バイト代ぶっ飛ぶけど、まゆちゃんのためなら、いける。


帰り道、カメラ抱きしめながら震えた。


(やるぞ……!)


家に帰るなり、YouTubeで「初心者向けカメラ講座」を開き、F値?ISO?ホワイトバランス?知らんがな!!!!となりながらもノートに必死でメモ。


翌日、近所の公園でカメラ練習。

ピンボケ、ブレ、暗すぎ、明るすぎ──失敗のオンパレード。

でも、負けない。


(最初からうまくいくわけない!!)


小学生たちに「なにあのお兄ちゃん」とヒソヒソされながら、必死にシャッターを切った。


そして、ライブ当日。


「君がだあいすき♡」のイントロが流れる。

撮影可能曲。カメラを構える。まゆちゃんが、ステージ中央で、満面の笑みを浮かべる。


シャッターを押す。カシャッ、カシャッ、カシャッ。


手、震えた。ピント、迷子。

でも──ファインダー越しに、まゆちゃんと目が合った。

直人、死亡。


(……やばい。)


完全に思考停止。


それでもなんとかシャッターを押した。


特典会。

まゆちゃんが目の前に立つ。

「今日も来てくれてありがとうございます!」

両手でハートを作りながら、まっすぐな瞳で。


(なんでだ、言えねぇぇぇぇ!!!!)


喉まで出かかった「大好き」が、どうしても出なかった。

顔真っ赤にして、ぐしゃぐしゃなハートポーズだけ作った。


列を抜けたあと、壁に頭ゴンゴンぶつけた。


(なにやってんだ俺!!!!)


でも、心はあったかかった。




帰宅して、俺はリュックからカメラを慎重に取り出した。超高額バイト代ブッ飛び兵器。両手で包み込むように持ち、震える指で今日のデータを確認する。


開いた瞬間、モニターいっぱいに広がる、ブレ、ピンボケ、白飛び、黒潰れの祭り。


(やべえな……これはもはや現代アートでは?)


思わず後ずさりしかけたけど、必死に探した。


そして──あった。


奇跡の一枚。


ライブ中、ファインダー越しにまゆちゃんと目が合った、あの瞬間。

スポットライトを浴びて、ふわっと笑う天使。それが、ちゃんとそこにいた。


(やば……。)


マジで息、止まるかと思った。これだ。これしかない。

世界に、まゆちゃんのこの奇跡を、見せたい。


俺は、新しく作っておいた推し活専用アカウントを開いた。

手が震える。スマホも震える。心臓はもうとっくに限界突破してる。


(投稿、するぞ……!俺!!)


慎重に写真を選び、「#ペールピンクの初恋」「#星川まゆ」「#君がだあいすき♡」ってタグつけて、ポストボタンを押した。

押した瞬間、スマホを取り落としかけた。


画面に「投稿完了」の文字。


(うわああああああああ!!!!!!!!!)


心の中で絶叫しながら、ごろごろ転がりたい衝動を必死に抑えた。

深呼吸。いや無理。画面をそっと覗く。


数分後──


ポンッ。


通知が鳴った。


ポンッ。ポンッ。


また鳴った。


いいねが、増えてる。どんどん、増えてる。


リプも、来てる。


「えっ、この子、可愛すぎない……?」 「こんな笑顔されたら、推すしかない……!」

「誰!?推し増ししていい!?」


スクロールする指が震えた。画面が滲んだ。


(よかった……!!)


本当に、心の底から、そう思った。


俺の写真で、まゆちゃんのこと、知らない誰かに届いたんだ。

たった一枚でも、たったひとりでも、世界は、ほんの少しだけ変えられるんだって、思った。


スマホをそっと置いて、俺は布団に顔をうずめた。


「まゆちゃん……俺、がんばるからな。」


ぐしゃぐしゃの声で呟く。


推しがいる。

それだけで、生きていける気がしていた。


──そして。


静かな部屋の片隅で、

ぺらり、と音を立てて、空っぽの財布が転がった。


それに気づくこともなく、

俺は、深い眠りの中に落ちていった。

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