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会いたかった  作者: じいちゃんっ子


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第5話 会えて良かった

 美愛が大学の入学式で着るスーツを買う為、今日はドレスメーカーに来た。


 中目黒にある高級そうな店。

 俺とおじさんは美愛の付き添い。

 そして今日はおじさんの奥さん、紗央里さんが二人の娘さんをベビーシッターに預けてまで来てくれた。


 服飾に詳しい紗央里さんが、美愛に色々アドバイスをしてくれる。

 美愛が普段着ている服は、殆どが地元の友達から貰った古着ばかり。


『オシャレには興味ないの』

 そう美愛は言ってるけど、本当はお金が勿体ないから我慢してるのを俺は知ってる。


 おじさんにその事を教えたから、先ずはスーツを、となったのだ。


「オーダーしてまで作るとは思いませんでした…」


「何を言うんだ祐介君、入学式は娘にとって一生一代の晴れ舞台じゃないか、親として協力しないでどうする」


 おじさんが笑う。

『一生一代』って、卒業式とかに使う言葉のはずだけど、おじさんは間違いだと分って使ってる。


「二人共、お待たせしました」


 他愛もない話をしていると、店の奥から歩いて来る綺麗な女性。

 おじさんの奥さん、石井紗央里さん。


「お疲れ様です、紗央里さん」


「美愛ちゃんは私にとって妹みたいなものだからね。

 私も楽しませて貰ってるわ」


 紗央里さんは微笑みを返す。

 美愛は紗央里さんから見れば前妻の娘なのに、全く嫌な態度を見せない。

 それどころか、美愛を自分の娘…いや妹のように優しく接してくれる。


 今まで美愛に近づく人間を沢山見てきた。

 一見親切そうにしていても、内心では見下していた奴や、心配する素振りだけして、下心から近づく奴等。


 徹底的に排除してやった。

 特に悪い(男共)は…


「祐介君?」


「なんでもないです」


 紗央里さんから、そんな空気は全然感じない。

 本当の美愛を理解してくれる人なんだろう。


「美愛はまだかね?」


 おじさんは美愛を妹と言った紗央里さんに、苦笑いを浮かべる。

 でも紗央里さんは32歳だから、18歳の美愛を娘と呼ぶ訳に行かない。

 それに二人の娘さんだって、6歳と2歳だし。


「生地とデザインは決めたから、今は型紙を作る為の採寸をしてるわ」


「そうか、急がないと入学式まで時間が無いからな」


「採寸は1時間くらい掛かるって」


 大学の入学式まで後2週間を切った。

 本当は先月全部済ませる予定だったが、裁判の影響で遅くなってしまった。


 あの女(史佳サン)が捕まったせいで、養育費返還の裁判は現在止まっている。

 被告が相手の弁護士事務所で暴れて、逮捕されたから当然だろう。

 捜査の結果、(史佳の母親)は10年近く前から薬物を使用していた。


 経緯や入手ルートは現在調べているが、そんな事はどうでもいい。

 大事なのは未来永劫、美愛の前に姿を現さない事。


 今もアイツは禁断症状による錯乱が酷く、マトモに話す事すら出来ないらしい。

 出来れば、このまま収容施設で一生を終えて欲しい。


 美愛はそれでなくとも、母親に対し、酷いトラウマを抱えていた。


 俺が初めて会った時、美愛はガリガリに痩せていて、幼稚園の隅で怯えて震えていた。


『祐介、美愛ちゃんを守りなさい』

 母に言われるまでもなく、そのつもりだった。

 みんなの憧れ、ヒーローは弱い者を見捨てない、必ず助けるのだ。


 成長するに従い、綺麗になる美愛に違う感情を持つようになったのは別の話。


「1時間も待っていたら、店の迷惑になる。

 どこかで時間を潰そう」


「そうね、祐介君も来なさい」


「分かりました」


 店を出てた僕達は近くの喫茶店に入る。

 目黒川沿いにある、某有名コーヒーチェーン。

 地元にも支店はあったが、入るのここが初めて。


「えーと…これは」


「祐介君、私と同じでいいね」


「…はい」


 メニューを見て固まる俺を見たおじさんが、代わりに注文を済ませてくれた。

 オーダーの呪文は覚えたから、次に美愛と来た時は俺が注文してやろう。


 受け取りカウンターで商品を貰い、窓際のテーブルに座る。


 おじさんと紗央里さんはオーダーした美愛のスーツに合う服装を相談している。

 子供の服まで話してるけど、おじさん達は娘さんまで連れて来るつもりなのか?


「まあいいか…」


 おじさんは、それだけ入学式に出られる事が楽しみなんだろう。

 美愛だって、悪い気はしないに違いない。


 それにしても、ファションの難しい話は分からない。

 だけど、美愛のスーツがいくらするのかは気になる。

 二人共、値段の話は一度も言わない。


 洋服店には値段表が一切無かった。

 陳列されていた商品も値札が無かったし、あの店は既製品を扱ってないと言ってたよな。

 もう想像つかない…


 考えても仕方ない、ここは現実逃避をしよう。


 店内のガラス越しに見える街並み、意外と民家が多い。

 少し草臥れた4階建ての雑居ビル。

 洋菓子の生産工場。

 東京も近代的なビルが並ぶ表通りから一本離れたら、こんな感じなのか…


「二人は東京に慣れたかい?」


 外を眺める俺に、おじさんが聞いた。


「まだまだです。

 どこに行っても人が多くて、直ぐ迷子になりそうですよ」


 俺達の住んでいた町は人口500人程の過疎地。

 市民全員を合わせても、一万人に届かない。

 首都東京と比べたら、人口は桁違いに少ない。


「今まで東京に来た事は?」


「無かったです。

 僕達ずっと田舎に居ましたから」


「そうなんだ」


 おじさんは横浜市内出身で、紗央里さんは東京の港区出身。

 都会生まれの二人からすれば、田舎で生まれ育つってどういう物か想像出来ないのかな?


「修学旅行はどこに行ったの?

 あの辺りの学校なら、行き先が東京とか…」


 ようやく意図が分かった。

 紗央里さんは、俺達に東京への憧れがあったか、聞きたかったんだ。 


「中学の修学旅行は東京でしたが、僕達は行きませんでした」


「どうしてなの」

「紗央里…」


 おじさんが紗央里さんの言葉を慌てて止める。

 おじさんは、紗央里さんに教えてなかったんだ。


「色々とあったんです」


 高校の時はバイトをしていたから、北海道への修学旅行は問題なかった。


 でも中学の時、美愛の家は費用の積み立てが出来なくて、修学旅行を諦めると言い出した。


 俺の母は立て替えを提案したが、美愛は頑なに断った。


『そんな迷惑を掛けられない』って。


「…ごめんなさい、私ったら軽はずみな事を」


「いいえ、大丈夫ですから」


 紗央里さんに悪気は無かったのだから、問題はない。

 俺も中学の修学旅行を行かなかったからね。

 出発当日にドタキャンしてやったのだ。

 母は呆れていたが、怒らなかった。

 反対に美愛には、めちゃくちゃ怒られた。


 泣きながら、

『同情なんかしないで』って。

 だから『大好きな美愛の来ない旅行なんて、行く価値あるもんか』って言ってやった。


「祐介君?」


「あ…ああ、すみません」


 つい昔を思い出してしまった。


「…ずっと美愛を守ってくれていたんだね」


「そう…なりますね」


 おじさんの言葉に頷く。

 俺は美愛を守るヒーローになると4歳の時に誓った、今も。


「どうして大学を東京に?」


「それは…中学の時、美愛が」


 俺達が特に東京へ憧れを持ってない事は分かっただろう。

 それなのにどうして東京を選んだのか、ちゃんとした理由があった。


 結局行けなかった中学の修学旅行。

 行き先が東京だと知った時、美愛が言った言葉…


「東京に行ったら、お父さんに会えるかな…と」


「…そう美愛が言ったのか」


「あなた…」


アイツ(史佳)じゃなく、私に会えるかと…」


「ええ…そうです」


 おじさんは目頭を押さえ、身体を震わせる。

 紗央里さんの目も涙が流れていた。


 美愛はずっと以前から、母を見限っていた。

 だから母の嘘を信じなかったし父親に会える時を追い求めていた。


「もっと俺が早く美愛に…娘に連絡していたら…」


「まだ遅くはありません。

 これからです」


 おじさんはまだ悔やんでいる。

 だけど大丈夫、あなたは生きている。

 亡くなった俺の父と違う、先の未来はまだあるんだ。


「おじさん、これからですよ。

 美愛の幸せを一緒に見ましょう」


「そうよ、あなた」


「ああ…私はいい息子を持った」


「本当にね、でも私には息子?

 いや弟になるのかな…」


 おじさんは俺を抱きしめる。


 美愛、俺にも父親が出来たみたいだ…


次、久しぶりにエピローグ行きます!

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― 新着の感想 ―
オーダーの呪文と言うと「ニンニク マシマシ アブラ カラメ 」かな
何で父親が親権取れなかったのやら
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