5 ヒッコ
怪物の血は金色なんだ。
先生はあの木の洞の家の中で私に世界を教えてくれる時、いつもそう言っていた。
「その昔、この世には三つの生き物がいた。人と、神と、怪物だ。人の血は赤色で、神の血は銀色で、怪物の血は金色だった。だからね、金っていうのは村の人には嫌われている色なんだ」
そう言って、先生は自慢の豊かな金の髪を指先でくるくると弄んだ。
「私は先生の髪の色好きです」
「あはは、嬉しいことを言ってくれるね。ありがとう。でもやっぱりこれは汚れた色なんだ」
先生はそう言って、前髪を隠すように後ろに掻き揚げた。木の洞の家の中には明かりが無かったから、木肌の内側に封じられて彷徨う月光がしっとりと先生の髪に絡みついていた。絵具に浸したばかりの絵筆の先のようで、けれどもその美しい色を載せるカンヴァスを先生は持っておらず、ただ宙ぶらりんになった金の髪の毛先が背中で揺れていた。
私は先生さえ良ければ、彼女のカンヴァスになる用意は身も心も出来ていたのに、彼女はそもそも自らの美しさを誰の肌にも刻まぬようにしているようだった。月のように孤独な人だったんだ。だから勿体なく、はちみつのようにとろとろと毛先から滴り落ちていく彼女の美しさを、私は毎晩のように眺めていた。
「だからこれを美しいなんて言ってはいけないよ。人の心を失ってはいけないんだ。いつか私たちも人の渦に還る時が来るかもしれないからね」
「美しいと思うことが、人の心ではないんですか」
「違うよ。それは獣の心だ。在るものを在るがままに感じるのは、本能の領分さ。でもね、人って言うのは理性の傀儡であるべきだからそれじゃあいけないんだ。だから在るものを在るがままに感じるんじゃなくて、在るものを正しく感じなければいけない」
先生はそう言って、首を絞めるようにきつく頭の後ろで金の髪を束ねた。すっきりとした丸い耳の形が露わになって、先生は包み隠すところなんて一つもなさそうに笑った。
「それが人として生きるってことだ」
幼い私はなんだか難しくて、先生の膝の上に頭を投げ出した。密やかな夜の隠れ家である木の洞の家をそこから見上げると、いつも真ん中には先生の顔があった。本当にお月さまのようだった。
「でもやっぱり、先生の髪は綺麗です」
「ふふ、そうかい。まあ……わからない方が幸せかもしれないね」
そうして先生は、そっと私の目元を掌で包んだ。温かくて暗かった。夜が重たくのしかかって来たみたいだった。
「君はいつまでも綺麗でいておくれよ、ヒッコ」