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河底の髑髏  作者: 三輪・キャナウェイ
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 泳ぐコツは咆哮だ、先生は銀川の浅瀬で私に泳ぎを教えてくれる時、いつもそう言っていた。

「いいかい、ヒッコ。私たち髑髏拾いの仕事は、河底から髑髏を拾ってくること、ただそれだけだ。だからね、別に速く泳ぐ必要はないんだよ。ただ潜って行って、髑髏を拾ったらゆっくりと水面を漂うようにして岸に戻ってくればいい。絶対に焦っちゃいけない」

 私は河原の丸っこい砂利の上に体育座りをして先生の話を聞いていた。私も先生も少し前まで泳いでいたからずぶ濡れだった。額やうなじに張り付いている先生の金の髪はいつも後ろに掻き揚げられていて、星空を背景に毛先から滴る雫は流れ星のようだった。私はそんな先生の話を、泳ぎが上手くなりますようにと願いながら毎晩のように熱心に聞いていた。

「人間、どんな場所や状況でもちゃんと呼吸が出来ていれば落ち着いていられる。泳いでいる時だってそうさ。重要なのは息継ぎなんだ」

「じゃあ泳ぐコツは息継ぎってことですか」

「そうだ、相変わらず頭がいいね、君は」

 先生は水が這う白い膝を曲げると、私と目線を合わせてくれた。先生の目は青くて綺麗で透き通っていた。見つめ合っていると直に先生の心臓に耳を押し当て、血液に手首を浸しているような心地がした。先生と一つになれたみたいだった。

「だから息継ぎのコツは咆哮、とも言えるね。水の中で思いっきり叫ぶのさ。そうして水なんかに負けるもんかって自分を奮い立たせて、肺の中を空っぽにすると、水面から唇を出した時に空気が私たちを助けに来てくれる」

 私はこういう先生の言葉遣いが好きだった。空気が吸える、じゃなくて、助けに来てくれる。こういった風に先生は自然を人のように尊重していた。そして家族がいない私をいつも寂しくないようにしてくれていた。

「私たちは髑髏拾いだ。私たちの声は、星にも河底にもきっと届いている。だから私たちは一人じゃない。だから、叫ぶんだ」

 そうして先生は、最後には私を抱きしめてくれた。

「体が冷えただろう。さあ、帰ろうか」

 泳ぐと疲れるから、私はいつも帰り道の途中で動けなくなってしまった。先生はそんな私を我が子のようにおぶってくれた。濡れた先生の背中はひんやりして気持ちよく、いつまでも頬ずりしていたいと思う反面、いつかはちゃんと立って先生と歩いて帰りたいと思っていた。そんなことを思って、「今日こそはちゃんと歩いて帰ります」と言うと、先生は「焦らなくても、ヒッコはいつか完璧な髑髏拾いになれるさ」とへらへら笑った。

 でもそのいつかが来る前に、先生は帰ってこなくなった。

 あれから十年の月日が流れた。

 その間にまた、いくつもの髑髏が河底に流れて来た。

 私は、それを拾って生きている。


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