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4話

「案外、都市部では魔法使いがけっこう生き残ってはいたみたいです」


 リーゴさんが見せてくれた資料は、魔女狩りが終息した後、学者がまとめたものだそうだ。


「街の中でも私刑のようなことは行われていましたが、都会は文化水準が高く、法が機能していましたし、裁判制度もあった。政敵に対して魔術法令を使うということはあったようですが、処刑まで行う例はごく少数です」


 魔術法令というのは、魔女は悪いものだから悪行の証拠が無くても処刑してよし、と定めた法令だ。


 魔女は悪魔と契約することで人間から魔女になる。当時、王は神が決定するものだと言われていて、悪魔と神は敵対関係にある。故に魔女は国家の主である王と敵対するものであり、処分せねばならない、というものだ。一応、処刑前には裁判が行われることになっているが、有ってないようなもの。素人がやる有罪確定なものなので、全く意味の無いものだった。


「そもそも、魔術を一番必要としていたのも、国の中枢にいる人達で魔法使いは慎重に匿われていたと言います。ずっと魔女や魔法を利用してきた人達です」

「郊外に行くほど魔女狩りが激しくなっていくのは……」

「人々の学びの機会が少なく、地方にいくほど国家より教会の力が強ったことも影響しています。だいたい、地方には教会で行われる宗教教育しか学ぶ場所がない。それと、地方の為政者が自分に逆らうとこうなるぞ、という見せしめのために利用されたりとか。そういった場合、残虐な方法が採られたと書かれています」


 殺された側としては、なんともやりきれない。

 私の場合は後者だろう。役人達が村に来るまで、平穏無事に暮らしていたのだから。魔女と言っても元々は人間で、一人で生きていくことはできない。


「とはいえ、魔女がいくら長生きで死にやすくても政治世界の裏では、命を狙われることもあります。そして、魔女というのは突然変異で素質がある者が生まれるだけの話で、遺伝要素なんて関係ありませんから魔法の使い手は徐々にいなくなっていきました。今では政界でも占い師等が細々と魔術を紡いでいる程度だと聞きます。契約を結ぶための悪魔も自分の力を分け与えた人間が無残に殺されてしまうので、他の地方に散っていきましたし。魔女は産まれなくなりました。私もあなたも、今の時代、非常にレアな存在です」


 私の父も母も普通の人間だったし、祖先を遡っても分かる限り魔女はいなかったそうだ。そもそも村に魔女が居た記録もなかったというし、私たちは本当に突然ぽんと産まれてくる。


「そこで、魔術の術式を機械的に起動出来る装置を当時の王族や貴族は作った。それが魔道具です。当然危険な物なので、それらは国により極秘に集められて、保管されています。誰でも魔法が使えるアイテムですから。納められているのは、この帝都にある教会です。小さな教会ではありますが由緒は正しく、国からも運営のために補助金がおりている。潰れてしまうと困るので」

「教会?」


 教会と言えば、魔女の天敵だ。


 そもそも神の教えを広めるための拠点として作られたのが教会ではなかったろうか。魔道具とやらは、神と相対する道具そのものじゃないのだろうか。


 教会は村にもあったけれど、私はなんとなく部外者な気がして、物心ついてからは足を踏み入れたことはない。相反する力の存在を感じなくもなかった。


「建前上は、政治家が悪さをしないように封印している、といったところでしょう。政権争いが激しく倫理感がそれほど発達していない時代には暗殺なんかが頻繁に起こったりしていたようなので」


 リーゴさんが淡々と言いながら、それでもちょっと言葉に棘が混じる。


「魔道具にどんな物があるのかは私も知りませんが、保管を負かされている神父とは顔見知りなので頼めば見せてくれるでしょう。そのうち、時間をとって見に行ってみましょうか」


「危険な物では無かったのですか?」


「ライナス様曰く、そういう時に使わずに何の権力だ。別に悪いことに使うわけでもないなら見るだけなら問題ありません。そもそもそんな物を使わなくても私たちは魔法を使えるでしょう?」


 そういえば、ライナス様は貴族院の議員の家系。国の中枢、むしろ魔術の使い手をこっそり匿っている方の血筋だ。リーゴさんの話しぶりから、彼はダグラス家のお抱え魔法使いというではなさそうだ。今教えてもらったことはほぼ伝聞形式で、彼自身が体験したものではない。


 そこまで言うと、リーゴさんはポケットから懐中時計を取り出して時間を見た。


「さて。そろそろミセス・パーカーがやってくる頃です。つまらない話はここまでにして、ここからは前向きな話をしていきましょう」


「……それは、どなたです?」


 聞いた瞬間、ノックの音が聞こえる。どうぞ、とリーゴさんが即答すると、小さなおばあさんがドアをあけた。そのまま、とことこと部屋の中に入ってくる。


「おや、女の子だったんだね。新人さんは」


 私を見上げるおばあさん。この方がミセス・パーカーで間違いない。いつの間にかリーゴさんはドアを大きく開けて、廊下に置いてあったであろうキャスターをからからと部屋の中に運んでくる。キャスターの上には、シンプルなティーカップとティーポット。他にプディングが二つ乗っている。


「ミセス・パーカーのプディングは最高です。他のお菓子も素晴らしいですが」


 大真面目な顔をしてリーゴさんがそう言い、机の上を片付けてお茶のセッティングを始めたので慌てて手伝いをする。ミセス・パーカーはリーゴさんの言葉を聞いて楽しそうに笑うと、「お坊ちゃんにもおやつをあげなくちゃ」と言って出て行った。足腰はしっかりしていて、動きも見た目のわりにかなり俊敏だ。


 お坊ちゃん……?

 ライナス様のこと?


「彼女がこの家の一切の家事を行っています。二軒お隣に住んでいらっしゃって、お孫さんと暮らしていて、朝から夕方までこの家に出勤してくれています」


「この家を……一人で?」


 確かに広い家ではないけれど、たった一人でというのは公爵家にしては随分質素だ。


「本家には使用人もたくさんいらっしゃるそうですが、ここは元々議会開催時期のためだけに建てられた別宅です。秘書の方も通いですし、普段はライナス様と私しかいません。信用できる人間だけを周りに置く。必要充分ですし、その方が無駄がありません。ライナス様の方針です」


 そういえば、アラン様はライナス様は無駄を嫌うと言っていた。


「ミセス・パーカーは既に旦那さんと息子さんを亡くし、お孫さんを一人で育てていらっしゃいます」


 私用の何もなかったデスクの上に、手作りのプディングが置かれ、カップからは紅茶が優しい香りの湯気が立ち上っている。リーゴさんは準備ができるとそそくさと机について、スプーンを構える。


 無表情に。

 行動と顔が一致しない。


「ライナス様とは旧知の仲で、彼女への信頼も厚い。ミセス・パーカーには公爵家の別邸を一人で切り盛りしていたらそれなりの給金が支払われる。お孫さんは今年、有料の学校に入りました。そして私たちは、この高級レストランのデザートに引けを取らないプディングを食べられる。無駄がないでしょう」


 有料の学校に通えるのは、裕福な家庭の子供だけだ。いわゆる下女の給料でできることではない。見栄だの体裁だのを切り捨てて、人を呼んだり呼ばれたり、もてなしたりもてなされたりの社交を行うよりも、必要な人間だけを置いおいた方が仕事も捗る。成る程。


「そうですね」


 紅茶を一口飲む。茶葉が高級なこともあるだろうが、煎れ方も上手いのだろう。ほっと息がもれた。

 プディングを口に運ぶ。少し固めで、卵の味が濃くて……これは、美味しい!


 驚いて口元を押さえた私を見て、リーゴさんは黙々とプディングを食べ始めた。しっかりと一口ずつ味わっている。その様子は見ていて分かるが、やっぱり表情は変わらない。


 リーゴさん、甘い物、好きなのね。


 魔女だからというだけで、断罪されたのは昔の話。私を害した人は全員とっくの昔に死んでいる。村には、私を慕ってくれた人も、友達もいたけれど。彼らに私は殺された。目を閉じる。もう、悩んでも仕方の無いことだけど、わかっていても今でも思い出すと胸がざわめく。


 でも、今の魔女は、午後のお茶を楽しみながらお菓子を食べることができる。甘いプディングと一緒に私はそのことを噛みしめた。


砂糖の優しさが心の傷を癒やすように染みた。

 

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