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3話

「魔法に関して知識のある人間を二人ご存じ、ということは私はその方と協力して盗まれた魔匠具とやらを探せば良いんですね?」


 魔術を使うことができる者、三百年前の魔女狩りの時代、あの地獄を生き抜いた人間が他にもいるかもしれないということに少し心が躍った。魔法使いは何百年も生きる人は少なくない。魔法の使い手となった時に、人間の理からは外れてしまうのだ。怪我も負いにくくなるし、病気にもほとんどならない。


 あの時代を知らない新しい魔法使いかもしれない。私の知らない魔法を知っているかもしれない。


 私の承諾にほっとしたように息をついてライナス様は少し笑みを浮かべた。


「紹介しよう。君の後ろに立っている」


 言われて振り返る。

 ここまで案内してくれた無表情な男が一人、立っている。他には誰も居ない。


「リーゴ・ディ・バール。君の仕事のパートナーだ」


 一歩前に出ると、よろしくお願いします、と言って私に向かって礼をする。形式的で事務的な礼だ。

 初めて彼を見た時に懐かしいと感じたのは、彼が、魔法使いだからだろうか。


 あの時に感じた胸の内から湧き上がった、切ない気持ちと嬉しい気持ちがない交ぜになったあの気持ちは。自分以外の魔力に触れたせいだろうか。


 立ち上がって、釣られるように「こちらこそ、よろしくお願いします」と礼を返す。


 相変わらず、顔は変わらないけれど、歓迎されているというのはなんとなく分かった。纏う空気が柔らかくなった気がする。


「そろそろ秘書の方が来られる時間です」


 リーゴさんがそういうと、公爵様はそんな時間か、と立ち上がった。


「近いうちに住み込みで働いてもらうことになる。仕事部屋は用意してあるから、リーゴに案内してもらってくれ」


 そう言って、私の前に並べた資料を集めると、戸棚にざっくりした感じでしまう。この部屋がごちゃっとしているのはそのせいだろう。様々な資料が部屋の中に詰め込まれている。


 エレナ様も好奇心が赴くまま、いろんなものをごちゃっと集めていらっしゃるので少し親近感が湧く。結婚なされた後、家の中が大変なことになりそうだ。それもまた楽しみでもある。


「詳しいことはリーゴから聞くと良い」


 こちらへ、とドアを開けるリーゴさんについて廊下に出ると、丁寧な所作で、奥にある部屋まで案内してくれる。


「こちらが仕事部屋で、寝室は二階になります」


 案内された部屋には、すかすかの本棚が二つと、机が二つ。大きな窓が一つ。ほどよく日の光が入ってくるが、机に座っていて日に焼けるほど強くはない。薄いレースのカーテンがかかっている。


 一つの机には新聞が広げられていて、ペンやはさみが置いてあるからこちらがリーゴさんの机だろう。


 なんとなく見覚えのある本がある気がして、数冊しか本の置いていない本棚に近づいた。

 薄い、一冊の本を手に取る。


「残っていたんですね、魔導書」


 魔法に関する本は、ほぼ全て焼かれたはずだ。魔女狩りの最中に。魔術を行う者は全て処刑するべし、と法で定められたのだ。いわば禁書。持っているだけで命に関わる。


「古書店から蚤の市まで歩き回って見ましたが、手に入れることが出来たのは数冊でした」

「仕方ないでしょう。あの災厄では。数冊残っていただけでも驚きです」


 三百年前のあれは災厄と言って良いだろう。魔女にとってはそれ以外の何物でも無い。


 魔女が狩られたのはこの国だけではない。周囲一帯、全ての国の魔術を使う者が殺されて、さらにはなんら関係ない人間も殺された。その数は五万にもなったという。私もその一人に数えられているはずだ。まともな裁判も受けられず、酷い拷問が行われ、生きながらに燃やされた人々も多かったと聞いている。


 なぜ、私が三百年も経ってから蘇ることができたのかについては疑問に感じていることがたくさんあるけれど、それを解く方法の検討もついていない。いずれは知りたいが、知るための鍵が残っているのかもわからない。


 手に取った本をめくる。

 読んだことのある本で、蔵書の中にもあった。懐かしさでじんわりする。


 なんのことはない、基本的な薬草の指南をした本だ。薬草に対してスパイスのように魔力をかけることで効き目が変わったり、効きが良くなったりする。人里で暮らしている魔女なら最初の教科書として皆読んだことがあるのではないか、という本。


 ぱらぱらとめくっていき、とあるページで指が止まる。

 そのページに残っているのは茶色の染みだ。紅茶を飲みながらのんびりと本を眺めていて、手が滑って少し零してしまったような。


「どういうこと……?」


 染みの後を指先でなぞる。


 魔術の本では出回っていた本とはいえ、こんな偶然があるだろうか。その染みは私が持っていた本と同じページに同じ形でついている。


 そう、あの時は窓から小鳥が入ってきて驚いてお茶を零してしまったのだ。

 慌ててページをめくる指先が少し震えた。そこから数ページ、今度は幸運を呼ぶと呼ばれるベルの形をした花の押し花が現れる。作った薬を届けていた家の子が、私の幸せを祈ってくれた花だ。とても嬉しかったのを覚えている。確かにこのページに挟んだ。


「私の本……」


 どうやってここに辿り着いたのだろう。


 私は、住んでいた村里の住人達に囲まれ、そこで銀のナイフを胸に刺されて倒れた。魔女は剣で刺されても血を流さない。それを確かめるために行われたことのなのだろうけれど、心臓を刺されたショックが大きくて私は意識を手放してしまったのだ。魔女とはいっても元は人間だ。痛みも感じるし、体内に入ったナイフの冷たさは今でも思い出すと鳥肌がたつ。


 魔女は灰になるまで燃やさなくてはならない、というのが一般論だったはずだし村でもそうするつもりだったのだと思う。村人の後ろには、街から来た役人の姿も見えた。私の殺害おそらく彼らの指示だったのだ。燃やされてしまえば、流石に生き返るなんて不可能。私の蔵書はもちろん、きっと家も燃やされたはずだ。忌まわしき魔女の家として。


 しかし、どういうわけか仮死状態になり、無防備だったはずの私は燃やされなかった。


 それどころか胸のナイフを抜き、私を目覚めさせてくれたエレナ様の話では、どこか隔離された空間のような場所に安置されていたそうだ。起きた時のことは朧気にしか覚えていなくて、気がついた時にはエレナ様の家の庭にいたので私自身はよくわからない。


 エレナ様は私が守られていたように見えたと何度も言っていた。

 綺麗な庭に囲まれてたかわいらしい小屋の中に私は居たのだそうだ。


「ディアナを大切に思う人が、ずっと守り続けていたのよ。私はその人に選ばれたんだと思う」


 三百年間という長い長い間、いったい誰が? そうだとしたら、どうして私に会いに来てくれないの?


 ぎゅっと本を抱きしめる。


 もしかしたら、この本はあの人が残してくれた?

 私のことを忘れないでいてくれた?

 ただの何かの偶然に偶然が重なってここにあるだけなの?


 そう思ったら胸が締め付けられるように痛んだ。

 幼い頃、たった一度だけ顔を見たことがある、私の憧れの人。ずっと焦がれて、だけど会えない人。

 いや人ではない。


 優しい、優しい悪魔、だ。


「どうかしました?」


 私にかけられた事務的な声にはっと我に返った。それでも本を手放すことができずに胸に抱えたまま、「つい、懐かしくて」と口にした。恥ずかしさで小声になる。


「そう思っていただけるなら、探し回った甲斐もあります」


 リーゴさんの声質は無表情なままだったけれど、その言葉には思いやりを感じた。この人もあの災厄を経験した人なのだろうか。同士達が次々に殺され焼かれていくあの地獄を。この本と同じように。


「とりあえず、今わかっていることをお話しして、方針を決めましょうか」


 事務的ではあったけれど、しつこく過去を聞かれるより救われて、一人で盛り上がって恥ずかしい私は「はい」と素直に頷いた。

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