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1話

 私が死んだのは帝国の片田舎のはずだったのだけれど、目覚めた時には帝都にいた。


 霧の都と言われる、王様のお膝元だ。それだけではない。魔女だというだけで血祭りにあげらえる魔女狩りという理不尽に遭って倒れて、何故か目が覚めたら三百年という年月が経っていた。魔女や魔法使いはあの時、全員刈り尽くしてしまったのか、今は魔術は忘れ去られていて、かわりに科学が発達している。


 巨大な時計塔がシンボルとなっていて、駅には蒸気機関車が止まる。大勢の人間と荷物を遠くまで機械が運んでくれる。だから、私は魔女としての誇りは持ちつつも、侍女という職に転職することになった。


 私の仕えるラゼット家のエレナ様は春を具現化したような容姿をしている。


 ふんわりとした蜂蜜色の髪に、雪解けの頃の澄んだ湖のような瞳。いつもキラキラとしていて、楽しいことを探している様子がわかる。死んでいた私を生き返らせてくれた恩人だ。


 あたためたパンに紅茶という質素な朝食をとりながら、そんなお嬢様が「うーむ」とうなる。難しい顔をしているけれど、その瞳の輝きが失われていないことにほっとする。


 エレナ様には許嫁がいる。


 今年、エレナ様は十六歳を迎える。現在は王族への謁見を許されその準備を進めている最中。つまり社交界デビューが目前の身。本来なら、そこから伴侶を探すのだけれど、彼女は幼なじみと結婚の約束をしていたため、さっさとそこんところを決めておこうと、数日前に先方から話があった。社交界に出てからでは、おかしな虫がついてしまう、と先方が心配したとかなんとか。その時点では、エレナ様は愛されているのだと思っていた。とうのに、急転直下、婚約を延期にして欲しいと昨夜、申し出があった。


「何か理由があるはずなのよ」

「そりゃ、理由はあるだろうね」


 エレナ様のぼやきに、悠然と返すのはこのラゼット家の嫡男。エレナ様の兄にあたるアラン様だ。髪の色も瞳の色も同じ。ただし、身に纏う雰囲気はまるで違う。


 小動物のようなエレナ様に対し、アラン様はいつだって柔和な微笑みを浮かべている。細い銀縁の眼鏡の奥の瞳はいつだって優しそうだ。


「ライナス様が留学先で心変わりをした、とかならまだわかるの。嬉しくないけど」


 たった十六年しか生きていないのにそれは達観のしすぎです、エレナ様。

 順調に進んでいたはずの婚約延期の話を聞いた時にはショックを受けていたエレナ様は、今は瞳に好奇心を煌めかせている。


「他に相手がいるなら、延期ではなくて婚約の話を白紙に戻すはずでしょ?」

「そうだね」


 アラン様は、天気の話でもしているようにのんびりとした感じで頷く。

 私はこの人が慌てているところを見たことがない。


「ライナス様とはお会いしたことがないのですが……」

 お二人の会話を聞きながら、片手をあげて発言をする。


「エレナ様と別れる気は無いのに、たまたま遊びで相手をした女性から言い寄られて、その火消しをしている間待ってくれ的なことは……?」


 公爵だかなんだか知らないが、エレナ様に対して失礼極まりないことをしてきたのだから、私にとっての印象は最悪だ。

 たとえラゼット家の方が身分が低くてもやっていいことと悪いことがある。


 貴族の方々というのはお家存続のために、子供は多いに越したことはないってことで浮気だの愛人だのを大目に見られることも多いとかなんとか聞いたことはある。三百年前に。


 しかし、エレナ様を無碍にすることに納得はいかない。


 延期というなら、その理由もきちんと説明したらいいのに。


 私の言葉に兄弟は顔を見合わせる。

「ないわね」

「ないね」

 一緒に同じセリフを吐いた。


「誠実な方、ということでしょうか?」

 こんなことをしておいて?

 エレナ様が傷ついていらっしゃるのに?


 私の問いに、アラン様は誠実と言えば誠実なのかもしれないね、と楽しそうに笑う。

「どっちかというと、無駄なことを嫌う人間なんだ」

「無駄?」


「そう。もし、心変わりをしたのなら即、エレナにそのことを告げるだろう。火消しなんて面倒なことはしないよ、彼は。そもそも浮気なんて考えもしないだろうね」


 アラン様もライナス様とは旧知の仲だ。エレナ様同様、ライナス様のことはよく知っている。

 海外に留学している最中も手紙の交換はしていたという。


 貿易商を営み世界を飛び回っているご両親に代わり諸々の業務をこなしているのは次期侯爵のアラン様だ。公爵家からの連絡を受けたのもアラン様。もしかして婚約の延期に関して何かご存じなのですか、と尋ねると詳しいことはしらないよ、と返された。


「ダグラス家は世襲でずっと貴族院の議員も務めているライナス様も既に政界入りが決まった身だ。その勉強のために海外視察を兼ねて留学していたのだから。短絡的な若気の至りで致命傷になるような馬鹿なミスはしない」


 信頼はしているけれど、尊敬しているとは思えないセリフを吐いて、アラン様は春風のようなふんわりとした穏やかな口調で、私の想像を否定した。


「それにしても珍しいね。ディアナが知らない人のことをそんな風に言うなんて」

「エレナ様に対してあまりにも失礼だと思ったので」

「相手はうちより格上の公爵家だよ?」

「存じております。ですが、私がお仕えしているのはエレナ様ですので」


 そう言うと、きゅっと銀縁の眼鏡の奥が細くなる。

 いつだって穏やかなアラン様には、その実、こういうところがある。

 優しい仮面を被っておいて、ちょっと相手を手玉にとるようなところが。


「僕が聞いているのは、今の状態で婚約を進めるのは危険、ということだけだ。エレナには知られるわけにもいかないから言えない、と。隠している方が危険そうな気がしてきたから言うけど」

「危険?」

 ばん!と立ち上がってエレナ様が声をあげる。


 あぁ、らんらんと目が輝いていらっしゃる。最近、冒険小説でも読んだのかも知れない。口元には笑みすら浮かんでる。わくわく感がダダ漏れていらっしゃる。


 エレナ様は勇敢な心をお持ちなのだ。


「と、まぁ、エレナはこんな子だからね」


 胸の内が読めない笑みを浮かべたまま胸元から、アラン様は一通の封書を懐から取り出して私に差し出した。


「何でしょう?」

 ラゼット家の封印が押してある。

「紹介状だ」

「……どういうことでしょうか?」

「留学先から戻ってきたばかりのダグラス家で、今、仕事を手伝ってくれる有能な人材を探しているんだ」


 エレナ様が奇声をあげた。


「潜入捜査ね!」


 お顔には「私も行きたい」と書いてある。冒険小説ではなく、ミステリーでも読んだのかもしれない。流石に幼なじみの家に潜入したらすぐにバレるので声には出さないが、いつかどこかに潜入しそうな勢いはある。


「ライナス様のところだよ。潜入も何もないだろう」

 アラン様は苦笑いを浮かべる。


「かわいい妹が危険とあっては積極的に協力しないわけにはいかないからね。君の力が必要だ」


 静かだけれど、有無を言わさぬ圧を感じて私は唇を引き締めた。


「エレナのためだ。やってくれるね?ディアナ」


 名を呼ばれ、私はこくりと頷く。


 当然だ。エレナ様に仕えると決めた四年前から、彼女を慕う気持ちは変わり無い。


「ライナス様のところなら、大丈夫だろうけど、危険はないの? ディアナは女の子なのよ?」


 勇猛果敢なご自身のことを棚にあげて、お優しいエレナ様がきっとアラン様を睨む。

 私のことを案じていただけるなんて、身に余る光栄です。

 ですが、危険などありようはずがありません。魔法がこの世に溢れていた三百年前ならいざ知らず、今のこの国には魔法が存在しないのですから。


 だから胸を張ってこう宣言をする。


「お任せください。私は魔女ですから」

 

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