第4話 闘技会第一戦【殺人鬼】
――エスカルラータ闘技場 国王の挨拶
『しかし、マズイな。ここで名指しされたら、色々と難航するぞ……』
国王の衝撃的な発言で、何のことだと、どよめく闘技場とヴェルダッド一行だったが、
そんなものは他所に、一人高らかに笑う男がいた。
エスカルラータ最強の闘士、フェルテ・インデントである。
「ハッハッハッハッハ!! 悪魔だって!? だったらどうした。そいつ等もまとめてぶっ飛ばすだけだ!! お前らは何のためにここに来たんだよ!! エスカルラータの英雄になるためだろうが!!」
一切の動揺を見せずに笑っているフェルテの発言は、
圧倒的な強さを持っているが故に説得力のある言葉だ。
その言葉を聞いた闘技会出場者たちは盛り上がって雄叫びを上げた。
ただ、ヴァルハラ三大幹部の一人、ロッホだけは舌打ちをしてそっぽを向いていた。
ヴェルダッドは笑顔になり、『フェルテさんに救われたな』と心のうちで言った。
国王は話を続けた。
「その通りだ。惑わされてはいけない。しかし、悪魔はおる。悪魔を見分ける目もまた、最強の闘士には必要なことだ。この闘技会、覚悟して臨むがよい」
国王の挨拶が終わると開会のパフォーマンスが始まる。出場者と観客はその美しい出し物を見ていた。挨拶が終わった国王は舞台から裏に引き下がり、誰かに話しかけた。
「これでいいのだな」
「アア、ソレデイイ」
パフォーマンスが終わった後、出場者たちはそれぞれの指定された闘技場へと向かうことになる。
このエスカルラータ闘技場は決勝のみで使用されるのだ。
闘技場から皆が去る流れに乗って、ヴェルダッドも闘技場から出ようとした。
「ジュリ……」
とジュリアを呼ぼうとした時、ポツンと一人、ジュリアが背を向けて国王が挨拶していた舞台を見つめていた。
その様子は異様に震えている。
ただ正体がバレただけという事情ではないような……。
それを感じ取ったヴェルダッドはほぼ放心状態のジュリアに急いで歩み寄った。
「ど、どうしたの!?」
ジュリアは無反応だった。
ヴェルダッドはボディーガードとして雇われたことを思い返し、
このことからただならぬ状況にジュリアが置かれていることを悟った。
ジュリアを安心させようとヴェルダッドは声をかけた。
「ジュリ……パンケーキ食べる?」
その言葉を聞いたジュリアは我を取り戻し、泣きじゃくった顔を上げてヴェルダッドに静かに抱きついた。
そして二人はエスカルラータ闘技場を後にした。
「では、アージン様。16時に」
エスカルラータには闘技場が1000以上存在するが、
闘技会に使用できる闘技場128はしかないため、
512試合行われる初戦は時間帯をずらして1、2、3、4として行うことになる。
日はまだ明るく、現在15時。
ヴェルダッドは3で17時から。
ジュリアは2で16時から開始となっていたため、
二人は注意を払って中心街の宿でひとまず休憩することにした。
闘技会が開かれている間、
出場者には無料で宿に止まることに出来るチケットが配られるため、それを使って二人は宿へ向かった。
ジュリアはヴェルダッドに介抱されながら宿につくと、ベッドに倒れ込んだ。
「ごめんなさい」
「大丈夫だよ。ジュリア」
ジュリアはすぐに寝息を立てて寝てしまった。
布団を被せ、一人になったヴェルダッドはジュリアを見守りながら、椅子に座って熟考する。
『さて……。謎が増えてきたな。ジュリアの変装を見破った人物、
その情報を得た”ヴァルハラの誰か”は何故ヴァルハラの長ではなくエスカルラータ国王に告げたのか、
そしてジュリアが怯えていた理由……。
一番わからないのは、”ヴァルハラの誰か”の行動だ。
そもそもこの仮定が間違えている?ヴァルハラじゃないのか? ん〜〜、わからないな……』
ヴェルダッドが相当な時間考え込んでいると部屋のドアを叩く音がした。
「パンケーキさん。お時間っす」
時刻は15時半。
ジュリアの体調もあって、エスカルラータ闘技場から最寄りの宿屋を選んだため、
ヴェルダッドたちが試合をする闘技場まで馬車で20分もかかってしまう。
そのために30分早く宿屋の店員が呼びに来たのである。
ヴェルダッドは急いで変装をしてジュリアを起こした。
「ジュリア、大丈夫?」
ジュリアは
「……平気。気にしないで、大丈夫だから」
と言ってゆっくりと起き上がった。
気にするなと言われると気になってしまうが、ヴェルダッドはジュリアに任せることにした。
ジュリアはカツラとカラコン、深いローブで変装を済ませ、
ヴェルダッドと共に宿を出て馬車に乗った。
――闘技場 ルビ
二人は闘技場に到着した。
闘技場に入るやいなや、受付が100デニーロの集金をする。
「入場料か?」
まずはジュリアが対戦する番だ。
ジュリアの対戦相手はボサボサの青い長髪、痩せこけた顔、細い体に長い爪をもち、細い剣を帯刀している。
蒼の民のお尋ね者、デリン・クエンティーノ。
彼は辻斬りの大量殺人鬼として、蒼の国アズールより指名手配犯として追われている身だ。
「なんでそんな人がここにいるわけ?」
「エスカルラータ闘技会に参加した人は捕まえられない。この国の決まりだよ。だから多くの犯罪者が隠れ蓑として参加してる。優勝したら英雄になれるしね」
「なるほど」
闘技場の観客席は開会式ほど盛り上がっていない。
観客がいるとすれば殺人鬼をひと目見ようと集まった野次馬みたいなやつか、
悔しそうな顔をした蒼の民が数名。
後者はデリン・クエンティーノを追ってきた者たちだ。
これからジュリアはその殺人鬼と闘うことになる。
殺人鬼クエンティーノは、ある日を境に気が狂ったように人を殺していった。
「蒼の国アズールから、見事な剣捌きで大量の殺人を犯した最強の辻斬り! デリン・クエンティーノ!!!」
入場のアナウンスが流れ、クエンティーノは、トボトボと闘技場中央までその細い足を運んだ。
クエンティーノは両手を口元に寄せ、長い爪を噛みながらブツブツと独り言を述べながら俯いている。
「少女……少女……なんで……むす、娘は……」
「うウェ……」
ジュリアはその様子を見て引いている。
無理もない、その奇妙な行動と周囲に漂う血の匂い、
何かが腐敗したような悪臭が相まってさらなる不気味さをうんでいる。
「くれぐれも、緋の民として闘うんだよ」
「分かってるわ」
「あと……、無理しないでね」
「ご心配どうもっ」
ヴェルダッドとのやり取りの後、ジュリアの入場アナウンスが流れた。
「続いては、初出場にして審査を第5位で通過した異例の新人! パンケーキ!!」
闘技場へ入場するジュリアの足取りは開会式とは違ってしっかりとしたものだった。
入場してきたのが少女であることに観客たちは動揺していた。
数少ない観客たちはクエンティーノをよく知る人物であり、
クエンティーノの凶暴性と剣の腕前が確かなことに対し、
ジュリアが無惨にも死ぬ運命であることを思い巡らせて嘆いていた。
「くそッ……! 我々が奴を逮捕できなかった結果だ……。また幼い少女が犠牲に……ッ!」
しかしアズールの警官たちが泣きながら俯いているのを他所に、試合は始まろうとしている。
入場が済み、両者は向き合った。
ヴェルダッドは控室から客席へと移動し、席へ付くと、目の前には緋と蒼の2つのボタンが用意されていた。
客席を見回すと全席に設けられているらしい。
しばらくすると会場のアナウンスが流れた。
「それでは客席の皆様、お待ちかねの賭博の時間です! 本日は緋がパンケーキ、蒼がクエンティーノとなっています! さあ、この度はどちらが勝つでしょう! 掛け金は100デニーロです!」
闘技場入場の時の100デニーロは掛け金だった。
観客は当然全額どちらかに掛けることとなる。
会場の入場料は決勝に近づくに連れ増えてゆき、観客は高額な掛けを楽しむこととなる。
「なるほど、緋の民らしい」
が、フェルテ・インデントは14年無敗の実績をもつので、決勝戦では観客のほぼ全員がフェルテに掛けている。
掛けに勝った人は負けたの人の金を配分して受け取るというシンプルな仕組み。
賭けに負けた人も、入場料しか失わないので、誰でも簡単に参加することが出来る。
会場には現在105人。掛けの結果が発表された。
「なんと! クエンティーノに掛けたのは102人! そしてパンケーキに掛けたのは3人です! さあ、この闘いはクエンティーノの勝利か、パンケーキが勝利して3人の大勝ちか!? 面白くなってきました!」
当然ヴェルダッドはジュリアに掛けた。
自分の他にもジュリアに掛けた人がいるのはヴェルダッドにとって驚きだった。
予選5位通過だったとしても、闘技場に立つその姿は少女。
見た目だけで判断するならば、小さな女の子が殺人鬼に勝てるとは思いもしないのだ。
もしジュリアが勝てばヴェルダッドは3400デニーロを手にすることになる。
ヴェルダッドは心の中でジュリアに声援を送った。
さて、闘技場内には入場したクエンティーノとジュリアがいた。
ジュリアはクエンティーノに話しかけた。
「あなた、殺人鬼らしいわね」
「……あ……」
「人の命を奪って生きても楽しくないでしょう。もっと有意義に生きたら?」
「あ……ど……うして」
ジュリアの声は殺人鬼には届いていなかった。
クエンティーノは相変わらず爪をいじりながらボソボソと独り言を呟いている。
時折ジュリアの方を見るその瞳には光は無かった。
この世の全てに絶望している視線と表情。正に殺人鬼そのものの目だ。
「話は通じないみたいね。……苦しそう」
「始め!」
ジュリアとクエンティーノの試合開始のゴングが鳴った。
「あぁぁあああ!!!」
まず動き出したのは大量殺人鬼クエンティーノ。
帯刀している剣を抜き、絶叫しながらジュリアに猛スピードで斬りかかってきた。
ジュリアは未だ動いていない。
蒼の警官達は「もう駄目だ!」と目を塞ぎ、目の前で繰り広げられている殺し合いを見ないようにした。
しかし、次の瞬間、警官たちは目を見開いて、その少女を見ていた。
ジュリアは地面を蹴り飛ばし、空高く舞い上がった。
観客たちは驚きの声を上げ、試合開始前の静けさは嘘のように晴れた。
この見事な跳躍はもちろん碧の民の具現の力。
圧縮した空気を底から強力に噴射する特殊な靴を具現化し、
まるで緋の民の筋力で実現したかのような跳躍を見せたのである。
ジュリアはクエンティーノの遥か後方に着地し、言い放った。
「あなたの攻撃当たってないけど」
客席のヴェルダッドも感心している。
「流石だね。ジュリア」
「何と言う跳躍! 流石は5位で審査を通過した新人だーー!!」
緋の民は単純だ、クエンティーノに掛けた人々もパンケーキの名前を連呼する始末。
会場は湧いていた。
しかし、この跳躍を見て驚いていない人物が3人。
跳躍をしたジュリア、既に打ち合わせていたヴェルダッド。
そして対戦相手デリン・クエンティーノである。
少しも驚く素振りを見せないクエンティーノをジュリアは少し不審に思った。
クエンティーノは、またもや絶叫して斬りかかってくる。
『まるで、機械みたい……』
ターゲット目掛けて荒い息を上げ、なりふり構わず剣を振り続ける殺人マシーン。
しかしジュリアは華麗なフットワークで次々と攻撃を避け続けた。
が、次の瞬間、シュッと布を切る音が聞こえた。
時間が立つにつれ、クエンティーノの刃がジュリアのローブに届き始めたのだ。
「クッ……!」
ジュリアは危険を察知し、クエンティーノの剣を避け、
靴の圧縮空気を利用してクエンティーノの顎に強烈な蹴り一発を入れて間を取った。
蹴りを喰らったクエンティーノは少し怯んだが身体を地面に倒すことはなかった。
「さあ、会場は予想を遥かに超える大盛り上がりを見せています!」
「流石は腐っても蒼の民の剣士ね。剣の腕は確かってことかしら」
「うっ……ああ……あ」
ジュリアはまた剣を振りかざしてくると読み、避ける体勢を整えたが、
クエンティーノの様子がどうも今までとは違う。
納剣し、目を瞑り、大きく深呼吸をした彼は全く動かない。
まるで精神統一をしているかのようだった。
面白みのないものを見ている会場は先程の熱狂と打って変わってブーイングの嵐だ。
しばらくは様子を伺っていたジュリアはしびれを切らして自ら攻撃をしかけた。
「動かないのならこっちから行くわよ!」
ジュリアは激しく地面を蹴ってクエンティーノに近づこうとした。
が、その原動力は靴に圧縮された空気。
当然、空になれば空気は発射されず、再び補充するまで時間がかかる。
一回目の跳躍、そして剣から逃げた素早い動き、そして顎への一撃……。
既にジュリアの靴の空気はごく僅かだった。
ジュリアの身体はクエンティーノへ勢いよく近づき、そして
――減速した。
「やばっ……!」
空中でほぼ身動きのとれない隙だらけの状態で眼前に放り出された少女を殺人鬼が見逃すはずがなかった。
クエンティーノは閉じていた目を見開いて腰に納めていた剣を抜き、大きく振りかぶり、
この闘いで初めて口を開いた。
「この時を待っていた。お前はもう、必要ない」
もう駄目だ――
アズールの警官はじめ、会場の誰もがそう思った。
しかし、何故か刃は降りてこない。クエンティーノが上げた両腕は震えながら上がったまま留まっている。
以前空中で前傾姿勢になっているジュリアには幸運にも逃げるか反撃する時間が与えられたのだが、肝心のジュリアは動こうとしない。
見かねたヴェルダッドは苦しそうな表情で観客席から大声を上げた。
「今だ!!!」
その声でジュリアは目覚め、片足をしっかりと地面につけ、
そのまま倒れ込むようにクエンティーノ目掛けて拳を突き出した。
手には審査の時に使った爆弾。
クエンティーノの腹部付近で前方に火の出ない大きな爆発が起き、
轟音と共にクエンティーノは闘技場の壁まで飛ばされた。
爆発による粉塵が収まり実況は叫んだ。
「デリン・クエンティーノ戦闘不能!! 勝者、パンケーーーーキ!!!」
会場は盛り上がった。
壁にはめり込んだクエンティーノ、
そして闘技場にはしっかりと立つジュリアの姿があった。
―闘技場ルビ 控室―
「第一戦おめでとう。……でも、予想より手間取ったね」
「ええ」
次に試合を控えるヴェルダッドと、第一戦に勝利したジュリアは控室で休んでいた。
先のクエンティーノとの戦闘では、ジュリアに目立った外傷はなく、試合時間も短いものだった。
一見完璧な勝利のように見える。
が、体力的、精神的な疲労をジュリアは深く負っていた。
ヴェルダッドの考えでは、圧倒的に勝利する予想だった。
それが殺人鬼であってもだ。
『ジュリアは強い。あれほど複雑な装置を造れるほどだ。具現の能力はかなりの技量がある。第一戦は余裕だろ』
そう考えていたからこそこの試合『予想より手間取った』という評価である。
事実、ジュリアはかなり憔悴しているようだった。
「まあ、何はともあれ一勝したんだ。今は休もう。ヴァルハラや開会式の件も油断しちゃいけないけど……」
これは今のヴェルダッドの率直な意見だ。
この二人が油断ならない状況に置かれていることは紛れもない事実だった。
独り言を呟き、考え事をしているヴェルダッドの横顔を見ながらジュリアは言った。
「……ねぇ」
「ん?」
「開会式もそうだけど、この闘技会……やっぱりおかしいわ」
「……それはつまり、さっきの試合で何か気づいたことがあるんだね」
ジュリアはコクっと頷いた。
ヴェルダッドが「詳細を」と続けた時、控室のドアをコンコンッとノックする音が聞こた。
会話の流れもあって、二人は警戒し、万が一の攻撃に備えてドアの直線状に入らないように近づいた。
ノックした人物は言った。
「私はアズール王家直属警官隊、連続辻斬り事件担当官のティブ・デイテックという者です。少々お話し願いたい」
どうやらあの殺人鬼を追って観客席に座っていたアズールの警官のようだ。
ヴェルダッドとジュリアは互いに顔を見合わせ、
大丈夫と確認を取り合い、変装して扉を開け、来訪者を部屋へと招き入れた。
「どうぞ」
部屋に入ってきたのは、二人の警官。
ほんの少し蒼味かかった白い立派な髭をたくわえた中肉の老紳士は
その風貌と声からベテランの警官隊員と推測できる。
もう1人のスラッとした細身高身長の深い蒼をしたくせ毛ボブの人は
同じ制服を着ており、見た所新人だろう。
ベテランの警官は言った。
「お忙しい中どうも。改めまして、私はデイテックと申します。こちらの細いのはマヨルドモ」
新人警官セルビル・マヨルドモは「よろしくお願いします」とお辞儀をする。
ヴェルダッドは言った。
「ご用件をお伺い致しましょう」
「はい。先のパンケーキ殿の闘い、拝見させていただき……感動致しました!」
目を輝かせてデイテックは言った。
その様子に若干引き気味の二人。
デイテックは続ける。
「こんなに幼いにもかかわらず、あのクエンティーノを前に怯むこと無く挑まれ、勝利されるお姿。感動の極みでございます!」
よっぽど感激したのか、
デイテックの目には薄っすらと涙が浮かんでいた。
ヴェルダッドは質問する。
「……大変ありがとうございます。しかし、何故そんなに感動されているのです?」
「それは、奴の犯行を知ればわかりますとも。クエンティーノは善良な人間でした。しかし、ある日突然、奴は自分の妻と10歳の幼い娘を殺害したのです。その日から奴は変わり果ててしまい、幼女を次々と……」
「つまり、被害者の幼女達とジュ……パンケーキを重ねて」
「正にそうです! 小さな体であの殺人鬼をふっ飛ばすあの闘い様! 幼い彼女たちの想いが報われるというものでございます!」
デイテックの止まぬ熱弁を止めたのは闘う幼女”パンケーキ”ことジュリアだ。
「ねぇ、さっきから私を”幼い”とか”幼女”とか好き勝手言ってるけど、――私、17よ」
『『! と、とても見えない……』』
『! 一個上だったのか……』
「……」
「なんか言いなさいよ……!」
警官たちとヴェルダッドはその驚きをそっと胸にしまっておいた。
無言に包まれる空間。
ジュリアは再び切り出した。
「でも、その感動を伝えるだけに訪ねてきたわけじゃないんでしょ?」
ジュリアがそう問いかけると
デイテックとマヨルドモは俯いたまましばらくの間、
黙り込んでしまった。
「実は……」
デイテックが事情を説明し始めた。
「クエンティーノを逃したですって!?」
17歳幼女の鋭い声が70代と20代の警官二人を引き締める。
その大声は控室から飛び出し、廊下にいる他の出場者も驚くほどの声であった。
「あなた達、王家直属の警官隊って言ってたわよね!? そんなんで良いわけ!?」
17歳の説教は大人二人によく効いているようだ。
「すみません」
と言わんばかりに、またもや俯いてしまった。
その二人を脇目にジュリアは腕を組み、話を続けた。
「あーあ、せっかく私が倒したっていうのに」
ジュリアの発言を聞いたあと、
新人警官マヨルドモは座っていた席から勢い良く立ち上がり、
土下座をした。
あまりに急だったので、その場にいた全員が驚いている。
そしてマヨルドモは言った。
「己の力の足りなさ、ご無礼を承知でお願い致します! 捜査にご協力いただけないでしょうか……!」
マヨルドモに続いてデイテックも座席から立ち上がって言った。
「こいつはみなし子だった自分を拾ってくれたアズール王家に仕える執事でした。そしてクエンティーノとマヨルドモは親友だったのです。ある日からクエンティーノが暴れはじめ、ついに王家の人間にまで手を出しました」
ヴェルダッドとジュリアは驚いた。デイテックは続ける。
「王家に手を出したことにより、奴は指名手配され、捜査も王家直属警官隊が担当することになりました。そして、王家への恩と親友への怨みから、マヨルドモはクエンティーノを捕まえるまでの間、王家直属警官隊へ移動することを王へ直訴したのです」
壮絶なセルビル・マヨルドモの経緯に同情し
言葉を失っていたヴェルダッドは口を開いて答えた。
「……分かりました。協力致しましょう」
「本当ですか!?」
その承諾を聞いたジュリアは怒りながらヴェルダッドの身体を後ろへ向け、
小声でヴェルダッドに言った。
「ちょっと! 引き受けて大丈夫なの? 密命は? ボディーガードは?」
「……でも、困ってる人を放っておけない」
ヴェルダッドの決意が固まった、
キラキラと輝く幼子のようなその純粋な瞳を見て、
ジュリアも心を動かされたようだ。
ジュリアはまたも小声で言った。
「……。ふー、あなたはそういう人よね」
これで二人の方性は決まった。ジュリアは警官二人の方を向き、
「私達はあなたたちに協力するわ。その代わり、次は絶対に逃さないこと!」
と言った。
警官たちは涙目になりながらヴェルダッドとジュリアの手を握り、最大限の感謝を込めて言った。
「あ、ありがとうございます!」
こうして新たな仕事を引き受けてしまったヴェルダッドたちであった。
警官たちは控室を出ようとしたが、何かを思い出して引き返してきた。
そして小さな袋をヴェルダッドたちに手渡した。
「私達が先程の試合でパンケーキ殿に賭けた金です。これはぜひ受け取って下さい」
『ジュリアに賭けていた残りの二人ってこの人たちだったのか』
「ありがたく頂きます」
最後にデイテックとマヨルドモは深々とお辞儀をしてから敬礼をし、
闘技場を去っていった。